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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第3章〜孤高の天才と聖夜の祈り〜

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追手

「……何の用だ」


 彼等が現れた理由はわかっているが、ここは少しでも情報を引き出したい。光希は油断なく黒服の男達を睨む。


「貴様の隣にいる少女をこちらに渡せ。そうすれば貴様に危害は与えない」


 光希と伊織を取り囲む五人の内、光希の真正面に立った男が答えた。ナイフのような鋭い眼光が光希に向けられる。


「……どうしてこの子を欲しがる?」


 伊織の手が光希から離れた。光希は何も言わずに手を掴む。伊織の肩がビクリと震えた。


 光希の問いかけに、男は表情を動かさない。黒いフードで顔を隠していてもそれだけはわかった。


「琴吹伊織は貴様などでは手に負えない。さあ、早くこちらに引き渡せ」


 男が手を前に出す。伊織に話しかける事はない。男は完全に伊織を物として見ていた。


「断る」


 光希はボソリと呟くように言う。男の口元が醜く歪んだ。


「……そうか。では、貴様を殺すとしよう。琴吹伊織はその後だ」


 男達の身体から殺気が膨れ上がった。研ぎ澄まされた殺気が光希の身体を刺す。光希は伊織に少し下がるように告げた。


「光希君……」


 紅い瞳が揺れる。光希は出来るだけ優しく微笑んだ。


「大丈夫、お前には指一本触れさせない」


 伊織に背を向けて光希は立つ。腰の刀に手をかけ、男を睨んだ。静かに刀を抜く。白銀の刀身が月の光に輝いた。刀の切っ先を男に向ける光希の瞳から感情が消え、冷たい光がそこにあった。


 じりじりと動かない時間に痺れを切らしたのは男達の方だった。端の男が黒光りする銃を光希に向け、発砲する。


 パァン


 魔弾が弾け、鋭利に研ぎ澄まされた氷が光希に殺到した。


(全力は出せない……、だが、それに近いくらいの力でコイツらを……殺す!)


 光希は片手を上げ、物理障壁を展開、氷を防ぐ。そして、氷が無くなる前に地面を蹴る。刀を銃を撃った男に振り下ろした。


 ぎぃぃん


 弾かれた衝撃で光希の身体が宙を舞う。体勢を空中で立て直し、術式を構築する。


「『かまいたち』!」


 風の刃が生み出された。それは男達に襲いかかる。しかし、ごうっと吹いた風に『かまいたち』が相殺された。光希は表情を動かさず、すぐさま次の行動に移る。


 刀を振るい、斬りかかる。身体強化で上乗せされた速度で刀が閃いた。浅く男の肩を切り裂き、血が飛ぶ。


「『雷火(らいか)』」


 光希の頭上に火花が散り、紫電が落ちる。


「っ!」


 光希は刀を引き、転がって雷を避けた。が、攻防はそこで終わらない。光希の顔をナイフが掠める。浅く切り裂かれた頰から血が流れた。


「ほう……、貴様、なかなかやるな。名を何という?」


 この戦いが楽しいとでも言うように男は口に笑みを浮かべた。光希は冷たい瞳で男を見る。


「……相川光希だ」


 どうせ調べればすぐにわかる名前だ。わざわざ黙っている意味もない。


 光希が自分の名を口にしたその時、男達の間に戦慄が走った。


「なっ!?」

「相川……、だと?」


 光希はその反応を不審に思いつつも、その隙を見逃さない。全力で地面を蹴った。このままでは分が悪すぎる。全力で戦うしか、活路が見いだせなかった。


 ――暴走が起きる前に倒しきる!


 光希は新たな決意を胸に高く跳ぶ。霊力を纏ったナイフを身体を捻って避け、別の男の胴体を薙ぐ。数秒遅れて男の身体から血が吹き出した。


 術は使えない。使えば、力が制御できなくなる。それでも、この状態だといずれは……。


 光希は後ろから何かの気配を感じ、退がりながら身体の向きを変える。


「くっ!」


 リーダーの男が距離を詰めてくる。そして、避けることのできない距離で術を放った。


「『火炎飛球(かえんひきゅう)』」


 光希は歯を食いしばって、大きな火の玉を障壁で受け止める。少しずつだが確実に霊力を消費していく。


(マズいな……)


 障壁を消す。熱風が光希の顔を焦がした。それを無視して後ろに跳ぶ。さらに跳んでビルの壁を蹴り、完全に火の玉が飛来するコースから離れた。光希は地面にダンっと足をついて着地する。男達と距離が開いた。


