思わぬ邂逅とロリコン疑惑
琴吹伊織の護衛として任務を与えられてから数日が経った。共同生活にも慣れてきた頃だ。
とはいえ、同い年の女の子と一つ屋根の下状態なのはどうかと思う。さすがにまずい気がするのだが、半端に用意周到なみのるに押し付けられて止める事もできない。その辺りに関しては最早諦め気分だった。
光希はもそもそとパンを食べている伊織を見た。まだ起きたばかりなので、髪の毛はボサボサで紅い瞳はとろんとしている。
今のところ、伊織は追われる理由となった力について光希に告げてもいないし、その片鱗を見せたこともない。光希には、この少女が珍しい白い髪と紅い瞳をしている以外は普通の人のように見える。
光希が術を使った時に霊力に気づいた事も霊能力者であればおかしい事ではない。しかし、伊織が時折見せる表情や常識の無さを見ると、やはりどこか普通ではないのだった。
「……光希君、手、止まってるよ?」
「あ、あぁ」
伊織に指摘され、光希は再び手を動かし始める。どうやら考え事をしていて食べる事を忘れていたようだ。光希はジャムの乗ったパンを咥えた。
そろそろ、伊織について調べる必要がある。なぜこの少女が追われているか、その能力とは何なのか。わからないままにしておく気はさらさら無かった。
(そうすると、情報をどこで手に入れるか……)
相川家は天宮家から家名を与えられているとはいえ、血の繋がりがある分家が存在しない。今現在、相川を名乗れるのは光希とみのるの二人だけだった。
普通、個々の家はそれぞれの情報源を持っている。その場合、本家の手足となって情報を集めるのは分家の仕事だ。それが、相川には欠けていた。その上、みのるとは違い、公の場で戦えない光希は情報を集める伝手となる知り合いもいない。
「はぁ……」
光希は小さく溜息をついた。八方塞がりだ。だが、この任務には情報が必要になってくるはず。このままではダメだ。気づかないうちに険しい顔をしてしまっていたようで、伊織に心配そうな顔で顔を覗き込まれた。
「どうか、した?」
「いや、何でもない」
顔を意識して無表情に戻す。伊織は訝しむように光希を見ていたが、しばらく経つと食べ物に意識を持って行かれたみたいだ。
光希の数少ない知り合いとして、神林涼と荒木夏美の顔が頭に浮かんだ。すぐにその考えを打ち消す。あり得ない。今まで散々無視しておいて今更情報を求めるなど光希自身が許せない。それに、あの二人を巻き込みたくない。
「ちょっと、出かけてきていいか?」
突然の光希の言葉に伊織は丸くて大きい目をさらに大きくした。光希の言葉は一見、伊織の護衛を放棄するかのように聞こえる。伊織が驚いたのも無理はない。
「その、周囲の警戒、というか、見張りをして来ようと思っただけだ。別にお前の側から長時間離れるわけじゃない」
伊織の顔に目に見えて安堵が浮かぶ。納得したようで、笑顔で頷いた。
「うん、わかった! 私は、家で待っていればいいね?」
「頼む」
光希は席を立つと、皿をキッチンの流し場に置いてコートを羽織り、外に出た。ドアを閉める。この家にはかなり強力な守りの術が施されている。光希と共に下手にうろつくよりも安全だと思う。一度、家をちらりと見てから光希は歩き出した。
手をコートのポケットに突っ込んで、それとなく周囲の様子を伺う。ここに来て伊織に会う前から全く変わらない景色。妙な霊力の気配もない。いつのまにか止めていた息を吐き出して、光希は大通りに出た。
行き交う人々に紛れて歩いていく。今日は土曜日。道を歩く人はかなり多かった。伊織を連れて来なくて良かった、と光希は自分の判断が間違っていなかった事に安堵する。
