遠い記憶と伊織の涙
「光希、私達はね、天宮家の為に存在しているんだ。それ以外の理由では生きられない。存在する事を許されないんだよ」
「どうして? お父さん、」
幼い光希はみのるの顔を見上げ、首を傾げた。みのるは優しく微笑んだ。その表情が少し哀しそうに光希には見えた。
「それはね、私達が××××だからだよ。光希は××××だから、私よりもずっと辛い思いを
する事になるかもしれない。あまりにも強すぎる力は自分自身をも滅ぼすんだ。そして、あの精霊だけは絶対に使っちゃいけないよ。それは……」
大事な言葉だけが聞こえない。そして最後は全部の音が消えた。聞きたいのに聞こえない。聞いたはずなのに思い出せない。
「お父さん、今何て言ったの?」
幼い姿で光希は縋るようにみのるを見る。だが、その声はみのるには届いていないようだった。みのるは何かとても大事な事を伝えている。それは痛い程にわかる。でも、何も聞こえなかった。
教えて……! 僕達はどうして……!?
みのるの姿が薄れていく。光希は必死に手を伸ばした。そしてその手は空を切った。
「……っ! はぁっ、はぁっ」
光希は荒い息を吐いて、身体を起こした。何故か右手を伸ばしたままだった。ハッとして周りを見渡す。
いつもの家の……居間?
追手が現れる前と何一つ変わっていない。静まり返った居間、キッチン。ひんやりとした冷たい空気が部屋でわだかまっている。おそらく今は夜なのだろう。
光希は足を動かそうと力を入れるが、すぐに力を抜いた。足に重石を乗せたような重みがある。それを落としてはいけないと思ったのだ。光希はそれに手を伸ばす。さらさらした白い糸のようなものに触れた。
「伊織……?」
光希は自分の足の上に頭を乗せて眠る少女に気が付いた。伊織は眉間に皺を寄せたまま、眠っている。どうやら光希の事を心配しながら眠ってしまったようだ。
「俺の心配なんて……」
優しく伊織の頰を撫でる。伊織はもぞりと身動きし、小さく笑みを浮かべた。そして、光希の手を小さな手で握る。
「……光希君」
「ありがとう、伊織」
光希はそう呟く。その顔には優しい笑顔があった。前に笑ったのはいつだっただろうか。そう思いつつ、再び光希はソファーに身体を預ける。襲って来た睡魔に身を任せ、光希の意識は再び闇へと沈んでいった。
……眩しい
光希はゆっくりと瞼を持ち上げた。突然降ってくる朝日に目を細め、光希は身体を起こした。
「おはよう、光希君」
嬉しそうな伊織の笑顔が光希の顔を覗き込んだ。数回、目を瞬かせてから、光希は伊織と目を合わせる。
「……おはよう、伊織」
伸びをして、光希は立ち上がった。身体が軽い。そして傷の痛みも消えていた。あのまま寝てしまったようで、どのくらい眠っていたのかわからない。
「俺、どのくらい寝てた?」
「丁度一日くらい、かな?元気になったみたいで本当に良かった……」
伊織が光希の胸に飛び込んでくる。光希は目を見開いた。少し躊躇ってから、伊織を抱き締める。
「……ありがとう、伊織」
「光希君!……」
伊織は瞳一杯に涙を溜めて、光希を見上げた。光希に抱きつく手に力が籠もる。
「私、私……、光希君が死んじゃうんじゃないかってすごく怖かったんだよ⁉︎こんな私なんかの為にこんなにぼろぼろになって……!ほとんど見ず知らずの人に命をかけて……。どうして、どうしてここまでするの……?」
光希は伊織の頭に手を乗せた。伊織がハッと息を呑む。
「……なんでだろうな。だが、伊織は俺が守りたいと思った唯一の存在。それに、俺はお前の護衛だからな」
光希は微笑む。
「……光希君は、バカだよ」
そう言った伊織の声は震えていた。伊織の手が光希から離れる。
「ところであの後どうやってここまで来たんだ?」
「大変だったんだよ、もう」
伊織は頰を膨らませ、説明し始めた。
「倒れてる光希君を頑張ってここまで運んで来たの」
伊織の言葉に光希は耳を疑う。明らかに非力な伊織が自分を運ぶのは無理がある。
「ちょっ、運べたのか?俺を?」
伊織は得意げに笑って胸を張った。
「身体能力強化だよ。一応私にも使えるんだよ! まあ、戦闘には向かないけどね……」
「使えるのか、」
「うん、これでも『兵器』としてつくられたからね」
『兵器』である事を伊織は明るい声で告げた。その言葉に下を向いてしまいそうになる。だが、伊織が気にしていないように言った、その気遣いを無下にしないように表情には出さない。
「それに、私、頑張って治癒もしたんだよ!」
さあ褒めて、とばかりに伊織は目をキラキラさせる。
「そうか、ありがとな」
光希はそう言って伊織の頭を撫でた。伊織の白い頰が赤く染まる。ある意味で自爆、したのかもしれない。
「それで……、あの精霊が光希君の物なんだね。あの蒼い綺麗な龍が」
光希の顔が強張る。その表情に気づいたはずの伊織は、光希を逃がさないように真剣な瞳で光希の目を捉えていた。しばらく間を空けて、光希は肯定する。
「……ああ、俺はアレの所為で長時間全力で戦えない。限界を迎えると……、あの時みたいに精霊が暴走を起こす。ああなるともう自分では制御できないんだ」
伊織は少し視線を彷徨わせる。それから何かを決心したように口を開いた。
「ほ、本当はね、私――」
伊織の言葉を遮るように光希のスマホが振動した。光希は慌ててメッセージを確認する。
「この場所は……!?」
光希は画面を凝視する。
旧愛知県第一研究所跡
涼から届いたメッセージにはそれだけが記されていた。
微妙にキリが悪いので短めです。




