孤高の天才
蒼い炎を纏った刀が弧を描く。それは面白いように目の前の霊獣の眉間に吸い込まれる。
爆音。
霊獣は蒼炎に呑まれ、爆散した。光希はフッと息を吐く。無表情のまま、光希は次の敵へと刃を向ける。蒼い炎が揺らめき立ち、獲物を求めてギラリと光った。光希は地面を蹴り、空を舞う怪鳥のような霊獣に手を伸ばす。
「『かまいたち』」
光希の周りの空気が揺らぐ。風の刃が鳥の翼の付け根に向かって放たれた。同時に重力に逆らいきれなくなった光希の身体が落下を始める。光希の瞳は鳥が『かまいたち』を躱した事を認識する。それでも、顔色ひとつ変えない。
くるりと回転して光希は体勢を整えた。鳥を睨む。巨大な鳥はその大きな翼を広げた。空気が歪む。光希は鳥を見据えたまま、刀を構えた。
小さく息を呑む。光希は刀を振るった。刀に当たった風の刃が霧散する。二回、三回、四回。同じ現象が繰り返される。風の刃が全て消えたと同時に、光希は右手を鳥に向けて術を放った。
小さく爆発が起こる。どさり、鳥が落ちる音が響いた。光希はすかさず鳥の身体に刀を突き立てる。肩翼を無くした鳥はそれで動かなくなった。
光希は刀を振るい、血糊を落とす。
「ぐっ……」
光希は突然呻き声を上げた。手から刀が転げ落ちる。地面に光希は手をついた。額から滲んだ汗が地にシミを作る。
「うあぁぁぁぁっ!」
叫び声と共に光希の身体が蒼い炎に包まれた。炎が光希を焼き尽くす気配は全くない。しかし、炎は地面を這って周りの地面を焦がしていく。それはまるで炎でできた龍が暴れまわっているように見えた。光希は顔を歪めて暴れる霊力を抑えつけようとする。その努力はあまり功を奏していないようだった。蒼炎の勢いは変わらない。
「光希!」
みのるの声が霞む意識の向こうから聞こえる。それを最後に光希の意識はふつりと途切れた。
「全力で戦えるタイムリミットは十分ってところだな」
光希は目を開ける。さっきまで暴れていた霊力は嘘のように静かだった。身体を起こし、光希は辺りを見回す。倒した霊獣は跡形もなく消え、黒く焼け焦げた跡が地面に残っているだけだった。
立ち上がった光希はみのるを見ても表情を動かさない。みのるはそんな光希の様子を気にせず、問いかける。
「力の制御はできる?」
光希は頷いた。しかし、それは相槌。肯定も否定の意味も含んでいなかった。そして、みのる自身、答えは求めていなかった。光希は自分から話そうとは一向にしない。それでもみのるは気にせずに、違う質問を重ねた。
「『九神』の候補に挙げられてるんだけど、断るって事でいい?」
再び光希は頷く。光希を見るみのるの眼差しに一瞬、心配のような、悲しむような感情が混じった。
光希は一定の霊力を消耗すると、力の暴走を起こす。そして光希のこの力は秘すべきもの。今の状態では公の場で戦う事はできない。
戦闘能力に偏った相川の血は光希に孤独しか与えていなかった。相川として存分に力をふるう事を許されない光希は、力の秘密を知られるのを防ぐため他人と関わってはいけなかった。
だから光希は心を殺した。これ以上心が傷つかないように。
冷たい風が吹き抜ける。乾燥した葉がかさかさと音を立てて、飛ばされていった。
光希はボンヤリと前を見た。その瞳には何も映らない。それでも世界は何も変わらず、ただ冬の寒さを運ぶだけだった。
稀有な霊能力の才能を持ち、誰とも関わることのない少年を、人は『孤高の天才』と呼んだ。
これは相川光希が中学一年生だった時の、ほんの一ヶ月ほどの出来事である。しかし、ある少女と出会った事で光希の運命は大きく変わることとなった。




