食料調達1
外はもう薄暗くなっていた。時刻は四時十分。冬なので日が落ちるのが早いのだ。冷たい外気にさらされた光希は身体を震わせた。
伊織がシャワーを浴び終わるまでに帰らなければならない。そうすると、二十分ほどの時間しかない。
光希は周囲に人がいない事を確認する。本当は二十分で寮に行って帰る為の身体強化ではないのだが、今回は特別だ。光希は身体に霊力を流す。力が溢れてくる感覚と共に五感が研ぎ澄まされていく。光希は地面を蹴った。一息で屋根の上に飛び乗る。足音を消して、住んでいる人の迷惑にならないように気をつける。
光希は屋根から屋根に飛び移って、学校への最短距離を進む。まだ校門から出入りしてもおかしくない時間だ。校門から入るのが一番いいだろう。ちょっとした路地裏に着地し、光希は身体強化を解除した。
学校に帰る生徒達に混ざり、光希は校門をくぐった。不意に期末テスト、という単語が耳に入ってくる。そういえば、来週、期末テストがあるのだった。ただ、みのるは学校に届出を出したと言っていた。それがいつまでの物なのかはわからないが、来週も学校には行けないのだろう。
光希は少しだけ気分が軽くなるのを感じた。学校はいつでも気が重い場所だ。そこに行かなくてもいいというのは嬉しかった。
光希は急いで寮に向かう。さっさと荷物を取って戻らなければいけない。道を歩く他の生徒達には目もくれず、光希は人を避けつつ早歩きする。
寮にたどり着くと、階段を駆け上がり部屋に向かう。光希の部屋は三階だ。階段を上がって四部屋目の三○四号室。スマホをかざしてロックを解除する。部屋の電気はついていなかった。この寮は二人一部屋で割り当てられている。当然光希にも相部屋の住人がいるのだが、幸いあまり部屋にいる事が少ない人なので光希としては気が楽だ。まあ、始終無表情で冷たい光希といるのが嫌なだけだろう。
そんな事はどうでもいい。光希はさっさと荷物を鞄に詰め込んでいく。私服、防寒具、筆記用具、などなど。必要そうな物は手当たり次第、詰め込んだ。服はかさばるため、鞄はパンパンに膨れてしまった。
急いで光希は部屋から出る。オートロックなので、改めて鍵を締める必要はない。光希は鞄を肩に引っ掛けると、階段を駆け下りた。途中、何度か他の生徒とすれ違う。大きめの鞄を持って階段を駆け下りる光希に不審そうな目つきを向けて来たが、光希は全く気にしなかった。
外に出ると、空の色は青紫がかり、さらに暗くなっていた。そこで光希は思わぬ人に出会ってしまった。
「光希、どこ行くの?」
涼だ。部活の帰りだろう。肩にタオルを乗せて、スポーツバッグを提げていた。光希は見なかったフリをして、歩き出そうとする。
「ねえ」
肩を掴まれた。光希は渋々と振り返る。涼の問いかけるような目が光希を見ていた。
「……別に、訓練だ」
「その荷物、何日か帰ってこないの?」
涼は光希の鞄に目をやった。光希は視線を鞄に落とす。
「……ああ」
「そう」
涼の手が離れる。涼の目を見た光希は涼が納得していない事に気づく。それでも今はここで足止めを食らっている場合ではない。光希は逃げるように涼に背を向けて歩き出した。
行きと同じように屋根の上を飛び移って帰って来た光希は、静かにドアを開ける。まだ水音は鳴り止んでいなかった事に安堵の息をついた。ポケットの中のスマホの画面を見る。家を出てから十九分が経っていた。
光希はドサリと鞄を居間の机に下ろした。ちょうど水が止まり、風の音が響く。そして、廊下をペタペタと歩いて伊織が姿を現した。
白い髪にツヤがもどり、シャワーの熱に頰を上気させた伊織は見違えるようだった。着替えは無かったらしく、薄汚れたワンピースをもう一度着ていたが、それでも伊織の儚げな美しさがなりを潜める事はない。
「あの、先に入らせてもらいました」
「……ああ」
ぐうぅ〜、と空腹を告げる音がどこからとなく聞こえた。
「あ……」
伊織は恥ずかしそうに腹を押さえる。
「……そういえば、昨日から何も食べてませんでした」
小さな声で呟くように言う。光希は伊織に一度視線を向けると、キッチンに向かった。冷蔵庫の中を覗く。
キレイに空っぽだった。
予想はしていたが、ここまで何も無いとは……。光希は頭を抱えたい衝動に駆られる。
「何も無いですね……」
後ろから伊織の声がした。あまり背の高くない伊織からだと、光希の脇から冷蔵庫の中を覗いているような体勢になっている。伊織はおそらく夕食を諦めたのだろう、少し残念そうに肩を落としていた。
「何か、買いに行くか?」
光希は眉を寄せた険しい顔で伊織に問いかける。伊織の顔がパアッと輝く。
「い、いいんですか!」
「……ああ」
光希は頷くと、居間に戻る。鞄を漁り、財布を探す。財布を見つけた光希は中身を確認した。あまり金がない。このままだとこの生活は続けられないだろう。突然伊織がポンっと手を叩いた。
「そういえば、相川みのるさんからカードを預かってます」
伊織は自分のポケットからクレジットカードを取り出した。光希はそれを受け取りながら、息を吐く。ここは気が利くらしい。
「……ありがとう。じゃあ、行くか」
「はい、」
少し待っていて、と伊織に言って、他の部屋で光希は制服から私服に着替えた。これからの時間、制服で出歩くのはまずいだろう。居間に私服姿で戻ってきた光希は、手持ち無沙汰に立っている伊織に声をかける。
「これ、」
光希は伊織にコートとマフラーを渡す。伊織の格好は見るからに寒そうだったのだ。
「あ、ありがとうございます! 相川さん、」
「俺のだけど、服、買うまで我慢して」
「いえ、全然大丈夫です!」
光希は思い出したように付け加える。
「あと、相川さんっていうの、やめろ。目立つ」
「あ、はい。相かー、いえ、えっと、光希君?」
少しだけくすぐったい感覚がしたが、光希は小さく頷いた。
「……コートのフードは外にいる間、ずっと被ってろ」
「うん、」
伊織は頼りない手つきでフードを被る。小柄な伊織には少し大きすぎたようで、顔まで隠れてしまった。目立つ白い髪を隠す、という目的は達成できているので良しとしよう。
「行くぞ」
「はい!」
光希はドアを開け、伊織を外に出す。それから自分も外に出ると、鍵が閉まった事を確認した。




