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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第1章〜無能少女と青波学園〜
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クラスメイト達

「人、多いな……」


 楓は木葉が立ち止まった建物の前で呟いた。木葉が頷く。


「ええ、ここは教室棟よ。一階が職員室で、二階が3年生、三階が2年生、それから四階が1年生なのよ」

「はぁ……、一番辛いじゃん」

「ほんと、私もせめて二階が良かったわ」


 そう言いながら二人は人で溢れる階段を登り、やっとの事で教室に辿り着いた。楓は荒く息を吐き出す。思ったよりも疲れた。


 というのも、階段や廊下が右左も分かっていない新入生で溢れ返っていだからなのである。木葉も新入生のはずなのだが、迷いは一切無く、楓はただついていくだけだった。


「木葉って、ここ来た事あるの?」

「まあ、何回か」


 木葉は返事をしたが、その意識は別に向いているようだ。楓はその視線の先を見ると、人に囲まれて椅子に座る光希の姿があった。


(……あれ?)


 さっき見た時と様子が違う。今の光希は笑っている。その上、クラスメイトからの言葉に当たり障り無く答えているのだ。


 楓を見たあの冷たい目はどこに行ったのだろう。


 だが、光希の笑顔はどこか嘘くさい。完璧に作り上げられた笑顔。その微かな違和感に気づく人間はきっと殆どいない。


 楓は木葉の顔をチラッと見ると、光希を見ている木葉の顔は険しかった。


「木葉?」


 楓の声に我に帰った木葉は驚いた顔をして、それから微笑んだ。


「あら、ごめんなさい。ぼーっとしていたわ」

「いや、そうじゃなくて……」


 楓は木葉の制服の袖を少し引っ張る。


「すごい見られてるぞ?」


 木葉に多くの生徒の目が釘付けになっている。男子だけでは無い。女子もそうだ。木葉を見ていないのは一部の生徒だけである。それも数える程しかいない。


「……あら、ちょっと面倒くさいわね」


 木葉はそう言って、綺麗な笑みを浮かべて全員を見た。それだけで場の支配権が木葉に移る。そして、木葉は優雅な歩き方で教室に入っていった。すると、教室の魅了は解ける。


 それは目立つ事に慣れた人間の動作だった。


 しばらく教室の扉の前で立ち尽くしていた楓は、慌てて木葉の後を追う。


「あなたの席は……、光希の後ろよ」


 木葉は楓の席を確認してくれた。


「ありがとう」


 感謝の言葉を言いつつ、楓は目を細めて自分の席に目をやる。


(あいつの後ろか……)


 楓は憂鬱な気持ちを持て余し、光希の後ろの席に着いた。光希は何の反応もしない。あの言葉通り、無関係でいるつもりなのだろう。


 だが、楓としてはとてもありがたい。光希の態度は、『無能』であっても気にしないという事に他ならないからだ。


 楓はぼんやりと前を見た。


 ガラッ。


 突然前の扉が開く。

 生徒達は蜘蛛の子を散らすように慌てて各々の席に着いた。


 カツカツと音を立て、教室に入って来たのは、長身の男だった。整った顔立ちで、掴めない雰囲気の持ち主だ。


 男は教卓の所に立つと、にこりと笑顔を浮かべる。木葉と同じような万人を魅了する笑顔。男が笑うだけで、卒倒する人間は後を絶たないだろう。たぶん、今の顔でもう既に少なくない人数の女子が籠絡された気がする。


「皆さん、入学おめでとうございます。僕は、このクラスの担任、佐藤和宏です」


(担任っ⁉︎)


 楓は目を見張った。だが、よくよく考えれば、担任以外の人間がここに姿を現わすわけがない。


「僕の担当教科は、実技です。楽しみにして下さいね」


 にこり。再び笑顔を浮かべる。


 よりによって、楓が1番困る教科だ。楓は小さく溜息を吐いて、和宏に意識を戻す。


 ーー目が合った。


 和宏は楓に向けて一瞬微笑んだ。

 気のせいかと思って、視線を逸らす。もう次に和宏を見た時にはもう分からなくなっていた。


「皆さんは五星学園でも最高峰のこの学園に入学を許可された優秀な生徒です。そして、このクラスは成績上位者30名によって構成されています。クラス変動はありますが、年度の途中で行われる事はありません。ぜひ、お互い切磋琢磨しながら成長していって下さいね」