「さすがだな、……戦闘兵器」

「……!」


 光希は男が口にしたその言葉に目を見開いた。その言葉は、まるで光希が……伊織と同じような存在だと言っているように聞こえた。


「だが、どうして術を使わない? 全力を出す前は使っていただろう?」


 光希は無表情のまま何も答えない。


「それとも……使えない理由でもあるのか?」

「……お前には関係ない事だ」


 再び光希は刀を男に向ける。 走り出そうとして、その前にナイフを持った男が立ち塞がる。刀とナイフがぶつかり、火花が散る。光希の後ろから閃光が走った。


「ぐっ!」


 左肩を閃光が貫いた。血が溢れ、服を赤く染めていく。焼けるような痛みに脂汗が額に滲んだ。刀から離れそうになる手を叱咤して握り直す。


「おあぁぁぁぁっ!」


 光希は叫ぶ。刀を振るう。血飛沫が舞った。ナイフを持った男が崩れ落ちる。光希は術式を放つ。


「『刃羽斬(はばき)り』!」


 空気を刃と研ぎ澄まし放つ『かまいたち』の上位術式。羽のように薄い刃が静かに乱舞する。白い羽が赤い飛沫と踊る光景はかなり残酷なものだった。もろに巻き込まれた男は身体中を斬られながら血塗れになって倒れる。リーダーの男を『刃羽斬り』の圏内に入れたと思ったその時、鋭い痛みが頭を刺した。


「……っ!」


 術式がキャンセルされたその機会を逃さずにリーダーの男が迫る。一瞬動きを止めた光希はその蹴りを受け止められずに吹き飛んだ。刀が手を離れて遠くに落ちる。


「がはっ」


 壁に叩きつけられ、肺から空気が吐き出された。


「光希君っ!」


 手離しかけた意識が必死な伊織の声で繋がれた。ふらりと立ち上がる。


「……まだだ」


 光希の瞳が冷たい、何処か人間でないような、そんな瞳に変わる。もう目に入るのはモノクロの世界と敵、ただそれだけだ。


 間合いを一瞬で詰め、拳を放つ。


「があっ!」


 三人の男の内の一人が痛みに腰を折る。光希はさらに手刀を男の首筋に叩き込んだ。嫌な音と共に首の骨が折れる。機械のように、光希はもうほとんど動かない男を蹴り飛ばした。


 頭が痛い。焼き切れそうだ。


 青い粒子が微かに光希の周りを舞い始める。暴走の気配。だが、ここで暴走を起こす事はできない。


 残り二人。光希は機械のような感情無き瞳で男達を見た。脳が掻き混ぜられているような激痛を隠すように、光希の顔は感情を映すのをやめていた。


 唇を引き結んで、光希は跳んだ。右足が何かに切り裂かれる。ズボンの裾が千切れ、血が伝った。


 着地する勢いで左足で蹴りを放とうとする。その時、光希は一瞬の浮遊感を感じた。力が抜ける。光希は蹴りを放つ事ができずに地面を転がった。


「これで終わりだな、相川光希」


 光希は頭を手で押さえた。


(ダメだ……、ここには伊織がいる……)


 光希の周りを舞う青い粒子はいつのまにか増えていた。


 光希は痛みに耐えて、手を地面につく。身体をゆっくりと持ち上げる。男はすぐ近くまで来ている。間に合わない。


「がっ……ぐっ!」


 光希は呻き声をもらした。もう、力を抑えていられない。


 突然光希の身体が蒼い炎に包まれた。男が放った術が消えた。いや、炎に呑まれた。


「なにっ!?」


 驚愕する男に蒼い炎が襲いかかる。舐めるように炎は蠢く。跳び上がって炎から逃れようとした男に、蒼い炎の龍が巻きついた。


「ぎゃあああああああぁぁ……ぁ……」


 叫び声がどんどん小さくなって消える。後には何も残らない。そして、龍は立ち竦んだもう一人の男にも牙を剥いた。


「や、やめろっ! ばっ、バケモノ! やめっ……」


 塵となって男が消える。龍はそれでもまだ足りないとでも言うように、もう動かない三人の男をも舐め尽くした。


 光希は蒼い炎の中、頭を刺す痛みに顔をしかめ、自分が暴走を起こした事に気づく。とうとう龍は伊織に目を向けた。


「だ……、ダメだ……」


 光希は弱々しく手を伸ばす。炎は、龍は、止まらない。このままでは、伊織を殺してしまう。


 それなのに、伊織が微笑むのが見えた気がした。


「光希君、大丈夫だよ。ここに私がいるから……」


 薄れゆく意識の中で伊織の冷たい掌が光希の額に載せられた感覚がした。暴走した光希に近づけば命を落とすはずだ。そんな事、あるわけない……。

とうとうやって来た追手の皆様。そして光希は暴走を起こし、伊織は…?

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