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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第3章〜孤高の天才と聖夜の祈り〜

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突然の電話とハプニングの予感

 いつものように変わり映えのない一日が終わり、光希は校舎から出た。部活にも入っていないので、直行で寮に帰ろうと思った。


 光希は歩き出す。今日はいつにも増して寒かった。冷気が光希の顔を撫でる。それだけで身震いしてしまいそうだ。制服は寒さも暑さも通さない特殊繊維でできているため、身体が冷える事はない。おかげで夏服と冬服を使い分けなくてもいいのだ。しかし、顔などは守備範囲外なので寒い時は寒い。


 突然、ポケットが振動した。電話だ。光希はポケットからスマホを出して、画面を見る。画面に表示されている名前を見て、光希は微かに眉を寄せた。きっと何か面倒くさい事が起きるだろうという直感がした。無視してもいい事はないだろうから、光希は大人しく電話に出る。


「……もしもし、」

『あ、光希。今大丈夫?』


 父親の明るい声が耳に響く。正直言って今すぐ電話をブチ切りたかった。その上、大丈夫も何も、光希の状況はいつでも思い切り無視するみのるの事だ、大丈夫じゃないと答えても意味のない事だった。光希は電話の向こうに聞こえない程度に小さく溜息をつく。


「大丈夫だ」

『そう、じゃあ、さっさと要件言っちゃうねー』


 少しの間を置いて、みのるは要件を口にした。


『今すぐ学校から出てきて。もう校門前だから』

「……」


 突然過ぎて光希は返す言葉を失った。返事をせずに無言でいると、みのるは勝手に話を締めくくった。


『じゃあね、待ってるよー』


 ぶちり


 電話が切れた。光希の無表情な顔に少しウンザリしたような感情が滲み出る。


「はぁ……」


 溜息を吐き出してみるが、この微妙な気分が晴れる事はなかった。光希はある意味で覚悟を決める。大抵みのるが電話をかけてくる時は、厄介事を押し付けられたり、厄介事に巻き込まれたりする事の前触れだ。何かに巻き込まれる事を覚悟しておく必要があるだろう。


 光希は学校の荷物を持ったまま、歩いて校門を目指す。電話をしている間に道を歩く生徒達は増えていた。これから部活や友達と遊びに行くのだろう。光希の顔がさっき以上に無表情になった。


 学校の敷地はかなり広いので、校門までは少しかかる。人とすれ違うたびに光希は速足になりそうになる足を抑えていた。


 しばらく歩いていると、とうとう校門前にたどり着いてしまった。光希は校門くぐり、外に出る。


「光希ー!」


 にこにこしながら手を振ってくるヤツがいた。光希は反射的に踵を返しそうになる。


 校門からは人が沢山出入りしている。もちろん、にこにこして手を振る大人はとても目立つ。その上、みのるは『九神』のトップレベルの実力を持っている。つまりは、有名人なのである。そんな有名人が学校の校門前でへらへら笑いながら手を振っていたら、誰でも注目してしまうだろう。生徒達は光希とみのるを交互に見ながら、歩いて行った。光希としてもかなり恥ずかしい限りである。


「光希!」


 もう一度、みのるに呼ばれた。流石に校門の前でこれ以上突っ立っているのも何なので、渋々みのると合流する。


「で、何が用件だ?」


 光希はぼそりと口にする。みのるはへらへら笑いを消すと、一言こう言った。


「ここでは話せない。ついてきて」


 光希は無言で頷く。ここで話せないような話という事は、予想通り厄介事なのだろう。さっきから、ちらちらと自分達を見てくる視線が少し落ち着かない。やはり光希とみのるがいると目立つのだ。


 みのるは歩き出した。光希はその後に続く。その直後、光希は霊力の気配を感じた。空気が微かに歪む感覚にとらわれる。光希はみのるの背中を睨むように見た。おそらく方向感覚を狂わせる術式。それも霊力の気配をほとんど感じさせない高度な技術で発動させられている。そのせいあって、周りにいた紫陽花学院の生徒達は術が使われている事に気付いていなかった。いつもへらへらとしているくせに、実力だけは確かなみのるが光希は苦手だ。


 光希はみのるの後を黙って歩いていた。どこに向かうかは知らない。見たところ、見知らぬ道を歩いている。


「……どこに向かっている?」


 光希は思わず疑問を口に出した。みのるが歩きながら、振り返る。いつものへらへら笑いを浮かべて。


「ん? 光希の家、」


 とても意味不明な答えが返ってきた。この辺りに自分の家はないはずだった。そもそも、光希が住んでいた家は随分前に売り払ってしまった。みのるが今どこに住んでいるかは知らないが、この辺りではないはずだ。


 これ以上の情報をみのるから引き出すのは無理だと判断した光希は、黙ってついて行く事を選択する。一応三大都市である名古屋は平日でも出歩く人が多かった。人がたくさん歩いている大通りはみのるにとって都合がいいようで、みのるは人に紛れて歩いて行く。光希はみのるを見失わないように、人を避けつつ足を速めた。





 十分ほど歩くと、みのるは突然足を止めた。光希は足を止めてみのるの視線を辿る。


 家があった。極めて普通の一軒家だ。完全に周りの住宅に溶け込んでいる。要するに、普通過ぎて陰が薄い家である。


「家……?」


 急な展開に頭がついていかない。光希はしばらくボーっと家を眺めていた。


「ほらほら、光希、入って入って〜」


 脳天気な声が響く。光希は手招きするみのるの元に向かった。みのるはドアノブに手をかけて、ドアを開ける。新しい家の、何とも言えない匂いが鼻をくすぐった。


 光希はふと下を見た。誰かの靴が置かれている。ピンク色の少し薄汚れた靴。デザインを見るに、女の子の靴だ。


 光希は答えを求めてみのるの顔を見上げる。みのるは光希と目を合わせただけで何も答えようとはしなかった。ただ光希がみのるの顔から読み取れたのは、すぐに説明するよ、というメッセージだけだった。


 光希とみのるは玄関で靴を脱ぐ。ゴミ一つ落ちていない床を静かに歩き、光希はみのるについて行く。家具が少ない。新しい家だからだとは思うが、かなり殺風景だった。


 みのるは光希を一瞬待たせ、居間のドアを少しだけ開ける。何かを確認し終えたみのるは光希を振り返り、人差し指を口に当てた。光希は頷いて、反応を示す。


 静かにドアをみのるが開けた。居間のソファーに誰かがいる。光希は誰がいるのかを確認しようと、かかとを浮かせた。


 目を閉じて眠っている少女がそこにはいた。

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