兵器達
「まずいっ!」
涼は刀を鞘に納めながら、周囲の様子を探る。ここで戦うのは分が悪い。あまりにも障害物が多いし、満足に刀を振るえる程のスペースがない。それよりもとにかく逃げなければ。
光希は伊織の手を掴み、涼の所まで走った。右の実弾銃をホルスターから引き抜きながら夏美は警戒を強める。この状況でいつも通り戦えるのは夏美だけだ。その責任の重さに手汗が滲む。
まだ警報は鳴り響いている。
バタバタという足音が聞こえてくる。このままここに居れば、見つかるのは時間の問題だろう。光希は嫌に心が騒ついているのを感じた。いつもなら、冷静でいられるのに……。
自分が戦う為だけの存在である事を知って、身体も心も崩れ落ちそうになっていた。今までの人生が全否定されたようだった。誰かを守る為に強くなりたかった。そうして手に入れた力が、誰かを殺す為だけにあったなんて信じたくない。光希は顔を歪めた。
震える伊織の手がギュッと光希の手に力を加えた。光希はハッとして伊織を見る。全幅の信頼がその瞳に輝いていた。
(こんな顔を伊織に見せられない……!)
光希は顔を上げ、今やるべき事だけに意識を集中させる。ここで伊織を救う前に死ぬ事は絶対にできない。
(俺が何者かなんて、今はどうでもいい!必ず伊織を守り抜く!)
光希の意識は、自分の正体すら知らない自分が伊織を救う事なんて出来ないという諦めから、何としてでも伊織を救ってみせるという矜持に切り替わっていた。
「死ぬなよ」
光希の言葉に涼は笑顔で頷いた。
「うん、もちろんだよ!」
夏美は明るく応える。最後に光希は伊織を見た。伊織は瞬きをする。
「もちろん、お前も死なせないし、絶対に捕まったりするな」
伊織は戸惑いを浮かべ、少しの間を置いて微笑んだ。
「うん。光希君もね」
その言葉が光希の身を案じて出たものにすぐに気づく。光希はふっと表情を和らげた。
「……大丈夫だ。今は神林と荒木もいる」
その言葉に涼と夏美は意表を突かれたように目を見開き、そして嬉しそうに笑った。警報が鳴り響き、一歩間違えたら死んでもおかしくないこの状況で、そんな笑い方は圧倒的に場違いだった。
「さっさと逃げるよ!」
光希達は入ってきた扉に、拳銃を構える夏美を先頭に張り付く。
「どう?」
夏美は緊張した声色で外の様子を告げる。
「マズイかも。……私達ぐらいの子たちと若い人たちがいる……!白い服に番号がついてて、みんな顔色が悪いみたい」
涼は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「実験体か……!」
「殺さずにどうすれば……⁉︎」
光希の言葉を伊織が首を振って否定する。その顔からは表情が消え、激情を隠しているのがありありと伝わってきた。
「ダメだよ、あの子達は……敵。そして、私と同じような能力を持ってる。殺さずに突破するのは絶対に無理。むしろ……、殺してあげるのがせめてもの慈悲だよ……」
「そう、だな。わかった。全員……殺す」
光希の瞳が冷たい光を帯びる。殺すことを割り切った顔だ。涼と夏美も静かに頷いた。人を殺すのに、躊躇いは感じない。もうこんな狂った世界で、手を汚した事のない人間はここにはいない。
光希は霊力を呼び起こす。蒼い粒子が僅かに舞った。ほんの少し前に無理をしたせいか、限界が近い近い気がする。全力は出さない。出せない。
でも、今は……!
光希は確かめるように涼と夏美の横顔を見る。この瞬間が、『孤高の天才』と呼ばれた少年が誰かに背中を預けた初めての瞬間だった。
「行くよっ!」
夏美の声に、先陣を切って光希は刀を抜き廊下に出た。
「……っ!」
外で待っていたのは、本当に普通そうな少年少女たちだった。人畜無害そうに見える、兵器達。
躊躇うな、進め!