こんなに多くの人混みを伊織は怖がるかもしれないし、誰かとぶつかってフードが取れてしまうかもしれない。そんな危険は冒せない。
光希は足を止めた。イルミネーションのライトがぶら下がった木々が置いてある広場に出たのだ。光希がさらっと周りを見ると、視界に待ち合わせをしているらしき人々が入った。
ここでなら電話をしててもおかしくない。光希はスマホを出し、一件しか登録されていないその電話番号に電話をかけた。
呼び出し音が鳴る。しばらく待つが、繋がらない。元々ダメ元でかけた電話だ。繋がらなくても驚きはない。天宮家にこき使われているみのるが忙しくないはずがなかった。
「はぁ……」
吐いた息が白く風に乗っていく。一体自分はどうすればいいのだろう。光希は視線を下に落とした。
「光希!」
光希は声の主を確認しようと、ちらりと目線を上げた。その姿が目に入った瞬間、光希はその人物を見なかった事にした。
「相川君、」
無視だ。光希は二人に背を向けて歩き出そうとする。
「ぐはっ!」
コートの首元を掴まれ、首が絞まりかかる。お陰で止まらざるを得なくなった。振り返ると、光希を絞殺しかけた張本人がムカつくほどにいい笑顔を浮かべて立っていた。そしてその隣には全身をモコモコに固めた夏美が立っている。
「何の用だ」
光希は感情の籠らない瞳を向けて冷たく言い放つ。涼はムカつくほどにいい笑顔を浮かべたまま答えた。
「なんか、光希がちっちゃい女の子を連れ回しているという情報が入りまして……。これは事件ですねーってなったわけなんだけど、」
光希は表情を動かさず、涼を見る。
「それで? 俺はそんな奴は知らない」
ふうん、と楽しそうに涼は眉を上げた。
「えー、このままだと相川光希はロリコンである、という事になるけどいい?仲良く手を繋いでたらしいし」
光希の顔に隠し切れずに動揺が滲む。それに気づいた涼は笑みを深めた。涼と夏美はこの件にどうやら首を突っ込みたいようだ。
「それは事実じゃないし、俺はロリコンじゃない」
光希は渋い顔で否定する。涼は楽しそうに更に光希を追い詰めていく。この場の主導権は完全に涼の物だった。
「ではでは、ちっちゃい女の子とスーパー行って二人で帰ったのはどうかなぁ新婚生活?もう同居しちゃってるの?」
笑顔で涼は色々と並べ立てていく。その度に光希は眉を寄せ、厳しい顔つきになっていった。それと同時に涼の笑顔が深くなっていく。
「……違う。チビでも同い年だ」
とうとう光希が折れた。今までの涼が並べ立ててきた事実を肯定し、ロリコンである事をキッチリ否定する。涼は少し残念そうに笑みを消す。夏美はそんな涼を見て、光希を見据えた。
「じゃあ、事情を聞かせてもらおうか」
「……ああ」
この場所で立ち話する内容ではない。光希は話す場所を別の場所にしようと提案した。
「どこがいいかな?」
「うーん、この辺りの店は埋まってるだろうし、こじんまりしたカフェみたいな所がいいよね?」
腕を組んで考える夏美の問いかけに、光希と涼は頷いた。夏美はスマホを鞄から取り出す。少しの間画面を見つめ、夏美は笑顔を見せた。
「あったよ〜、穴場!」
「夏美、調べるの速いね」
「えへへ、一応次期当主ですから!」
中学一年生にしては発達し過ぎな胸を張って、夏美は得意げに笑った。光希の顔は夏美とは対照的に強張る。
どうしてこの二人は自分といつも通りに話せるのだろう。自分はずっと二人に冷たい態度を取って遠ざけてきたというのに。頭を振って光希は緩みかけた気持ちを引き締める。心を許してはいけない。許せば今までの努力が無駄になる。
「どうしたの? 光希、」
すでに歩き出していた涼が歩き出そうとしない光希を心配して声をかけてくる。光希は首を振った。
「いや、何でもない」




