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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第2章〜波乱の校外教室〜

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水源家当主

「最高記録更新だな、それも二十分ほど」


 背の高い女が腕を組む。B組担任の藤堂(とうどう)裕佳梨(ゆかり)だ。その凛とした立ち姿はそのクールビューティーな容姿にしっくりとくるものだった。噂によれば、一部の男子にとても人気があるらしい。なんでも、しばかれたいとかなんとか。他にも縛られたいとか、鞭打ちされたいとか……。ちなみに、他のクラスの担任は生徒達の監視も兼ねて見回りをしている。


「そうですね」


 和宏は頷いて、視線を後ろに向ける。楓は無意識にその視線を辿った。楓は目を見開いた。


 妖艶な美貌を持つ女がそこに立っていた。漆黒の髪が白い肌に生え、その美しさは暗闇の中でも異彩を放っていた。女は静かに目を開く。


「あなたが天宮の『無能』、ですか」


 不思議とその言葉には、楓を卑下するような感情はまるでこもっていなかった。楓は返事を忘れ、ぽかんと女の顔を凝視する。


 こつん


 隣の光希に小突かれた。ハッとして、答えを返そうとする。


「え、えっと……」

「その様ですね」


 どうやら返事を求めた言葉ではなかった様だ。女は微笑を浮かべた。


「初めまして、私は水源家当主、水源(みなもと)(いずみ)と申します。今回は特別試験の協力をさせていただいてます」

「は、はあ……」


 協力、というのはあの霧の事だろうか。確かに、この森全体という広範囲に特殊な霧を発生させるのは、かなり高度な技術と力が必要なはずだ。

 楓は泉の顔を真っ直ぐに見つめ、真意を見極めようと瞳を覗く。その青みがかかった瞳は深い海の様に、落ち着いた揺らぎを続けるだけだ。

 泉は隣の光希に目を向けた。


「久しぶりですね、相川君。あなたの噂はよく耳にしますよ」

「恐れ入ります」


 光希は無表情で泉に答えた。泉は微笑を湛えたまま、しかし、その目は全く笑っていない。泉が光希に対して良い感情を持っていないというのには、前から気づいていた。この態度は他の家も変わらない。理由はわからないが、相川であるという事が問題のようだった。


「それにしても、異常な記録ですね」


 含みを持たせて、ゆっくりと泉はそう言った。指を顎に当てて、あざとくも感じられる動作で首を傾げる。


「あなたが優秀すぎるのか、それとも……」


 楓は泉の視線が自分に注がれるのを感じ、身体を緊張させた。この女は得体が知れない。楓は自分の心が警告を発しているのを感じた気がした。


「……あなたの能力でしょうか? でも、いいですか? 天宮はあなたが思っているより甘くはないのです。あなたは本当にイレギュラーな存在。それも受け入れ難い存在です。それを忘れないでください」


 楓は何も言わずに頷いた。何をもってイレギュラーというのか、それは『無能』である事以外にもあるのかもしれない。でも、それは楓にはわからない。

 助けを求めて光希を見る。光希は困ったように楓の視線を受け止めただけだった。


「それは、どういう意味、ですか?」


 言葉を区切りながらゆっくり疑問を口にする。それに泉はにこりと笑って答えた。


「『無能』でありながら天宮の名を名乗ることを許されるというのは、本来あり得ない事です。天宮の名は力を持っている事の証明。つまり、あなたには何か、特別な力があるのでしょうね」


