来訪、出会い
早足で歩いて来たせいか、家にはかなり短時間で着いた。
「ここが光希の家? 守りの結界が張られてるね」
「ほー、すごく普通なんだ〜。隠蔽するには最適。さすが相川さんだね」
聞いてもいないのに、涼と夏美は感想というか分析の結果を教えてくれる。光希は小さく溜息を吐く。
「ちょっとそこで待っててくれ、確認してくる」
了解、という明るい返事を背に光希は家に入る。
「ただい――」
「お帰りっ!」
伊織が胸に飛び込んで来た。確かな重みが身体に加わる。伊織の細い腕が光希の腰に回され、伊織は顔を上げた。
「遅いよ……」
伊織の潤んだ瞳には不安が渦巻いていた。光希は伊織の頭を撫でる。
「悪い、遅くなった。突然、知り合いに会って、お前を守る手伝いがしたいと言ってきた。一応、俺と同じクラスの優秀な奴らなんだが……、どうだ? 会ってみる気はあるか?」
伊織に事情を話す光希の言葉は歯切れが悪い。伊織は光希の目を真っ直ぐに見つめた。嘘がないかどうか見極めているかのように。しばらくそうしていただろうか。伊織はゆっくりと頷いた。
「わかった、いいよ」
光希は伊織を家の中で待たせ、涼と夏美を呼んだ。
「お邪魔します」
「お邪魔しますー」
興味深そうにキョロキョロしながら二人が家に入ってくる。
「いい感じの家だねー」
夏美が嬉しそうに言う。その言葉に光希の後ろに隠れて袖を掴んでいる伊織の力が弱まった。
「伊織、」
光希が呼ぶと、伊織は恐る恐る光希の後ろから顔を出した。白い髪と紅い瞳が覗く。涼は目を見開いた。夏美は瞬きをして呟いた。
「……可愛い」
その言葉に伊織は目をパチリと瞬いた。不思議そうに首を傾げる。
「可愛い、」
夏美はもう一度そう言った。伊織はソロソロと光希の後ろから出てきた。
「えっと、私は……琴吹伊織です」
夏美は伊織の言葉にハッと意識を現実に引き戻され、慌てて名乗る。
「あ、私は荒木夏美です! 相川君のクラスメイトで幼馴染です。よろしく、伊織ちゃん」
伊織の顔が花が咲いたように綻んだ。
「うん、よろしく。夏美ちゃん、」
夏美が嬉しそうに頰を押さえて頭を振った。その動作に驚いて伊織が少し後ずさる。夏美はどうやら伊織の可愛いさに悶えているだけのようだ。
「それで……、僕は神林涼です。夏美と同じく光希のクラスメイトで幼馴染です。よろしく、」
涼はにこりと微笑んだ。伊織もそれに答えてにこりと笑う。
「よろしく、」
光希は二人に椅子を勧めた。夏美と涼は光希と伊織の向かい側に腰を下ろす。光希は三人に飲み物を出すためにキッチンに向かい、飲み物を持って戻った。
「ありがとう、光希」
「どうも、」
「ありがとう、光希君」
感謝の言葉に落ち着かない気分になる。光希は顔をほんの僅かに強張らせた。誰もそんな光希の様子には気づかない。光希はそっと安堵の息を吐いた。
「そういえば、光希の護衛任務っていつまでなの?」
涼は話題を振る。
「わからない。だが、この暮らしもそう長くは続かないと思う」
「そっか、伊織ちゃんは何か知ってる?」
伊織はさっきまでの緩んだ表情とは打って変わって、下を向いて首を振った。
「そうか、全然大丈夫だよー。調べたりするのは私達の仕事だしねー」
伊織にとって触れられたくない物に触れかけた事に気づいた夏美は、さりげなく伊織を慰める。こういう時は下手に謝らない方がいい。
「じゃあ、『研究』って知ってる?」
伊織の肩がびくりと震えた。俯いたまま一生懸命首を振る。伊織の手が縋るように光希の服を掴んだ。
