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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第2章〜波乱の校外教室〜

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校外教室初日2

 楓は頰に付着したヨダレを手でゴシゴシと拭き、窓の外を見た。意図的に光希の姿は視界から排除している。なぜならその視線に何やら恨みのようなものが混ざっているからだ。楓もあえて理由には触れなかった。何となく理由はわかるような気がする。


(まあ、いっか……)


 楓は意識を窓の外の景色に向けた。人があまり住んでいないとはいえ、そこそこキレイな道をバスは走っていた。木が視界を遮り、どこへ向かっているかはまるでわからない。山を登っているような気もする。


 郊外教室が行われるのは海の近く。そこが元何県なのかは知らない。楓たちが生まれた年、『崩壊』の年に、日本の形は大きく変わったそうだ。楓としては生まれた時からそうなので、違和感はない。


『崩壊』の年の世界の激変と共に日本列島は微かな面影を残して、大陸ほどの大きさになった。まるで元々あったものとくっついたように。だから、元々南北に細長かった日本で五星の結界を作ることができたのだ。楓はあまり信じていないが。


 ずり落ちていた眼鏡を楓は指で押し上げた。その動作中、なぜか光希と目が合った。


「なにか?」

「……いや、着いたら何をやるんだろうな、ってさ」


 楓はしおりを鞄から取り出して、ペラペラとめくった。行程を覚えているわけはなく、日程表を探す。


「えっ!?」


 見たものに、思わず楓は声を上げた。ちょっと信じられないものを見た。


「なんだ?」


 光希が日程表を覗き込んでくる。光希の顔が固まった。


「……最初から、マラソンって……。それも昼を食べたらすぐに……」

「鬼畜だ、この学校……」


 楓はマラソンの後の予定にも目を向け、溜息をついた。


「その後に自由時間って……、酷すぎるだろ!?」

「まあ、お前は大丈夫だろ?」

「たぶんだけど……、相川は別に行けるよな?」

「それはわからないが、おそらく……」


 要するに二人とも余裕なわけである。


 そう言い合っている間にバスは動きを止めた。その瞬間、二人は口を閉じた。バスを降りる指示を和宏が言うのを聞き、楓は鞄を持って立ち上がる。


 バスを降りると、新鮮な空気が肺に流れ込んできた。楓は大きく深呼吸をした。バスが止まったのはコテージのような小さな建物が並ぶ場所の隣だ。このコテージに泊まるのだろう。木でできた少し年季の入った物だ。だからといって、汚いわけではなく手入れは行き届いているようだった。コテージが建っているのは小高い丘の上で、その裏手には森、前方には海が広がっていた。


「海だ……」


 楓は海に反射して眩しい太陽の光を手を庇のようにして影を作る。初めて見る海の光景に感動する楓の隣に誰かが並んだ。


「海、初めてなんだ」


 楓はハッと顔を横に向けた。


「神林……、お前、来たことあるのか?」


 涼は水平線を眺めながら答えた。


「まあ、何度かは、ね。任務だったし、遊んだ事はないかな」

「ふーん、そっか。じゃ、神林も海で遊ぶのは初めてなんだ」


 そう言って楓はにへら〜と頰を緩ませた。涼はにこりと笑顔を向け、視線を逸らした。あまり長く見ていれば、後戻りができなくなりそうな気がした。


「並んでくださーい」


 少し不機嫌な声が聞こえ、楓は振り返る。光希だった。


「ん、どうしたの?」


 光希は、はぁ、と溜息をついて後ろに視線を向けた。


「出席番号が一番だから点呼をやらされてるんだよ……」

「あ、今、点呼してたの?ごめんごめん、並ぶよ」


 楓は髪を翻し、列に向かった。そんな楓の後ろ姿を見ていた光希は、同じように楓を見ていた涼に鋭い視線を向けた。涼は光希の視線を受け止める事で返事をする。そして、光希を置いて列に紛れた。


 点呼、整列が完了すると、生徒達の前に立った和宏が口を開いた。


「えー、本日より一年生の能力強化合宿を開始します。さて、もう説明されたとは思いますが、もう一度この合宿について説明します。この合宿は決して遊びではありません。もし、そう思っている人がいたら……、命の保証はできませんよ」


 和宏の言葉に浮ついていた空気が霧散する。多くの生徒達の顔は緊張で張り詰める。楓は無表情のまま和宏を見た。


「合宿では大規模術式、高い攻撃力のある戦闘術式を重点的に学習する事になるので、学習に手を抜かないよう気をつけてください。ここでの評価はこれからに関わってくるので、頑張りましょう」


