ランク試験と美少年
ランク、それは個人の戦闘能力を示すもの。低い方から、E、D、C、B、A、S、SS。ランクが上がるほど強さは格段に変わる。
そして、ランクは将来軍、正確に言えば防衛隊か、に入る時に大きく関わってくる。人間を超えた力を持つ霊獣や魔族、妖族といったものと戦う組織に、ランク持ちは従事する事になるのだ。
その中でも一線を画する部隊、それが『九神』である。単純な戦闘能力だけでなく、圧倒的な力を持つ者だけが選ばれた、精鋭部隊。『九神』に選ばれるという事は、名誉ある事なのだ。
五星学園はそんなランク持ちの霊能力者を育成するためにある。そのため、一年に一度、ランク試験があるのだ。
ーーそして、今日からランク試験を兼ねた、模擬戦が始まる。
「はぁ……」
楓は重い溜息を口から吐き出した。もうすぐで模擬戦が始まるため、生徒達は全員外に出ている。不思議なほど、話し声は聞こえてこない。ピリピリとした緊張感だけが、空気を漂っていた。手持ち無沙汰な楓は周りを見渡してみる。
目に入った夕姫の顔は固かった。夕姫は高いランクを目指しているはず。緊張するのは当たり前だ。
その隣にいる夏美にも目を向けて見るが、夏美は緊張、と言うよりも、嬉しさを堪え切れないという顔をしていた。恍惚と光希の顔を見ているので、周りの視線はあまり気にしていないようだった。
和宏に圧力をかけられたからか、少し緊張した面持ちで光希は前を見ていた。故に、夏美の視線に気づいていない。
涼の顔も少し硬くなっていたのには意外感を覚える。ランク試験とは、ランク持ちでもこうまで緊張するのだろうか。
夕馬の顔は見えなかったが、この状況で涼しい顔をしているのは木葉だけだった。すごく木葉らしい。
楓は光希達の顔を見ていられず、すぐに逸らした。できることなら、みんなに追いつきたかった。でも、それは考えてはいけないこと。楓は自分に下された命令を遂行するだけだ。ランク認定されないように、努力をせねば。
そうこう考えている間に、B組担任、藤堂裕佳梨が話し始める。
「これから、第一回ランク試験を始める。主に形式は対人戦闘、模擬戦で行う。ただし、登録武装によってはもう一つの試験を課す場合がある。長距離武器と思ってくれていい」
裕佳梨は手を腰に当てる。有無を言わせない鋭い眼光が全生徒に向けられる。その立ち姿は無駄がなく、武術の心得がある事が見て取れた。おそらく、剣術だ。
「模擬戦はトーナメント形式で行われる。勝ち負けはランクには直接関係はない。それに、戦い方や能力は出し惜しみをしないほうがいいぞ。そこら辺はランクに関係あるからな」
楓は目を細めた。自分には関係のない事だ。
「模擬戦の勝敗については、どちらかが気を失った場合や、審判、ここでは教師と外部から来てくれたランク審査官だが、が止めた場合となる。模擬戦の順位は成績には入るから、全力を尽くせ」
淡々と裕佳梨は最後まで話し終えた。裕佳梨が話し終え、解散と告げた後は空気がいくらか緩んだ。楓も気づかずに止めていた息をそれに合わせて吐き出した。
トーナメントの対戦相手は今朝、メールで届いた。楓の初戦は今日の午後という事になっている。気になって光希の方も見てみたが、何らかの作為あってか、光希が涼と当たるのは決勝だった。
「楓は初戦、いつなの?」
夕姫は楓の肩をポンと叩いて話しかけた。楓は笑顔で答える。
「今日の午後の二戦目だよ、夕姫は?」
「私は午前の三戦目。ランク、いいヤツ取るために頑張らなくちゃ!」
拳を握って夕姫は目標を語る。
「……そうだね、ボクも頑張るよ」
夕姫は楓の顔が曇ったのに気づかず、にこにこと頷いた。
「楓なら、結構いいところ行けると思う! ランク取るのも夢じゃないよ!」
「……うん」
自分の心の内に夕姫が気づかないように、楓は笑顔を崩さない。それでも、答えが少し沈んだような声になってしまった。
「楓! ちょっといいかしら?」
助け船のように木葉の声が響いた。楓は急いで振り返って木葉の方に顔を向けた。
「何?」
「来て来て、早く!」
木葉は手招きをして楓を呼ぶ。楓は夕姫にちょっと行くね、と頭を下げて木葉のいる場所に駆け足で行く。