そう心に声が響いた。光希は刀を一閃させる。しかし、それは振り抜くことができなかった。
「なっ……!に……⁉︎」
強固な障壁に、刀が阻まれる。膨大な量の霊力が荒れ狂っていた。無感情の沢山の瞳が光希に注がれる。直感で何かが来ると判断した光希は刀を引き、その場を飛び退る。
その直後、光希がさっきまでいた地面が赤熱して溶けていた。少し光希から離れた所にいる少女がその場所に指先を向けているのを見て、その攻撃がその少女のものだとわかる。少女の口が小さく動き、音を発した。その音は身体強化した光希の耳に拾われる。
「……敵。始末。失敗。次弾、充填開始」
その無機質な声に光希は背筋に悪寒が走るのを感じた。全身の肌が粟立つような嫌悪感。
(こいつは、もう人間じゃない……)
「人格破綻。もう、この子達には苛烈な実験で廃棄される未来しか無いんだよ」
静かに光希の隣に立った伊織はそう口にした。光希はその言葉に頷く。そして、地面を蹴った。
パァン
夏美の右手にある実弾銃が火を噴く。そして間髪入れずに夏美はもう一度引き金を引く。二発目の銃弾は狙い過たず、障壁に弾かれた一発目が当たったその場所に吸い込まれる。二発目は障壁に阻まれる事なく突き抜けた。
「同じ場所に連続して撃てば、止められないよっ!」
誰にもできる事ではない。むしろ神業と言っていいほどの正確無比な射撃。それが夏美の持ち味だ。
障壁を突き抜けた銃弾は、少年の肩を貫いた。鮮血が飛び散る。しかし、痛みを感じないのか、少年は右手をダラリと下げただけで障壁は消えない。
「『烈火』!」
涼の声が鋭く響いた。涼の周りに現れた五つの火球が放たれる。
「光希っ!行って!」
その声と同時に光希は一瞬揺らいだ障壁を擦り抜け、刀を振るう。赤い赤い血が舞い散る。それでも数人が血溜まりに沈んだだけだ。まだ何人もいる……!
「ぐっ!」
光希の膝の上あたりを何かが貫いた。光希は膝を落とす。
「……排除」
ビー玉程の大きさの光の玉が光希に殺到する。一つ一つが圧倒的な攻撃力を秘めている事が見て取れる。
転がるように光希は避け、さらに回避行動を取る。腕、脇腹を避けきれなかった光球が貫き、血が吹き出す。
どういう術式なのかは全くわからない。もはやこれはそういう次元を超えていた。
「相川君っ!」
夏美の悲鳴のような声が響いた。光希は地面を転がった。
涼は雷撃を放ち、障壁を越える。霊力を纏った刀を薙ぎ、さっき夏美が肩を撃ち抜いた少年を斬る。障壁を作っていたのはその少年だったのだろう、同時に障壁が消えた。
「『第十五式、氷花の陣』っ!」
それを見計らったように夏美の陣が展開された。氷の花が咲く。少年達は足が凍りついても、仲間が死んでも誰一人呻き声も上げない。
怖い……
夏美はそう思ってしまった。嫌悪感とも似た気持ち悪さが身体中を這いずり回る。
火柱が上がる。夏美の陣はいとも簡単に破られた。
「ああああああああっ!」
夏美は震えそうになる手を必死に押さえつけて、撃つ。撃つ。撃つ。
しかし、それは風の盾に阻まれた。糸が切れたように、カランカランと音を立てて弾が地面に落ちる。夏美は再び引き金を引く。
「あれ?あれ?あれ……?」
カチカチと音を立てるだけで、銃弾が撃ち出されることはない。そこで夏美は初めて、右の実弾銃が弾切れしている事に気がついた。立ち尽くす夏美の下に薄く霊力で光る陣が現れる。
「荒木っ!」
光希は陣に飲み込まれる寸前の夏美を持ち上げ、効果範囲から遠ざかる。光希は夏美をそっと下ろし、刀を構える。
「光希……」
夏美は潤んだ目で光希の背中を見つめた。すぐに余計な考えを振り払う。
「あれは……、荒木の術だ……」
荒木の能力も研究されていたのだ。そう気づいて、夏美はさっきとはまた違う恐怖を覚えた。
「神林!」
光希は涼を呼ぶ。それだけで意図が伝わったようで、涼は一度距離を取ってから刀を構え、目を合わせて頷いた。
「行くよっ!」
「ああっ!」
同時に光希と涼は仕掛けた。光希は無数に飛んでくる風の刃を防ぎ、涼が術式を構築する時間を稼ぐ。
涼が術式を完成させる前に爆音が轟いた。閃光が走り、爆風に光希と涼はなすすべも無く吹き飛ばされる。壁に叩きつけられた二人は、呻き声を上げた。
「がっ……!」
痛みに一瞬呼吸ができなくなる。光希は口に溜まった血を吐き捨てた。
「涼っ!」
夏美の悲痛な叫び声が聞こえた。倒れた涼に霊力の矢が襲いかかる。光希は身体を起こせず、間に合わない。
涼はかろうじて急所を外すように身体を動かす。
「ぐあっ!」
だが、涼の腹部に矢は突き刺さり、粒子になって消失する。涼は顔を苦しげに歪めた。止血にもなっていた矢がなくなり、涼の腹部から血が流れていく。
「ぐっ、うっ、あぁぁぁぁっ!」
夏美の足を光線が貫き、貫いた光は壁を溶かした。夏美は脂汗を顔に浮かべ、膝を折った。
「勝てないよ……」
床に顔をつけた夏美の瞳から小さな涙の粒が零れ落ちた。
強いと言っても、まだ中学生。未熟です。さて、どうやってここを脱出するか……
 




