郊外教室2日目 2
「天宮さん、すみませんが、手伝いをお願いしてもいいですか?」
実技が始まり、暇になってしまった楓は和宏の声に振り返った。断る理由もないので承諾する。
「わかりました。何をすればいいですか?」
笑顔で和宏はタブレット端末を渡してきた。楓は受け取りつつ首をひねる。
「えっと……、これは?」
「記録をつけるのを手伝って欲しいです。ここの四角に評定を入力してください」
楓は頷き、歩き出した和宏の後に続く。和宏はクラス全員を集めて指示を出した。
「今から三十分、広範囲の戦闘用術式の練習をしてください。もちろん、コテージや学校の備品に向かって発動しないでくださいね」
和宏の笑顔が一瞬、凄みのある恐ろしいものに変わる。が、次の瞬間いつもの表情に戻っていた。これなら誰もそんな事はしないだろう。
記録をつけるまでの三十分、色々な人の様子を見学していいと言われ、楓はタブレット端末を抱えて歩き出した。楓としては、いつものメンバー達の実技が見たいのだ。ふらふらとしながらも、術式に巻き込まれないように気をつけて歩く。
光希の姿を見つけ、楓は集中を乱さないように静かに近づく。右手を突き出した光希の前に蒼い炎が揺らめきだす。ゴウッ、とその場から蒼炎が立ち上った。
「うわっ」
楓は思わず後ろに下がった。よく見れば、大規模に展開された物ではない事に気づく。だが、楓を驚かせる程の迫力がそれにはあった。光希ならもっと広範囲に術を発動させる事もできるだろう。今はそれをコンパクトに抑えているように見えた。
楓は練習、というよりかは力の調整をしている光希の横顔をじっと見つめる。端整な顔立ちはいつも通りなようでいて、どこか違っていた。光希は楓に気づいていないはずがない。しかし、楓の方を見ようとはしなかった。
何かあったのだろうか。自分がその理由かもしれないと思うと、とても落ち着かない。それでも、楓は光希に理由を聞く事はできなかった。
楓は静かにその場から離れる。視線を彷徨わせると、たまたま涼の後ろ姿が目に入った。
涼の前に風が巻き起こった。砂塵を巻き上げた風は竜巻となって、地面を浅く抉る。規模を小さく調整しているが、これも大規模な戦闘用術式の一種だった。歩いてくる楓の姿に気づいた涼は術式を解除する。
「あれ、やめちゃったの? 邪魔したかな?」
「そんな事ないよ。光希、どうだった?」
楓は光希の方に視線を泳がした。そしてすぐに目を逸らす。
「やっぱ、すごいなって」
「そっか。僕は光希みたいにあんまり大規模とかのたくさん霊力を使う術式が得意じゃないんだよね……。あんまり、霊力の量が多くないからさ」
「大丈夫だよ! 相川とか、あるのもあるで苦労してるみたいだし、むしろちょっと足りないくらいが丁度いいよ」
『苦労』と言った所に少し眉を持ち上げた涼だったが、笑顔で頷いた。
「確かに、そう考えればいいかもね。ありがとう、楓はいい子だね」
「い、いい……!? ボ、ボクが……!?」
思わぬ言葉に楓は口をパクパクさせる。
「と、ところで、さ、相川、なんか今日変じゃない? なんかボクを避けてるみたいだし……」
涼は目を細めた。楓は涼の顔を見つめる。
「……どうなんだろう、ごめん、わからないや」
直感的に、楓は涼が何かを知っているのではないかと思った。でも、知らない方がいいような、知りたくないような気がして追求はしなかった。
「そっか、邪魔したね」
楓は踵を返した。呼び止められたくなくて、固まって練習している木葉、夏美、夕姫の方へ迷わず向かう。
「やっほー! 練習、捗ってる?」
「いえっす!」
元気に手を挙げて答えたのは夕姫。
「笹本だから得意なんだよ、広範囲干渉の術式は」
夕姫は鼻の下に自慢げに手を当てる。
「そうなんだ! 初めて知ったよ」
「たぶん、これなら光希にも負けないよ!」
夕姫はえへんと胸を張った。余程自信があるようだ。
「何の術式で実技するの? なんか、みんなバラバラみたいだけど……?」
「私はハデに雷かな」
「私は氷の矢を降らす感じで、木葉が……」
「……炎よ。光希と被ったけどね」
それぞれ答えてくれた。全員の実技がすごく楽しみだ。
「天宮さーん! 実技をこれからやるので記録係、よろしくお願いします!」
「あ、行かなきゃ。はーい! わかりました!」
じゃあ、と木葉達に告げ、楓は和宏の元へ向かった。和宏は出席番号順に生徒達を並べ、広い砂浜を指し示した。いつのまにか、旗で十メートル四方の正方形が作られている。
「では、今から実技を行います。自分の選んだ術式で、あの四角形の中に発動させてください。では、相川君」
一瞬のざわつきの後、静かになる。誰もが光希の実技に注目していた。自分に集中する視線を物ともせず、光希は右手を伸ばした。
蒼炎が視界を埋め尽くした。
おお、という生徒達の感嘆の声が耳に響く。楓も目を見開いて光希の実技を見ていた。蒼い炎の美しさが脳裏から離れない。光希は賞賛されても表情を変えなかった。まるで心ここに有らず、と言うように。光希は何も言わずに評定が出るまで待っていた。和宏は顔色を変えずに淡々とした声で、光希の評定を出す。
「相川君、A」
楓は我に返って、慌てて入力した。
「では、次、荒木さん……」
夏美は無難に課題をこなす。楓はどんどんスピードアップする和宏の評定に追いつくのに必死で、実技を見ている余裕はなかった。
不意に爆音が轟いた。楓は驚いて顔を上げる。白い閃光に目がチカチカする。雷が地面を抉った音だった。
おお、と再び生徒達から感嘆の声が漏れる。
「笹本夕姫、S」
光希よりも一つ上の評価だ。夕姫の自信は本当に確かなものだった。次の夕馬も夕姫と同じ現象を引き起こす。もちろん、評定はSだった。
霊能力者は血筋で得意術式など特性が違うと聞いていたが、これほどのものとは知らなかった。
「天宮さん、」
「あ、すみません」
和宏に促され、自分の役割を思い出す。
評定が出されるスピードに必死で追いつきながら、実技は終わってしまった。結局、Sという評定を出したのは笹本兄妹だけだ。二人は本当に優秀なのだろう。『九神』には入っていないと言っていたが、時間の問題だと思う。
***
その日、大規模戦闘用術式の実技の後に結界の実技も行われた。霊力が無くなったりしないのだろうか、と心配になったが、
「え? 大規模って言ってもそこまで大きくないし、この程度でぶっ倒れる奴なんてこのクラスにはいないわよ」
と言う木葉によって心配は一刀両断された。そして、結界の実技で優秀だったのは、夏美。荒木家は結界などの魔法陣を使った術式が得意なんだそうだ。和宏の記録係と化した楓はあくせくと記録し、気づいたら一日が終わっていたのだった。