「今から第一戦目が始まるのよ。それで、ここの対戦を見て欲しくって……」
木葉はそう言って、広い長方形に区切られた場所に視線を向けた。同じような場所がいくつかこの辺りに作られている。五星外なので、土地は使いたい放題なのだ。
楓は木葉が顔を向けた方を見る。
「…………」
一人の男子生徒に視線が吸い寄せられた。背はあまり高くない。それでいて、少年が放つ存在感は圧倒的で異質だった。黒よりもさらに深い、闇、と表現した方が良さそうな黒い瞳と髪、そして白い肌。人形のような美しさだ。別世界からやって来たような美少年だ。
「……っ」
一瞬だけ、目が合った。息を呑んだ楓は目を見開く。どこかで前に会ったことがあるはずはないのだが、少年を知っているような気がした。
目を見開いて固まったままの楓を木葉は横目で見る。木葉の口に小さな笑みが浮かんだ。
「やっぱりね……」
木葉の呟きは風に攫われて、誰かの耳に届く事はなかった。
「あの人は、E組よ」
「E?」
楓は聞き覚えのあまりないクラス名に首を傾げる。
「ええ、E組はAからDまでとは違う特別なクラスよ。精霊、ってわかるかしら?」
「うーん……、わかんない、かな?」
わかるような、わからないような、そんなところだ。
「精霊は霊力だけでできた存在よ。でも、自我を持っている。神様の一種ってところかしら? そして、一部の適性のある霊能力者は精霊と契約を結び、その力を行使する事ができるの。その代わり、普通の術式とかは使えないわ」
「え? 何で?」
「精霊は霊力を喰らうからよ。精霊と契約を結ぶと、霊力を大量に使う事になるの。だから、精霊魔術士、ここは西洋の言い方をするのだけれど、は普通の術式は扱えない。それでクラスが分かれているのよ」
「……なるほどね」
楓はもう一度美少年を見た。存在感が異質なのは、そのせいなのかもしれない。
「ちなみに、あの人は黒瀬ハルト。E組で一番強い力を持っているとして、有名よ」
「くろせ……ハルト……」
楓は意味もなく、もう一度名前を繰り返した。
ハルトは既に枠の中に入って、ナイフを抜いた男子生徒の前に立っていた。その距離約十メートル。無表情のハルトはだらりと手を下げたまま、武器を出そうともしない。相手の男子生徒、木葉曰くC組、は強張った顔でハルトを睨みつけている。楓の目から見ても、この時点で力量差は明らかだった。
ピーッ
鋭い笛の音に男子生徒はナイフを構えて走り出す。ハルトは無表情のまま、左手を横に出した。
「我と契約を結びし精霊よ、顕現せよ」
凛とした声でハルトは呟いた。それと同時に紫色の火柱が上がる。紫炎はハルトの周りを舐めるように地面を這う。
「くっ!」
迂闊に手を出せなくなった男子生徒は悔しそうに唇を噛んだ。火に触れないように後退し、術式を発動させる。瞬時に空中に形成された氷の矢がハルトに向かって飛ぶ。
ハルトは動かなかった。否、動くまでもなかった。紫炎が形を変えて、氷の矢を掴み、溶かす。その姿は牛のようで、羊の角のような物が頭から生えていた。
「行け」
静かに告げられた命令に炎は応えた。
「ひぃっ!」
恐怖に顔を引きつらせた男子生徒に紫炎が襲いかかる……
「そこまでっ!」
教師の声で炎が掻き消えた。楓の目にはそれがハルトの中に戻って行くかのように映った。楓はC組の男子生徒への同情を禁じ得なかった。あまりにも力量差が歴然としていて、実力を発揮することができなかったようだ。この場合、ランクはどうするのだろうか。あまり今の戦闘には関係のない事を考えてしまう。
「どうだった?」
「あ、ああ、なんか、普通の術式とは全然違うな……。場合によっては術式よりも便利かも」
ふふふ、と木葉は笑った。楓は不審に思って木葉を見たが、木葉の顔に答えはない。
「こんな人もいるんだね。見るだけでも面白いや。あ、でも、あのC組の人大丈夫なの?ランク、」
「大丈夫よ、こういう場合は実力が近そうな人ともう一度戦う事になるから」
すぐに答えが返ってきた。木葉は何でも知っているんじゃないか、つくづくそう思わされる。
「さあ、次は夏美のがあるわよ」
「そうだね、見なきゃだよ!」