 どうせ自分には関係のない事だ。楓は視線を地面に落とす。誰も楓が下を向いた事に、気づかなかった。


「……では、今から昼食を取ります。長距離走がその後にあるので、食べ過ぎないように」


 和宏の言葉を楓は聞いていなかった。というか、右から左へ抜けて行っていた。楓の耳が音を拾い始めたのは和宏が昼食と口にした辺りからだ。和宏の話が終わったや否や列がばらけ始める。楓はこの後どこに行くのか、話を聞いていなかったため、木葉の姿を探す。


「木葉〜! 次ってご飯なの?」

「え? まあ、合ってると言えなくもないけれど……違うわよ、これから自分のコテージの部屋に行くのよ。ご飯はその後!」


 とても丁寧に説明してくれた。


「へー、そうなんだ! じゃ、行こうか、コテージ!」


 そう言って行くあてもなく歩き出した楓の髪の毛を引っ掴んで木葉は止める。


「あっちは男子よ……」

「おー! そうかそうか!」


 楓は少しの間動きを止め、考えた。


「……ボクのコテージってどこ?」

「あぁ……」


 木葉はとうとう頭を抱えた。話を聞いてなさすぎる。確かにランクを取ってはいけないのはショックだったとは思うが、どうやらかなり響いているらしい。


「……ついて来なさい」

「うん!」


 荷物を拾った後、木葉に連れられ、Aと記された木のプレートがぶら下がっているコテージに入った二人は、玄関で靴を脱いだ。


「ボク達、どっち?」


 コテージは二階建てで、上五人、下四人という部屋割りになっている。楓も木葉も女子の中では出席番号は五番以内なので同じ部屋なのだ。


「下だと思うわ」

「了解!」


 楓はノブに手をかけようとしたが、それよりも早く木葉の手がノブを握った。


「ん?」

「あなたが開けると壊れる気がして……」


 確かにドアは年季が入っていた。木は飴色に変色し、ドアノブも少し塗装が剥げている。


「えー、別に大丈夫だよー!」

「それが心配なの! まあ、とりあえず開けるわよ」

「う、うん……」


 納得の行っていなさそうな楓を遮って、木葉はドアを開ける。楓は荷物を引きずって中に入った。


「やっほー! 楓!」


 手を振って来たのは夕姫、夏美も隣で正座していた。


「夕姫! 夏美! ここ、畳なんだな」

「うん、そうなんだよ! 雑魚寝しろって事なのかな?」


 畳をぽんぽんと叩きながら、夏美はそう言った。前から思っていたが、夏美は結構なお嬢様のようだ。言動がお嬢様っぽい。ただ、笑顔で「雑魚寝」と言ったところだけ、少し残念な気がした。部屋に入ってきた木葉を見て、夏美は微笑む。


「木葉も同じ部屋なんだね、」

「ええ、そうね。一週間よろしく」

「うん」


 楓と夕姫が危惧した冷戦状態には陥らなかった。ほぅ、と安堵の息を吐いた二人だったが、突然発せられた鋭い声に背を強張らせた。


「あんたが天宮楓だよね?」

「あ、は、はい」


 楓に鋭い視線を向けたのは目つきの鋭い少女だった。夏美は慌てて口を開く。


「えーっと、楓、この子が、きー」

「――桐嶋(きりしま)紗都香(さとか)。あたし、あんたと馴れ合う気はないから」


 夏美が和ませようとしたが、その努力は紗都香が言葉を遮った事で水の泡になった。


「ちょっと、紗都香!」


 夕姫がそんな紗都香の態度を改めさせようと声をかけようとしたのを遮って、楓は言う。


「いいよ、夕姫。そりゃ、ボクが気に入らない人はいっぱいいるさ。だから、」


 楓は紗都香を見る。


「馴れ合わなくていいよ」


 紗都香は、ふん、と楓を一瞥し、興味が無くなったかのようにどこかへ行ってしまった。


「よかったの?楓、」


 夏美が心配そうに楓を見た。楓は無言で頷いて肯定する。


「……いいんだよ、あれが普通の反応だ」


 そう、楓は思い上がっていた。受け入れられるはずのない場所で馴染む事など本当はできないのだ。でも、それで木葉達がいなくなるわけじゃない。楓はもう一度頷いた。そして顔を上げる。


「これから昼ご飯だよ! もう行かなきゃいけないんじゃないかな?」


 笑顔でそう口にする。大丈夫、いつもの自分だ。


「そうだね! 何が出るのかな〜?」

「うむむむ……、わからん」

「じゃ、行きましょうか」

「おう!」


 そして四人は仲良く部屋を出た。このメンバーなら大丈夫だ。

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