「神林!」
光希は声を荒らげた。驚いたように伊織が顔を上げる。涼はごめん、と頭を下げた。
「もう、二人とも、話し合いしなきゃだよ!」
夏美が一瞬凍りついた空気を取り成す。その笑顔で空気は温まった。
「悪い……」
光希は涼に言う。涼は笑顔のまま首を振った。
「ううん、さっきのは僕が悪かったよ。ところで、伊織ちゃん。答えたくなかったら答えなくていいけど……、追われる理由はわかるかな?」
伊織は申し訳なさげに目を伏せた。
「ごめんなさい……。言えない、です」
涼は優しく頷いた。
「うん、いいよ。ありがとう」
涼は夏美に目をやった。夏美はそれに答えて頷く。
「光希、電話番号教えて」
「うん、お願い。なんかわかったら連絡しなきゃいけないからね」
光希は固まった。驚いて涼と夏美を交互に見る。この展開になればそうくる事は予想できていたはずなのに、自分の耳を疑ってしまう。
「もう、スマホ出して!」
夏美が手を出して、要求。涼は霊力をちらつかせ、スマホを奪う事を辞さない姿勢だ。どうやら初めから強引にでも電話番号を貰ってくる予定だったのだろう。
「……。わかった」
光希は渋い顔でスマホの電話番号を教える。それを登録した夏美がホクホク笑顔で自分のスマホを握りしめた。いつも笑顔で本音を隠す涼の顔も心なしか嬉しそうに見えた。光希も二人の番号を登録して新しく増えた二つの電話番号を眺める。初めての自主的に登録した番号。二人が嬉しそうに見えた理由も少しだけわかる気がした。
がたり、音を立てて涼が立ち上がる。
「じゃあ、そろそろ僕たちは帰るよ」
そう言って隣の夏美が立つのを促す。夏美は渋々といった表情で立ち上がった。
「そうだね、あんまり長居するのも悪いし」
夏美は人懐こい笑顔で伊織に微笑んだ。
「またね、伊織ちゃん」
「うん、またね」
伊織は精一杯の笑顔で夏美に応えた。夏美は頷く。
「また、何かわかったら連絡するよ、光希」
「ああ。頼む」
光希は軽く手を挙げて涼に別れを告げる。
「ばいばい、相川君」
名残惜しそうに夏美が手を振り、光希は家から出て行く二人の背中を見送った。
ぱたり、ドアが閉まる。光希は深く溜息をついて壁に背中を預けた。光希の顔は完全な無表情になって感情が消えた。どうやら無意識のうちに気を張りすぎていたようだ。
「光希君、大丈夫?」
伊織が屈んで光希の顔を覗き込んだ。光希は無理矢理口角を上げて笑いの形を取ろうとする。
「大丈夫だよ」
伊織は首を振った。
「大丈夫じゃないよ。心が痛いって叫んでる。あの二人と話してる光希君はどこかおかしかった。それは……どうして?」
光希は壁から背中を離す。
「俺はいつも通りだ。別に何も変わってない」
「ううん、嘘。違う。光希君はあの二人から距離を取ろうとしてた」
「なんでわかった?」
伊織は目を伏せて答えた。
「……私にはわかっちゃうから」
「そうか……」
伊織が自分の事を心配してくれているのはわかる。だが、それは今に始まった事じゃない。ずっと前に覚悟した事だ。光希は伊織の頭に手を置いた。
「俺は大丈夫だ。お前だって、大丈夫じゃないだろ?」
伊織は顔を上げる。その顔には微かな影に覆われていた。
「そう、かもね。でも、これくらいなら大丈夫。私が本当に怖いのは……」
「何だ?」
伊織はぎゅっと目を瞑って、長いまつ毛を震わせた。
「……何でもないよ。でも大丈夫、私はもう一人じゃないって事がわかったから」
伊織は微笑んだ。その笑顔は今にも壊れそうな儚さがあった。




