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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第2章〜波乱の校外教室〜

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楓の戦い

 楓は呆然と化け物を眺めた。ざわめき立った生徒達はそれぞれの武器を抜き放ち、術式を発動させようとそれぞれ叫ぶ。


 これだけいれば、すぐに倒せるだろう。そうやって無理矢理思い込んで、楓は刀に伸びそうになる手を止める。


「術が使えない!」

「霊力もダメ!」


 パニックになりかけた声が響いた。楓はハッと目を見開く。霊力をかなり消耗した涼と光希もぼろぼろのまま、術式を発動させようとする。が、何も起こらない。光希は(うめ)くように言う。涼は黒い魔物を鋭く睨んだ。


「霊力が使えなくなった……!?」

「みたい、だね」

「くそッ!」


 光希は苛立たしく地面を蹴った。砂が少し、舞い上がる。今の光希と涼ではアレと戦えるだけの力が残っていなかった。


 今、戦えるのは自分しかない。


 楓の手が震え出した。目の前の景色に過去の景色が重なる。


 突然現れた化け物をみんなを守るために一人で倒したあの時。あの時、助けた彼らはどういう目を楓に向けたか。彼らの目にあったのは明確な敵意と恐怖。……そして、楓を『バケモノ』と呼んだ。


 また、同じ事が起こるのか。誰も誰も、振り返らない。呼んでも答えてくれない。いつもいつも、向けられるのは二つの感情だけ。誰も、……みんな、楓から離れていく。


 ……怖がられてしまう。


 嫌だ。


 それでも楓の手は刀にかけられる。


 今、楓が戦わなければ、楓を友達と呼んでくれた人達が……死ぬ。


 ……それは、もっと嫌だ。


 鋭い金属音を奏で、楓は刀を引き抜く。微かに赤みがかった刀身が鈍く光を放った。楓は地面を蹴った。


 光希は思考を巡らせる。おそらく霊力で身体強化しなければ、アレには勝てない。しかし、霊力が使えなくなった今、アレに太刀打ちできるのは楓だけだ。


 そう、楓だけだ。


 必然的に楓は戦う事を選んでしまう。


 つまりこれは、罠。


 光希はハッと顔を上げた。目の前の楓が刀を抜く。


「天宮! これは罠だ!」


 光希に背を向けた楓は地面を蹴り、一息で魔物と距離を詰める。光希の声は、楓には届いていなかった。



 楓の瞳が金色の光を帯びた。楓の瞳から感情が欠落する。世界から音と色が消えた。


 倒すべきはあの黒いモノ、ただそれだけだ。


 楓は刀を魔物に振り下ろす。呆気なく触手(?)のようなものがぐちゃりと落ちた。しかし、その切り目から触手が直ぐに再生していく。


「……治っちゃう系か」


 楓は額から滑り落ちる嫌な汗を無視し、口の端を吊り上げる。


 魔物は口のようなものを開いた。そこから光球が生み出される。楓は舌を打つ。


(まずい、このままだと、後ろのみんなに当たる!)


 楓は再度地面を蹴って、高く跳躍する。足を振り上げ、魔物の顔らしきものを全力で蹴り飛ばした。


 ぎゃぐぇぎゃ!


 聞くだけで背筋が凍るような(おぞ)ましい声を上げて、魔物が吹き飛んだ。光球は海の遠くに飛ばされる。そして、一瞬の静寂の後で爆発した。海が大きく盛り上がり、灼熱に(あぶ)られる。


(誰かに当たれば、まず命はなかった……)


 巨体の所為で、吹き飛んだといえど、ほとんど位置が変わっていない魔物は、楓を敵だと明確に認識したようだった。鋭く尖らせた触手が楓に襲いかかる。


「でも……、遅いッ!」


 本来の速度よりも楓の瞳には遅く映る。楓は刀を一閃させた。バラバラと触手が切り落とされていく。他の触手を踏み台にして、楓は飛ぶ。顔を貫く角度で飛んできた触手を身体を捻って避ける。


「はあぁぁぁぁっ!」


 叫びながら、楓は刀を振るう。圧倒的な速度で振るわれる刀が、神速で触手を切り落とす。


(もっと、もっと、速く!)


 楓はさらに加速する。魔物があの光球を出せる余裕など残さない。どす黒い棘が楓の頰を掠めた。辛うじて、髪の毛一本の距離で躱す。


「くっ!」


 まだタコには、魔物がタコにかなり似たフォルムをしているのだ、攻撃手段があったようだ。おそらく毒がある。



 涼はあっ、と声を上げた。


「なんだ?」


 光希は楓から目を離さず、尋ねる。涼はらしくもなく顔をしかめた。


「今思い出したよ……。アレはかなり前に、どこかの海域で現れた魔物、クウォザルク。ヨーロッパの魔術師達が戦って倒せなかったものだ。代わりに強力な封印を施したはず……」

「だったらなんで!?」


 涼は目を伏せて、首を横に振る。光希は拳を握りしめた。


「天宮は……」

「そう、かなり無茶をしてる。たぶん、それは楓もわかってる……」


 光希は自分の手に爪が食い込むのを感じた。肝心な時に守る事ができないのは、護衛として失格だ。


 光希は楓の動きを目で追う。人間を超えた速度で繰り広げられる攻防をかろうじて見る事ができた。縦横無尽に駆ける楓の顔は険しいものだった。



 楓は尽きる事なく襲ってくる棘を(かわ)し、刀を振って弾き飛ばす。しかし、その間にも触手が復活していく。


(でも、あの変な球体ビームを撃つ時間は絶対渡さない!)


「おらあぁぁあっ!」


 咆哮を上げ、楓はクウォザルクに刀を突き立てる。青黒い血が溢れ出した。触手が楓の頰を掠める。一瞬、血が盛り上がり、すぐに消える。クウォザルクは突然巨体を振り回し始めた。


「うわっ」


 楓は勢いのまま振り落とされる。空中でくるりと回り、体勢を整えて地面に着地する。砂が削れた。


「まだまだぁっ!」


 楓は刀の切っ先をクウォザルクに向けて、走り出す。限界まで力を振り絞る。ぶわっ、と楓が放つ殺気が濃密になった。楓の瞳が金色に輝く。


「おああぁっ!」


 楓は飛ぶ。刀を一文字に薙ぎ払い、触手を切り落とす。他の触手を蹴り、さらに舞い上がる。右、左、上、下、斜め。刀についた血が剣筋を浮かび上がらせた。


 美しく洗練された剣技はもはや一つの舞のように見えた。楓の動きはどこまでも流麗で無駄がない。ひとつ残念だと言うならば、それは掛け声と叫び声だが。


 楓は肉食獣のような鋭い視線でクウォザルクを見た。


(もっと!強く!)


 楓の刀が閃光のように閃いた。ぼとぼとと触手が落ちる。再生するよりも速く、楓は本体を切り刻む。


「これで、最後おぉっ!」


 楓は刀を一閃させた。クウォザルクに背を向けて、地面に足をつける。魔物は青黒い血を吹き出して、崩れ落ちた。

楓、すごいカッコ良いです

さて、他の人達の反応はどうなる事やら

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