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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第3章〜孤高の天才と聖夜の祈り〜

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食料調達2

 外に出た光希は伊織にコートを渡してしまった事を少しだけ後悔してしまった。日が落ちて、暗くなった外の気温は、先程までよりもずっと寒くなっていた。


 袖の端が引っ張られる感覚がある。光希は隣の伊織を見た。伊織は光希の袖を掴んで、震えていた。寒いからではなさそうだ。何かに怯えている、そんな感じだ。


「大丈夫か?」


 返事がない。光希は何も言わずに伊織の手を握った。伊織は驚いたように光希の顔を見る。光希はその顔を見返す事はなく、歩き出した。


 大通りに出る。まだクリスマスまで半月あるが、街はクリスマス一色だった。電飾に彩られ、眩しい。伊織は光希の腕にしがみつきながらも、目を輝かせていた。


「……何が食べたい?」

「何でもいいです、……でも、オムライスっていうのを食べてみたい、かな?」


 躊躇いつつ、伊織は自分の要望を言う。光希は静かに頷いた。オムライスなら、光希にも作れる。元々、レストランやファミレスに行くつもりはなかった。行けば、コートを脱がなければならないし、伊織の居場所を特定されてしまうかもしれない。そんな危険は冒せなかった。


 しばらく歩き、二人はスーパーにたどり着いた。ちょうどクリスマスセールをやっているようだ。かなり早すぎる気がするが、今の光希達としては有り難い。


 セール品を買い漁るおばさま達に紛れ、二人は店に入る。米、トマト、肉、きゅうり、キャベツ、卵……。どんどんカートに乗せていく。セールだと、財布の紐が緩むのは光希も同じだったみたいだ。


「……光希君、ちょっと多すぎませんか?」


 光希は無言でカートを見た。食料が山積みになっている。確かに多すぎかもしれない。


「……」


 光希はいくつか手で持つと棚に戻す。なぜか伊織もカートを置いてついてくる。


「……カートは?」

「あ、ごめんなさい、忘れてました」


 二人は急いでカートの元に戻る。なぜかタイムセール最後の一個だった魚が消えていたが、損失は少ないようで安心だ。


 勢いの全く衰えないおばさま達に巻き込まれないように、レジに並ぶ。


「あら、二人だけで買い物? 偉いわねぇ。そっちの子は、妹?」


 レジ係の店員がペラペラと話し出す。光希は笑顔を貼り付けて、頷く。


「そうなの〜。ちょっと君、カッコいいわね。イケメンね、うふふ。おばさん、ちょっと内緒で値引きするわ」

「は、はあ?」


 色々とぶっ飛んだ事を言い出した店員は、セール中だというのにさらに値引きしてくれた。光希としては嬉しいのだが嬉しくない、という何とも言えない気分になる。


 伊織は言った通りに俯いて、顔を見せないようにしていた。しかし、笑いを堪えているように、肩がピクピクしていた。


 会計が終わり、レジを離れた光希の顔から笑顔が剥がれ落ちる。いつも通りの無表情に戻った光希は、息を吐き出した。


「なんか、あの店員さん、変わってましたね。言ってる事、意味不明だったですし」

「そうだな」

「でも、値引きしてくれたのは良かったです」


 伊織は光希の顔を見てにこりと微笑んだ。





 レジ袋を両手に提げて、光希と伊織は街を歩く。伊織は光希にピタリとくっついて来るので、少し歩きづらい。


「光希君は、学校、行けなくなって嫌、ですか?」


 突然伊織は光希に話しかけて来た。どこか怯えるような表情で。


「いや、むしろ行けなくなって嬉しい」

「そうなんですか? 私は学校は楽しい所だと教わりました」

「……それは、一部の人だけだ」


 光希の顔が微かに曇る。伊織はその僅かな変化に気づき、さっきの自分の言葉を後悔する。


「ごめんなさい。私、学校なんて行ったことなくて……」


 伊織の顔に影が落ちる。光希はこの少女の生い立ちを考えないではいられなかった。


「お前はどこから来たんだ?」


 光希の質問に伊織は寂しそうに笑った。


「私は、……私の事を道具としか見ていない人達の所から来ました。それだけです」


 家の前に着いてしまった。伊織は笑顔を浮かべて見せる。


「光希君、着きましたよ!」


 その笑顔はあまりにも空々しくて、悲しかった。




 家に入ると、途端空気が暖かくなった。光希は上着を脱ぎ、伊織もコートとマフラーを外して髪の毛を解放する。


「ただいまでございます!」


 明らかにおかしい敬語が聞こえた。


「敬語、やめていいぞ」

「ん、わかった」


 アッサリと敬語から切り替わる。やっぱり無理をしていたようだ。


「夕飯、作るからテレビでも見てて待ってて」

「うん、」


 伊織は光希に慣れたようで、会話が普通にできるようになっていた。


 光希はキッチンに立つと、棚からフライパンなどを引っ張ってくる。自分で料理をするのは久しぶりだった。みのるはいつも忙しいため一人でご飯を食べる事が多かった光希は、料理を作れるように努力したのだ。それがここで役立つとは。




 二人分のオムライスを作った光希は、ケチャップと共に皿を持って行く。ダイニングテーブルにそれらを置いた。光希はケチャップを持つ。


「ふふっ、」

「……何がおかしい」


 伊織が笑い声を漏らした。光希はムスッとしてケチャップを持ったまま伊織を見る。


「だって、無表情のままオムライスに顔を描いてるのが面白くって……、ふふふっ」


 伊織の分のオムライスには顔が描かれていた。笑顔を描こうとして失敗したような、嫌味たらしい顔が。


「……失敗しただけだ」


 二人は向かい合わせで座ると、無言で食べ始めた。一口食べた伊織が頰を押さえる。


「……美味しい、」


 ものすごい勢いでオムライスが消えていく。昨日から何も食べていないという伊織の分はかなり多くしてあるのだが。


 伊織はとろけたような笑顔を浮かべる。これは心の底からの笑顔だった。


「光希君は、優しいんだね」

「別に、そんな事はない」


 光希は無表情のままそう答える。伊織は首を振った。


「ううん、会ったばかりの私にこんなに優しくしてくれるなんて、本当に優しくなきゃできないよ」


 心を映すことをやめていた光希の顔が微かに緩んだ。

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