 泉はここで言葉を切った。それから一拍おいて、話を再開する。


「私はあなたの力が知りたいのです。そのために呼びました」


 ああ、なるほど。だから楓達は試験を最速でクリアする事を求められたのか。楓はそれに納得しつつも、戸惑いを覚えた。


「……でも、ボクは『無能』ですよ? 力がないのは完全なる事実。そんなボクにそんな力があるとは思えないです」

「だからです。まあ、あなたとこうしてお話できたのは良かったです。それに、もう次のペアがたどり着いたようですし」


 楓は促されて後ろを振り返る。森から出て来たのは涼と夕姫のペアだった。


「二組目、試験クリアです」


 和宏が静かに告げた一言が耳に届く。ふと腕時計を見ると、もう既に十五分が経っていた。


 結局、何もわからなかったし、泉が何を言いたかったのかは全くわからなかった。


 楓は一人、小さく息をついた。ふとした拍子に泉の顔が目に入る。そして、泉が光希に向ける厳しい視線に気づいてしまった。見なかったフリをして、楓は涼と夕姫に話しかける。


「お疲れ様〜、どうだった?」


 涼は息が荒かった名残を残して、笑顔で答えた。


「なかなかハードな試験だね。あの霧には参ったよ。音も視界も全く効かないからね」

「それに、結構強い霊獣が多かったしねー、」


 涼の言葉に夕姫が言葉を付け足す。


「倒すのにも手間取っちゃった」


 えへへ、と夕姫はポニーテールを揺らす。


「え? もしかして、ボク達とは違う霊獣が出たりしたの?」


 目をパチパチさせた楓は、夕姫に問いかける。夕姫はそれこそ意外と言ったように、目をパチクリさせた。


「え? 違うの? 私と涼のヤツは猫っぽいヤツとかが出たけど?」

「ん? あれ? じゃあ一緒?」


 隣で光希は頰をかいた。


「天宮が強すぎるだけだろ……」

「……みたいだね」


 呆れ笑いで涼は楓を見る。楓も光希も全く戦闘をした後には見えない。土ぼこりすら付いていないように見えた。夕姫と涼は少々土にまみれているのだが。


「この様子を見ると、仲直りしたみたいだね」

「まあ、な」

「僕としては、仲直りはしてくれなかった方が都合が良かったんだけどね」


 意味ありげに笑った涼に、光希は表情を変えなかった。


「お前、どこまで本気だったんだ?」

「えー? 何?」


 ワザとわからないフリをする涼に、微かな苛立ちを感じつつ、もう一度尋ねる。


「アレだ、お前が天宮の婚約者になるって話だ」


 周囲を憚って『婚約者』だけ一段と音を小さくする。涼の顔から笑顔が消えた。


「もちろん、本気に決まってるじゃない。楓は好きだよ、女の子としてね」


 真顔でサラリとこういうことを言えてしまう涼に、光希は敵わないと感じさせられてしまう。


「……俺は」

「はーい、ちょっと待った!」


 言おうとした事を遮られ、光希は微かに眉を寄せた。笑顔を再び浮かべた涼は人差し指をくるりと動かした。


「続きは、ランク試験で……。ところで、楓、なんか今日、元気だよね。なんていうか、吹っ切れてるって感じ」

「そうか?」


 光希は楓の方を見た。確かにいつもより明るい印象がある。


「たぶん、久しぶりに全力を出せたからじゃないかな? 持っている力を隠し続けるのはすごく大変な事なんだよ」

「そう、だな……」


 光希にもよくわかる、その感覚。誰にも知られないように、自分の力をひたすらに隠し通す。それは想像以上にきつい事だ。

 

「楓、やっぱすごいや!」


 夕姫は楓に笑顔を向ける。


「いやいや……そ、そんな事ないよ」


 褒められる事にあまり慣れない楓は咄嗟に謙遜してしまう。側から見れば、一線を画する楓の強さは謙遜されると、少し傷つかなくもないのだが……。夕姫はそんなことは臆面にも出さず、笑顔を崩す事はなかった。


「いやいや、すごいって!」

「そうかな? にゃはにゃはにゃはは〜」


 気持ち悪い笑い方を始めた楓に、少し離れた場所で術式を維持する泉は鋭い視線を向けた。


「……あの子の事は、調べておく必要がありそうですね……。それも全て……」


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