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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第3章〜孤高の天才と聖夜の祈り〜

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クリスマスの約束

 新しい服に身を包んだ伊織の足取りは軽い。それでも伊織は光希から離れようとは一切しない。


「他にどこか行きたい所はあるか?」


 光希は歩きながら伊織に尋ねる。伊織は静かに首を振った。


「ないよ。服も買って貰っちゃったし」


 その言葉とは裏腹に、伊織の顔にはもっと見ていたいと書いてある。このまま帰るのも勿体無いと思っていた光希は、伊織の希望通りうろうろする事を決めた。


「じゃあ、もうちょっと見て行くか、」

「うん!」


 嬉しそうに伊織は頷く。追手がかかっているようには思えないほど、平和だ。光希は自分に妹ができたような感じがして、不思議な気分だった。この少女といると、心が辛くない。光希は自分が相当無理を積み重ねてきた事に今更ながら気づくのだった。


「どうかしたの? 光希君、」

「……いや、何でもない」


 控えめな表情で伊織は光希を見上げた。光希は顔を前に向ける。広場には大きなクリスマスツリーが飾られていた。七色の電飾に照らされ、頂上に星を頂いた木は明るい店内でも目立っていた。


「綺麗……」


 伊織は澄んだ瞳に輝きを映して呟いた。


「本当のクリスマスに見る夜のクリスマスツリーはもっと綺麗だと思う、」

「これより、もっと?」

「ああ、たぶんこれなんか比べ物にならないくらいにな」


 伊織は小さく笑った。


「クリスマスに、光希君と見れたらいいな、もっと綺麗なツリー」


 そう言った伊織の顔は何故か少し寂しそうだった。


「見に行こう、クリスマスに」


 光希は伊織に約束する。そうしなければ、できないような気がして。


「ねえ、あれって何?」


 伊織が向かい側にある空間を指差した。光希はつられてその方向を見る。


「ゲームセンターだ、」

「お〜、げぇーせんってヤツだね!」


 ゲーセンのイントネーションがおかしかったが、伊織の目は行きたいと訴えている。


「行く?」

「やった!」


 フードを被った少女がぴょんぴょん飛び跳ねる光景は中々目にしない物だったが、今は平日の昼間。あまり目立っていない。(と、信じたい)


 伊織は人がほとんど見当たらないゲームセンター内をキョロキョロしている。


「あれ、やりたいかも……」


 ふらふらと伊織は何かに吸い寄せられて行く。そして、プラスチックの壁に張り付いた。


 伊織の保護者と化している光希は、姿を消した伊織を探す。焦ったが、店内にはあまり人がいない事を思い出し冷静になる。それに、伊織はすぐに見つかった。プラスチックケースにへばりついている。


「……やりたいのか?」


 びくり。伊織は驚いて、光希を見た。


「な、なんだ。光希君か……」


 胸を撫で下ろし、伊織は再びプラスチックケースに張り付いた。振り返る。


「今、なんて?」

「それをやりたいかと聞いた……」


 ど田舎から出てきた少女のような伊織は、言動が読めない。光希はそれすらも楽しいと思い始めてしまった自分に微妙な気分を覚えた。


「……別にいいよ。お金をこれ以上使わせるわけにもいかないよ」


 光希には我慢しているのがありありとわかった。


「はい、」


 光希は伊織の手に百円を握らす。ちょっと自分は伊織に甘いような気がする。伊織はワクワクしながら、ゲーセンの定番、クレーンゲームに百円を投入した。恐る恐るボタンを押して、大きなぬいぐるみを睨みつけてクレーンを近づけていく。静かな機械音でアームが降りていく。


「……頑張れ、頑張れ」


 伊織は呟く。アームは伊織の期待を裏切って、空をつかんだ。


「あ〜、あうぅ……」


 悲しげな声を上げて、伊織はプラスチックケースに額をつけた。と、突然光希が百円玉を機械に入れる。


「……?」


 光希は真剣にクレーンを睨み、操作する。ゲームセンターなんてこの方一度も行った事のない光希だ、もちろんクレーンゲームなど触った事がなかった。


「あ……」


 ぼて、とぬいぐるみがアームから滑り落ちた。もう一度光希は百円玉を入れる。今度はぬいぐるみの猫耳を掴み、数センチ進んで落ちた。


 光希は自分の財布の中身を確認する。残りは五千円札だけ。光希は無言で両替機に向かう。


「ちょ、光希君!? 全財産、百円玉に変えちゃダメだよ!?」


 慌てて伊織が暴走しかけている光希を止めようとする。が、間に合わず、五千円札が大量の百円玉に変わる音が聞こえた。


「……光希君って、負けず嫌いなのかな?」


 五千円札は五十枚の百円玉に姿を変えてしまったが、ぬいぐるみが取れるまでに犠牲になった百円玉はそう多くはなかった。五回目の挑戦で手に入れた白猫のぬいぐるみを光希は伊織に渡す。ぬいぐるみが欲しかったわけではない。白猫に負けるのが悔しかっただけだ。


「貰っちゃっていい、の?」


 伊織はもちもちな白猫に顔をうずめて言う。手離す気も無さそうだ。


「もちろんだ」

「ありがとう、」


 伊織は花が咲いたような笑顔を浮かべる。光希は照れ臭くなって頭をかいた。





 伊織の行きたい所に行く形でかなりの時間、二人はショッピングモールを歩いて過ごした。


「……光希君、楽しかった? なんか、私ばっかり、楽しんじゃって……」


 申し訳なさそうに伊織は言う。光希は伊織の頭にぽんぽんと手を置いた。


「ふにゃ?」

「俺も楽しかったよ。初めてゲーセンにも入ったし、こんなに店を見れた。お前のおかげ、だな」


 光希は口元に笑みを浮かべた。伊織が驚いたように目を大きくする。


「初めて笑うとこ、見た……」


 言われて光希は気づく。笑ったのはいつが最後だっただろうか。伊織と居ると、殺していた感情が戻ってくるような感じがする。みのるが光希に伊織の護衛につけたのは、この事を見越していたからなのかもしれない。


五千円札片手に微妙に暴走しかけた光希と、やっぱりちょっと天然さんな伊織でした。

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