木葉と夏美
今から午後の模擬戦が始まる。今のところ、トーナメントに残っているのは七人になっていた。ここから二人が選ばれるのだ。どちらかといえば、トーナメントはランク試験のおまけのようなものなので、スケジュールはキツキツに組まれている。そのため、勝ち抜けば勝ち抜くほど体力も消耗した状態で戦うことになる。
(けっこー、大変だよな……)
他人事のように楓は思う。もちろん、他人事ではあるのだが。
外を一人で歩き、楓は午後の初戦の二人、木葉と夏美、の所へ向かう。他のメンバーは夕姫以外の全員がトーナメントに残っているので、それぞれ準備しているのだ。
「あ、いたいた! 楓ー!」
夕姫がこちらに手を振ってくる。同じように、木葉と夏美の試合を見に来たようだ。
「やっほー!」
陽気に手を上げて、楓は小走りして夕姫の元へ向かった。
「光希のは見ないの?」
「あー、あいつはいいや、どうせ勝つだろうし」
「あははは、だよねー」
夕姫は笑いながら、横の髪をくるくると指に巻きつけた。
「私もアッサリと負けちゃったしね。最初からあの動きされてたら、一瞬で終わってたよ」
「そうかな? でもさ、それってつまりは相川に本気を出させたって事だよ」
少し落ち込み気味の夕姫を慰める。
「そう?」
「ああ、相川は意味もなく実力を発揮するヤツじゃないからな」
夕姫は一人で頷き出す。
「うん、うん、そうだといいな」
「だから、気にすんな!」
ばんっ、と楓は少し強めに夕姫の背中を叩く。
「うわぉ!?」
夕姫は奇声を上げた後、笑顔で楓に頷いた。
「私、もっと、強くなってみせるよ!」
「うん、頑張れ!」
楓は親指を立てて、笑って見せた。
「そろそろ、始まるかな」
夕姫は白線の中で向き合った木葉と夏美を見る。楓も二人に視線を向けた。
夏美の目つきがいつにも増して悪くなっている気がする。そのせいか、あまり夏美を直視しようとする人はいなかった。
それに対して木葉はいつも通りな、美しい微笑を顔に浮かべていた。手に持っているのは、いつか楓に見せてくれた弓。楓は木葉が戦うところを見た事がない。木葉がこの距離では不利な弓でどう戦うのか、興味があった。
「始まったね……」
「うん」
審判の声で模擬戦が始まる。しかし、木葉も夏美もそれぞれの武器を向け合ったまま、動かない。代わりにこの場の緊張感が高まっていく。遠距離武器を扱うもの同士の、精密に間合いを測るその時間。
不意に木葉の弓に紫色の矢が現れた。表情を動かさないまま、木葉は矢を放つ。そして、同時に夏美が走り出した。何本かに分かれ、矢は夏美に向かう。走りながら夏美は最小限の動きで矢を避け、木葉に迫る。木葉は体重が無いかのような身軽な動きで、飛んだ。そこで木葉は弓を引く。飛んだ紫色の矢は全て、夏美の左の銃から放たれた正確無比の魔弾が迎撃する。くるりと地面に着地した木葉の手には、弓は無かった。
「弓は!?」
楓の隣の夕姫が驚いて、目を瞬く。
「どこに行ったんだろう?」
楓にも木葉が弓から手を離した瞬間を捉える事ができなかった。
木葉の手から弓が無くなっても、夏美は動揺を見せなかった。夏美は魔弾銃の引き金を引く。木葉は銃のようにした指先から霊力を撃ち出し、夏美に近づく。
――一瞬の交錯。
楓には、木葉が何かを言って夏美が目を見開いたように見えた。
「この試合、負けさせてもらうわ」
と、木葉は言った。驚きに目を見開いた夏美だったが、至近距離にわざわざ近づいてきた木葉を撃つ。木葉が展開した障壁を魔弾が突き破る。それと同じ、いや、それよりも僅かに早く動いた夏美の銃口が木葉の頭部を捉えた。
「――でも、簡単に負ける気はないわよっ!」
木葉の手に銀色の糸が現れた。糸は夏美の銃を捕らえようと伸びる。
「そうじゃなくちゃっ!」
額に汗を滲ませ、夏美は口角を上げる。そして、転がって後ろに下がると同時に糸を引きちぎった。
「『第五式、封の陣』っ!」
この場の霊力が掻き消えた。木葉の動きが目に見えて鈍くなる。霊力で身体能力強化をしていたからだ。
夏美は右の銃口を木葉に向けた。その鋭利な刃物の如く研ぎ澄まされた視線が木葉を捉える。どう動いても撃たれる。木葉はそんな感覚を覚えた。
「どうやら、ここまでみたいね……」
木葉は顔にかかった髪を軽く頭を振って退ける。そのまま手を上げて口を開いた。
「降参で、お願いします」
審判をしていた教師は静かに頷いた。手を上げて、勝者を告げる。
「勝者、A組、荒木夏美!」
夏美は唇を噛んだ。木葉を睨みつける。木葉に向かって夏美はツカツカと乱暴に歩く。
「何なの、今の! まだ、隠してるよね?」
勢いよく木葉に詰め寄る。木葉はそれでも微笑を浮かべる事を止めない。
「さあね、私には私の事情があるのよ」
夏美は木葉を睨みつけたまま、黙り込んだ。そんな夏美を置いて、木葉は踵を返した。
「すごかったね……、二人とも」
夕姫はいつのまにか力を入れてしまっていた肩から力を抜く。
「……うん、でも木葉が途中、夏美になんか言ったのが気になるな」
楓は意味もなく手を顎に当てる。
「そう、だね」
「それに、夏美は木葉を探ろうとしていた感じがしたな……、木葉も木葉で不審な所があったしね……」
二人では謎が深まるばかりだった。
 