 ……上位30名。


 楓の顔から血の気が引いていく。


『無能』が一番居てはならないクラスだ。


 視界がぐるぐる回り始める。これでバレたら終わりだ。そして、バレるのはすぐだ。それは楓には阻止できない。楓は机に視線を固定したまま固まっていた。


「ーーでは次は自己紹介に移ります」


 楓は遠くから聞こえてきたその声に顔を上げた。


「1番の相川君からお願いしますね」


 相川だ、と空気が騒つく。光希も知名度が高い生徒なのだろう。楓はドクドクと耳をつく心臓の音を聞かないようにして、光希の自己紹介に耳を傾けた。


「相川光希です。これからよろしくお願いします」


 光希の声が教室に響く。それだけを見れば、とても好感度が高い生徒だ。背も高く、運動も出来そうな、クラスの中心になる感じだった。……やらなさそうだが。


 自己紹介などしたくない。しかし時間は無慈悲に過ぎる。光希はそれだけ言うと、座ってしまった。次は2番の楓の番だ。


 楓は立つ。クラス全員の目が楓に向く。楓はゴクリと息を呑んで感情を抑え、口を開いた。


「……天宮楓です。これからよろしくお願いします」


 空気が凍った。クラスメイト達はお互い顔を見合わせて楓をジロジロと見る。『天宮』という名前が彼等の間で囁かれる。楓はその恐怖に立ち竦む。


「はい、では次、3番の荒木さん」


 その空気を和宏が断ち切ってくれた。助けられたのかもしれない。楓は強張っていた身体から力を抜く。そして、倒れこむように椅子に座った。




 その後の自己紹介は覚えていない。

 自分が一体何をしていたのか、どんな表情でいたのかも分からない。


 ……ただ分かるのは、非常に大ピンチだという事だけだ。


 楓はゆっくりと立ち上がる。

 いつのまにか入学式後のホームルームは終わっていた。もうクラスメイト達は立ち上がっている。


 木葉の姿は見当たらない。他の知り合いにでも話に行ったのだろう。


 元々、付き合ってもらっていたようなものだ。だから別に、置いていかれたとは思わなかった。


 楓は人に紛れるように廊下を歩き、教室棟の外に出る。気づかないうちに張り詰めさせていた息を吐き出す。


 そして、楓は後ろを振り返った。


 綺麗な白い壁の建物。

 全ての学年の優秀な生徒達が集う学び舎がそこにはあった。


 ……ここは自分が居てはいけない場所だ。


 今日何度目か脳裏をよぎった言葉は、呪いのように楓の胸に沈んでいく。


「……あの、天宮さん、ですか?」

「ひっ⁉︎」


 唐突に声を掛けられ、楓は妙な格好をして飛び上がった。同じ制服を着た楓よりも背の低い少女が目の前に立っている。明るい茶色の髪に大きな茶色の瞳。木葉がとても美しい少女だとすると、この少女はとても可愛い少女だった。


「え、あ、はぁ、そうですけど……?何か?」


 この少女に声を掛けられた理由が分からずに、楓は目を彷徨わせる。少女は大きな瞳を揺らし、瞬きをした。


「私は、1年A組の荒木夏美です。えっと、これからよろしくお願いします」


 夏美はニコリと笑った。楓は固まる。

 まさかの同じクラスの人だった。

 完全に覚えていないのを思いっきり夏美に見せてしまった事を後悔する。


「……ごめん、覚えてなくて。ボクの名前は……、知ってると思うけど、天宮楓です。これからよろしくな」


 夏美は頭をふるふると振った。


「あ、ぜんぜん良いんです。私もちゃんとクラス全員の名前覚えていませんし」

「ありがとう、それと、敬語じゃなくて良いよ。同じクラスなんだし」


 ふふふっ、と夏美は嬉しそうに肩を震わせる。楓の頰も思わず緩んだ。


「私も寮に帰ろうと思うんだけど、一緒に行かない?」

「うん!」


 楓は夏美と共に歩き出した。

 そして気になるのは、歩く度に揺れる夏美の豊満な胸だ。


 楓は自分の存在感のあまりない胸に目をやって、小さく溜息を吐いた。断崖絶壁じゃないだけマシか……。


「ん?どうかしたの?」


 夏美は不思議そうに楓の顔を覗き込む。


「……いや、別に何でもないよ?」

「そう?ところで、天宮さんーー」

「楓、で良いよ」

「楓は、中学、どこに行ってたの?」


 ……死んだな。


 楓にとって鬼門の質問が来た。楓が通っていたのは普通の公立中学校。だが、この学校にいるのは青波学園を除く四学園の中等部出身だ。


「えっと……、その……」


 夏美はすぐに楓が気の進まない様子でいる事に気付いたようで、笑って質問を無かったことにする。


「私はね、紫陽花学園の中等部出身なの。私の友達もそこの出身だから、同じクラスになれて嬉しかったんだ」

「へぇ〜、そうなんだ!誰なんだ?」


 夏美の気遣いに感謝して、楓はその話題に飛びつく。


「えっとね、相川光希君と神林涼君だよ〜」

「え?」


 相川光希の友達、だと⁉︎


 楓は驚きを隠せない。


「なあに?光希の事、知ってるの?」

「え、いや、入学式の時に少し話した……」


 もちろん、2回程派手にぶつかった、とは言わない。

 夏美は顔を輝かせた。


「そうなんだ!どんな感じだった?」

「……俺に関わるなー、って言われて終わっただけだぞ?」


 夏美が訝しげに目を細める。ずいっと顔を近づけ、食い入るように楓を見る。


「……どういうこと?」

「分からない」


 楓は目を伏せた。夏美は自分が楓に近づきすぎたことに気づいて、一歩離れる。


「……ごめん、変なこと聞いちゃったね」

「ううん、ぜんぜん大丈夫」


 夏美は角を曲がる。桜の並木が続いていた。昨日、荷物を運び込んだから、楓も寮までの道は知っている。寮の部屋は301号室だ。相部屋なのだが、まだもう一人には合っていない。


「あったかいね〜」


 おもむろに夏美が呟いた。楓は頷く。


「そうだな、桜も綺麗だし」


 そんな当たり障りのない話をしていたら、寮に着くのはあっという間だった。


「じゃあね、」

「うん、また」


 夏美も部屋が3階だったようで、楓は3階のフロアで別れた。

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