光希と夕姫
ランク試験を兼ねたトーナメントは、四日間に渡って行われる。百人ほどいるので、それは当然の事だ。その上、勝ち抜くごとに戦いは厳しくなる。ここは戦闘技術を教える特殊な学校。いかに光希が強くても、苦戦せざるを得なかった。
今日は模擬戦3日目。今残っている十三人からのスタートだ。予定では今日、決勝に進出する二人が決まる事になる。そして、光希の今日初めての対戦相手は笹本夕姫だった。
光希は腰の刀を抜く。一瞬だけ、しかししっかりと刀身を確認する。刃こぼれはない。まだ、誰とも刀を合わせた事がないからだ。持ち味のスピードで、今までの相手は全員、開始直後に倒した。
トップクラスといってもいいほどの速度。それは、光希本来の高い身体能力と人並み外れた霊力保持量から生まれるものだ。しかし、天宮楓はそれ以上の事を霊力なしでやってのけた。それは光希に大きな衝撃をもたらした。長年積み上げてきた自分の能力を疑ってしまうほどに。
身体能力というその点では、光希は天宮楓を『バケモノ』級だと思っている。だが、それは人に害を与えるものとしての意味はない。楓を追い詰めているのは、人に害を与える『バケモノ』だと言われる事。それは常に楓の周り、その言葉に潜んでいた。
そして、楓は自分自身を守るためにも、戦わない事を選択した。光希もその判断が間違っていたとは思わない。でも、どうして自分はそれに残念だと感じるのだろう。心のどこかで楓が何かを変えるのかもしれない、と期待していたのだろうか。
今はこんな事を考えている場合じゃない。楓の分まで、そう言ったらおかしいかもしれないが、戦って勝たなければならない。それが例え夕姫であっても。
光希は心にそう決める。白線の中に足を踏み入れた。静かに砂が小さく舞い上がる。地面を踏みしめて、光希は前を向く。向かい合って立った夕姫と目が合った。
「真っ向勝負だ! 私は全力で勝ちに行くぞ!」
夕姫は光希を指差して宣言した。
「ああ、俺も手加減はしない」
「うん!」
夕姫は嬉しそうに頷く。ポニーテールがふわりと揺れた。
光希は周囲の視線が自分達に集中するのを感じた。『九神』のメンバーであるという事はこういう事だ。そして、夕姫はその候補に入っている。いつものメンバーが成績優秀な人がほとんどのため、最終的に、言い方は悪いが、仲間同士の潰し合いになってしまう。もちろん、だからと言って手抜きをする光希ではない。
「始めっ!」
光希は鯉口を切る。ピンと張り詰めた空気の中、ゆっくりと刀を抜いた。同じように刀を構えた夕姫と向かい合わせで、お互いの切っ先を向ける。
ジリジリと過ぎる時間に、夕姫の頰から汗が一筋落ちた。実際の時間ではほんの一秒に満たない時間だ。
「来ないなら、俺から行かせてもらうぞ」
「おう!」
言い終えると同時に、光希は強く地面を蹴った。身体能力強化により、通常なら十歩の距離を数歩で駆ける。
キンッ
夕姫は刀を一瞬合わせて引く。
力を後ろに受け流して、飛び上がる。光希の背後を取ろうとして、しかしその前に光希は振り向いていた。
夕姫の刀を青みがかかった刀身で受ける。
刀同士が離れた一瞬で光希は刀を一閃させた。
ほんの僅かに回避が遅れた夕姫の髪の毛が数本切り裂かれる。
そのまま地面を滑り、砂埃を上げて夕姫は光希と距離を取った。
「『かまいたち』」
光希の発動させた術式が、距離を取った夕姫を容赦なく襲う。霊力によって微かに光る風の刃に向かって夕姫は走る。避けながら、今度は逆に光希との距離を詰める。
顔色一つ変えず、光希は本命の術式を発動させる。
「『雷童子』」
汎用性が高く、実戦にもよく用いられる術式が、距離を詰めるため一直線に向かってきた夕姫に空気を切り裂いて迫る。
「なっ!?」
夕姫は目を見開く。だが、夕姫の動きが止まる事はない。高く飛び上がった夕姫は地面に広範囲術式を放つ。
「『氷晶』っ!」
コートの中心から急速に地面が凍りついて行く。それは光希の足元をも飲み込まんと迫る。その直後、光希を中心に蒼い炎が地面を走った。
地面に着地した夕姫は自分の周りに耐火障壁を張り、走り抜ける。そこで夕姫の張った障壁が燃え上がり始めたのに、夕姫は気づいた。
「えっ!?」
今度こそ、顔に驚愕を滲ませ夕姫は光希を見る。夕姫の攻撃を余裕を持って受け流しつつ、光希は口を開く。
「この炎は霊力を喰うんだよ」
「そんな術式がっ!?」
夕姫は光希の攻撃を受け止めきれずに、後ろに吹っ飛ぶ。転がって、体勢を立て直し、術式を発動させる。
「『地転ばし』っ!」
夕姫は地面に手を叩きつける。その瞬間、地面が揺らいだ。光希は術式の効果範囲内から、飛び上がって離れる。が、光希の足を何かが捉えた。
光希は目を見開く。夕姫の霊力だ。光希はそれに引っ張られ、地面に叩きつけられる前に刀で霊力を断ち切る。肩で息をする夕姫はもう限界だ。体力と霊力の消耗が激しくなっているようだった。
決着を付けに、光希は地面を全力で駆ける。先程までよりも数段速くなった光希の動きに夕姫は付いていけない。霊力を帯びた蒼い刀身が煌めき、夕姫の首すれすれに静止していた。
「勝負ありっ! 勝者、A組、相川光希っ!」
夕姫は刀を鞘に納める。しゃらん、という小さな金属音が奏でられた。
「完敗だなぁ、私もまだまだだね」
「だが、たぶんAランクは取れるんじゃないか?」
もう既に刀を鞘に納めていた光希は、ぶっきらぼうにそう言った。夕姫は嬉しそうに頷く。
「だといいな! それに、光希も優勝、頑張ってね!」
「ああ」
そんな二人の様子を楓は遠くから見ていた。
「相川は……、強いな……」
人混みに紛れ、極力見られないように気配を消し、楓はふらりと姿を消す。
「さてと、次は木葉と夏美かな」
 




