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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第2章〜波乱の校外教室〜

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それぞれの初戦

「夏美、頑張ってねー!」


 楓は口に手を当てて大声で叫ぶ。


「夏美の初戦か……」


 後ろ上の方から降ってきた声に楓は振り返り、ニヤリと笑う。


「何? 応援にでも来たの?」

「まあ、見ておこうと思って」


 こちらを向いた夏美が少し離れた場所から、親指を立てて男前の笑顔を見せた。お淑やかな夏美にしては珍しい顔だ。


(そういえば、夏美が戦うところ、見た事ないな……)


 夏美が戦うところを見た事がないのに今気づく。だから、楓はしっかり模擬戦を見る事を決意する。仲間の戦闘スタイルを見ておくのも大事なはずだ。相手はB組の女子生徒。男女混合で行われるが、初めの方は同性と戦うようになっているようだ。


 夏美と女子生徒は向かい合う。背が低い夏美は、長身の女子生徒に飲まれる事なく立っていた。緊張の糸が張り詰める。まさに一触即発。緊張による静けさは教師の声に破られた。


「始め」


 同時に夏美が太ももの辺りを手でサッと撫でて、走り出す。


「銃……か」


 楓の呟きに光希が答える。


「ああ、右は実弾銃、左は魔弾銃だ」

「なかなか珍しい戦い方だね」

「そうだな」


 瞬時に抜いた二つの拳銃の内、右の方の引き金を夏美は躊躇いなく引いた。全弾見事に女子生徒の足元を抉る。女子生徒はたたらを踏む。それでも唇を噛むと、術式を構築しようとした。しかし、術式が発動するよりも早く、夏美の右の拳銃がこめかみに突きつけられていた。


「勝負あり」


 夏美はまだ硝煙が微かに立ち上る銃口に、ふっと息を吹きかけた。そのまま、拳銃をホルスターに納める。


「左を使うまでもなかったか……」

「そうみたいだな」


 楓は光希に同意する。左を使われたら、楓でも相手取るのは大変かもしれない。さすが『九神』、といったところか。


 ポカンとしたままの対戦相手を置いて、夏美は白線の外に出た。一分もかからなかった。


「でも、こんなんじゃ光希には追いつけない……」


 夏美はぼそりと呟いた。


「お疲れ様〜!」


 楓はニコニコと手を振りながら人混みを掻き分け、夏美の元へ歩く。振り返った夏美は顔を綻ばせた。眩しい笑顔に、花が咲き誇ったような錯覚を覚えた。


「夏美、カッコよかったよー!」


 えへへ、と夏美は頰をかいた。


「強くなったな、」


 光希の一言に夏美の顔が一変する。顔がパァッと明るくなり、頰が真っ赤に染まった。夏美の目が焦点が定まらないまま、右へ左へと彷徨う。その上、髪をいじる始末だ。


「……そ、そうかな……」

「あぁ、」


 光希の動揺も見て取れた。確かに、自分が話しかけた瞬間、こんな反応をされたら、動揺をするしかない気がする。楓は今更ながら夏美が光希の事が好きだという事実に気づき、内心でニヤニヤ笑いを浮かべる。実のところ、そんな事を悠長に考えていられる立場ではないのだが。


「あ!」


 大声を上げてから、雰囲気をぶち壊した事に楓は気づいた。が、もちろんもう遅い。光希と夏美は不審そうに楓を見た。


「いやー、そういえば三戦目に夕姫が出るなー、みたいな?」

「そうなの!? 見に行かなきゃ!」


 光希をその場に残して、メールをチェックしつつ、二人は夕姫を探す。人混みの中、人を見つけるのはかなりの苦労を要した。丁度見つけたのは夕姫の模擬戦が始まったその時だった。


 夕姫は刀に霊力を纏わせ、地面を蹴る。対する相手は、鎌に焔を纏わせた少女だ。


(できるな。この子……)


 楓の直感が当たったのは、その直後に証明された。夕姫の刀が最小限の動きで弾かれたのだ。


 キンッ


 甲高い金属音で刀と鎌が交差する。刀を合わせたままでは焔に負けると、即座に判断した夕姫は素早く後退した。


「『雷火』っ!」


 夕姫の声に応えて、閃光が散った。少女の頭上に雷が落ちる。鎌を持った少女は避けられない。勝負はついたと、楓はそう思った。


 が、鎌がヒュンッと一閃された。砂塵が舞い上がる。その中から不敵に笑みを浮かべた少女が現れる。


「くっ!」


 夕姫は悔しげに顔を歪ませた。しかし、それはほんの一瞬だけだ。少女に対抗するように、夕姫は唇の端を吊り上げる。


「はあぁぁぁぁっ!」


 夕姫は砂を巻き上げて駆けた。刀に纏わせた霊力がさらに輝きを増す。


 ギイィィィン


 初めの音とはまるで異なる金属音が掻き鳴らされた。火花が散ったかと思うと、二人はもう飛び上がっている。夕姫は少女の頭上に刀を振り下ろす。鎌が突き出され、夕姫の刀を弾いた。


「まだまだあぁっ!」


 鎌の回転が速くなっていく。夕姫は僅かに生じる隙を突いて攻撃を繰り返す。それでも、少女に致命傷を与えられずにいた。


 頭上から幾度となく繰り広げられる攻防に二人の体力は徐々に削られていった。そして、戦闘が長くなれば不利なのはリーチが短い夕姫。少しずつ夕姫は余裕を無くしていく。


「『烈火』」


 地面に炎が走る。避けるのに気をとられた夕姫は致命的な隙を見せてしまう。


 ガッ


 鎌が夕姫の刀を弾き飛ばした。刀は回転して遠くの地面に突き刺さる。夕姫は砂にまみれた顔を悔しそうに歪める。鎌をヒュンヒュンと回した少女、どうやらB組の舞島(まいしま)香取(かとり)というらしい、は笑みを深めた。地面に視線を落とした夕姫に声をかける。


「どうやらこれで終わりのようね」

「……そう、みたいだね」


 顔を上げた夕姫はニヤリと笑う。


「な、何を⁉︎」


 香取は嫌な予感に捕らわれる。


 一瞬の光。


 無数の糸に囲まれ、動けなくなっていたのは香取だった。夕姫は土を払いながら立ち上がる。


「残念だったね、その糸を切れば地面が吹っ飛ぶよ」


 くっ。悔しそうに香取は唇を噛んだ。


「勝負あり! 勝者、A組、笹本夕姫!」


 夕姫は刀を拾うために香取に背を向けようとして、その前に香取を見た。


「強いね、香取は。ほんとは結構危なかったんだよ。それに、これは私の戦い方じゃないし」

「何?負け犬に同情でも?」


 香取は目を細めた。そして香取は鼻を鳴らす。


「いいわ。来年は、あんたを超える」

「ふふふ、できるもんならやってみろ」


 不敵な笑みを夕姫は香取に見せつける。


 そんな二人を見て、楓はこういう関係もいいなと思ってしまった。……手に入る事はないのだろうが。

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