突然の闖入者
「試験、終わったぁー!」
楓は歓声を上げて、手をぶんぶん振り回す。
ごん
「……いでっ」
少々鈍い音がして、隣の夕姫が鼻を抑えた。
「あ。ごめん」
「いいって事よ〜! 校外教室が今日で終わりってのも本当だし!」
私も嬉しいよ!、と夕姫も手をぶんぶん振り回す。
ごん。ぼいんっ
「ひゃあっ! ちょっと、夕姫っ!?」
夕姫の手が物の見事に夏美の胸にのめり込んでいた。夏美は顔を真っ赤にして、プルプル震えている。どうやらかなりお怒りのようだった。
「……ど、どうしよう、楓」
夕姫は助けを求めて楓にすがるような目を向けた。
しらーー
楓は遠い目をして、知らないフリを決め込む。
「楓ぇえー!」
カエルが潰れたような声で夕姫は叫ぶ。楓にしがみつく前に、激怒中の夏美が夕姫の襟首を掴んだ。
ずりずりずり……ずるずる
「こ、このおぉ! 裏グェりものおおおお!」
「ほら、夕姫。ちょっとお説教が必要みたいだね〜」
涙目でジタバタ暴れる夕姫を物ともせず、夏美は物凄い笑顔で夕姫を引きずっていく。地面には溝がクッキリと残されていた。これから何が夕姫に降りかかるのか。楓は夕姫の冥福を祈って、手を合わせておいた。
それにしても、試合、結局光希が勝ったな……。
実はその試合で自分の彼氏決めが行われていた事はつゆ知らず、楓は真剣な顔で腕を組む。
確かに、涼と光希の実力は拮抗していた。ただ、一瞬、光希に不審な動きがあった。ほんの一瞬だったため、他の人が気づいているかは謎だが、蒼い炎が不自然に動いたのだ。……まるで、そのものに意思があるかのように。しかも、その直後に涼の体勢が崩れかけた。二人とも表情には出さないからわかりにくいが。
そうだ、木葉に聞けばわかるかもしれない。
そう思った楓は、ぼんやりと騒ぎを眺めている木葉に声をかけた。
「ねえねえ、木葉!」
「あら? 何かしら?」
木葉は微笑みを浮かべて振り返る。
「あのさ、さっきの決勝の事なんだけど、光希の炎が勝手に動いた気がするんだけど、どうしてかわかる?」
木葉は驚いたように目を一瞬大きくした。右手で髪の毛を弄び、黒髪がサラサラと手から溢れる。あまりに綺麗なのでしばらく眺める。
「そうね……」
どうやら何か考えていたようだ。まだ少し考えているのか、少しゆっくりと口を開いた。
「たぶん、光希の術式なのだと思うわね。そんな術式があってもおかしくはないわ。ていうか、よく見てたわね。何、好きな人の戦いが見たい! 、とかそんな感じ?」
「ふーん、うん、なるほど、って違う! なんでボクが相川が好きっていう設定になってんだよ!?」
何も考えずに頷こうとした頭を途中で止め、楓はツッコミを入れた。木葉は真顔で首を傾げる。
「あら? 違うの?」
「ちげーわっ!」
木葉の頭をすこーんと叩きたい衝動に駆られたが、下田木葉信者(主に天童湊)に殺されそうなので止める。
「そういえば、この後って何かあるの?」
と、楓は話題を変えて木葉に問いかける。
「一応、自由時間」
木葉の返事に楓は目を輝かせた。ガッツポーズを決める。
「おっしゃー! 遊べる!」
そんな楓の様子に木葉は苦笑した。
「最後に何か壊さないようにね……」
「うん! 大丈夫だよっ!」
楓は元気よく答えた。しかし、やりかねない人が木葉の目の前にいるのだった。
「あれぇ、そういや相川達どこにいるんだろう?」
楓はキョロキョロと辺りを見回した。この騒ぎの真ん中にいるはずの二人の姿が見えないのだ。
「ちょっと探してくる〜」
木葉を思い切り放置して、楓はウロウロし始める。ランク試験が終わったのはみんな嬉しいようで、大騒ぎしている生徒達がごちゃまぜになっていた。おかげで人を探すのが、すごく大変だ。
始めに見つけたのは夕馬だった。割と近くにいたので、声をかけるのは後回しだ。
楓はぐるりと周囲に目を走らせた。二人はどこにもいない。
注目されて弱い『無能』だと騒がれるのも嫌なので、気配を消して歩き回る。どうせ光希達なら気づくだろう。だから、それが二人が見つからない理由ではないと思う。
「あ、」
人混みから離れて話す二人を見つけた。目線をそちらに向けると、丁度こっちを見た光希と目が合った。楓は駆け足で二人の所に向かう。これまた人が邪魔でぶつからずに行くのに、一苦労だ。
「二人ともお疲れ様〜!」
「天宮、」
「楓!」
涼は笑顔を見せた。光希は少し苦い顔を浮かべる。
楓はそんな事を気にせず、二人を見た。二人とも一言で言うと、ぼろぼろだった。所々、血も滲んでいる。それだけキツイ戦いだったのだろう。それに、平気な顔を装っているが、かなり疲労が溜まっているように見えた。
「二人とも、凄いな〜! 始めて神林が戦うところ見たけどさ、強いんだね」
「楓に褒めてもらえるとは、嬉しいよ。ありがとう、楓」
さっきまでとは一段優しい笑顔で微笑まれた。楓は自分の頰が熱くなるのを感じる。たぶん、顔が真っ赤になっているだろう。光希は表情を変えていないが、微かな苛立ちが感じられた。まあ、理由はよくわからん。
「ところでさ……」
楓が口を開いたその時、轟音が鳴り響いた。水柱が立つ。
「なんだ!?」
光希は水柱の方を見た。楓と涼もその方向を向いて、何が起きているか、状況を掴もうとする。
黒いモノがゆらりと立ち上がった。大きい。少なくとも高さは十メートルはあるだろう。
「アレは……、魔物だ」
驚きを隠せず涼の口から呟きがこぼれた。
「ま、もの……」
何かがやって来ました
ハプニングの予感…っていうか、もう起こってる⁉︎




