事後報告
校外教室から帰ってきてから二日後。ランク試験の結果が青波学園に届いた。一年の全生徒のランク認定リストの一番下に、これから波乱を巻き起こす事になるであろう少女の名があった。
天宮楓を特例としてSランクに認定する。
その日から楓は光希、涼と並ぶトップレベルの戦闘能力を持つSランクとなった。
ハプニングがあった校外教室が終わってから二日後、A組担任、佐藤和宏は職員室で頭を抱えていた。
「はぁ……」
重い溜息が口から出る。
天宮楓が注目される結果となってしまったのは、和宏としては不本意だった。まあ、非常事態だったのだ。しょうがない。と、割り切れる事態でもないのが問題だ。天宮楓を目立たないように守るというのが和宏の任務。しかし、今回の件で天宮楓は戦力と認められてしまった。
和宏はゆっくりとPC端末をマウスでスクロールする。生徒達の成績とランクだ。それが今日届いた。これが和宏の目下の悩みの元凶だ。データの一番下に、天宮楓の名が載っていた。記載はランクだけ。
天宮楓、特例によりSランクに認定する。
そう、問題はランク審査員に楓が戦うところを見られてしまった事だ。楓にランクをつけられる事は避けなければならなかったのに……。
「はぁ」
再び和宏の口から溜息が漏れた。椅子に体重を預け、伸びをする。
「疲れているみたいだな、佐藤」
突然隣の藤堂裕佳梨に話しかけられて、和宏は咄嗟に顔に笑顔を貼り付けた。そう言う裕佳梨も疲れているようだった。目の下に微かにクマがある。
「そうですね、ところであの魔物についてなんですけど……」
「ああ、アレか。調べたんだが、世界崩壊前に、大西洋の辺りで暴れてた魔物だったみたいだな。ヨーロッパの魔術師達が倒す事を試みたが、あまりに強かったもんで、封印したそうだ」
「そうみたいですね。僕も調べたんですが、クウォザルク、とか言う名称が付けられていたようです」
裕佳梨は頷き、和宏の前にある端末を覗き込む。スッと裕佳梨はリストの一番下を指差した。
「アレを一人で倒したのはお前のクラスの女子だったみたいだが?」
和宏はやっぱりか、と内心思い、困った表情を作る。
「そうです、でも、今回の件まで天宮さんがあんな実力を持っていたのは知りませんでした」
「ふむ?」
裕佳梨はその言葉の真偽を測るように和宏の目を鋭い視線で射抜いた。和宏の瞳は静かに裕佳梨を見つめ返すだけだった。裕佳梨は息を吐く。
「あんな戦力がいたのはすごく意外だったが、それよりも憂うべきは霊力が使えなくなった事だな」
「はい。原因は未だ解明できていません」
「この調子だとわからずじまいかもしれんな」
裕佳梨は腕を組んだ。和宏はにこりと笑う。
「ここで悩んでいても仕方ないですから、お茶でも飲みませんか?」
「そうだな、」
和宏は立ち上がり、裕佳梨と共に職員室を出た。
黒瀬ハルトは唇を笑みの形に歪めた。その顔は笑みを浮かべているように見えるが、どこか現実味を欠いていた。
「木葉は正しかったみたいだな……。『天宮楓』、それが今の君の名前か……」
静かにハルトは呟く。夜風にハルトの髪がふわりと揺れる。完全に部屋が静まり返ったところをみると、寮の相部屋の住人はもう寝たようだった。
「もう、ここにいる意味はない」
ハルトは音を立てずに窓を閉め、クルリと指を回した。それだけで、この学校に黒瀬ハルトという生徒は初めからいなかったかのようにデータも全て抹消される。
誰も黒瀬ハルトを思い出せないように、さらに術をかける。しかし、天宮楓にはかけない。それを確認して、『黒瀬ハルト』を名乗っていた少年は姿を消した。
これで校外教室編は終わりです。次はちょっと寄り道して、光希の過去に迫ろうと思います。
次は『孤高の天才と聖夜の祈り』編です




