祝い
「楓! 着いたよ〜!」
夏美の声に促されて、楓は横を見た。そこにあったのは大きな建物だった。自動ドアをたくさんの人々がくぐり抜けて行く。一言でいうと、すごい活気だ。
「ほえー、すごいな……」
物珍しそうに建物を眺める楓の方に夕姫はくるりと振り返った。
「そっか、楓は初めて?」
「あ、うん」
頷くと、夕姫は笑顔で手を広げた。
「ここは、東京で二番目か三番目に大っきいモールなんだよ! だから、楽しみにしてて!」
うんうんと隣の夏美も頷いている。楓は心が踊らせて、初めての場所に期待を抱く。
「じゃあ、行こうか」
涼が声をかけ、楓たち一行は自動ドアをくぐった。
途端に楓の目にたくさんの色と人々が飛び込んできた。大きな道に沿って小さな店が立ち並ぶ。どの店も人でいっぱいだ。楓は思わず息を飲んだ。今まで東京の街並みも凄いと思っていたが、ここはさらに別世界だった。見るものに困らない。
キョロキョロする楓を全員は微笑ましく見ていた。夕姫は別世界にトリップしている楓の肩をぽんぽんと叩いた。
「着いてきて!」
るんるんと歩き出した夕姫に夏美たちが続く。一瞬立ち止まった楓は慌てて全員を追いかける。
「速く速く〜だよ、楓」
夏美は楓をエスカレーターから手招きをする。光希の後に続いてエスカレーターに乗った楓は、首を捻って光希問いかけた。
「どこに向かってるの?」
光希は苦笑いをするだけで答えない。そして、楓は木葉の意味深な表情を思い出した。もしかすると、これが楽しみにしててという理由なのかもしれない。そう思って楓はこれから向かう場所についての詮索をやめた。
「なんでもないや」
「?」
光希は楓の言った意味がわからなかったらしく、疑問の色を目に浮かべた。そんな光希を御構い無しに楓は明るいモール内を見渡す。
と、当然楓はまだ校外教室について説明を受けていない事に気づいた。つまり何が必要なのかわからないのだ。ではなぜ、今日夕姫はここに来る事を提案したのだろうか。
「おっと」
思索に耽って周りへの注意が疎かになっていた楓はエスカレーターが終わった事に気づくのに遅れる。つまずいて、ちょうど前にいた光希の肩を掴む。光希は少し眉をひそめて、楓を振り返った。
「おい、大丈夫か?」
「あ、うん。ちょっとボーッとしてた」
「なら良いが……」
少しだけ前の夕姫達から離れてしまった二人は小走りで涼の背中に追いつく。夕姫はある店の前で立ち止まった。
「着いたよ!」
カフェだった。楓は微かに顔を強張らせる。カレンに騙されて入ったのもカフェ。正直言って、あまり良い思い出はなかった。と言いつつ、騙されて入ったのが初カフェなのだが。そんな楓の様子に目敏く気づいた涼は楓の肩に手を置いた。耳元で囁く。
「大丈夫だよ、楓。それに今は僕たちがいる……」
楓は何も言わずに頷いた。そして、涼に小さく笑いかける。涼は笑顔で返してきた。
「予約の笹本です!」
元気な夕姫の声に楓はその方を見た。予約済みだったとは……。楓は用意周到な夕姫に少し呆れた。女の店員が頷き、夕姫を先導して歩き出す。後から楓達も付いて行く。お洒落な内装の店内は、たくさんの人で賑わっていた。あちらこちらから漂う美味しそうな匂いに楓は鼻をヒクつかせた。
席に着くと、メニューが机の上に置かれる。店員は笑顔で一礼するとテーブルから離れた。夕姫はメニューを手に嬉しそうに語り始める。
「あのね、ここのパンケーキがすっごい美味しいんだよ! 私も夕馬も好きなんだ!」
「何!? そうなの!?」
楓は夕姫の言葉に目を輝かせる。風紀委員会に入ったことによって食費が浮き、お金に余裕があるのだ。
「みんな、パンケーキでいい?」
「うん!」
全員が頷く(声を出したのは楓だけだ)。
「飲み物はそれぞれで頼んでねー!」
店員を呼んで、それぞれ注文をする。楓、夏美、夕姫、夕馬の四人は紅茶、木葉、光希、涼の三人はコーヒーを頼んだ。
「ところで、校外教室の買い物ってのは……?」
楓は思い切って気になっていた事を尋ねた。夕姫のポニーテールが元気に跳ねる。
「よーくぞ聞いてくれました! 今日、みんなに集まってもらったのは、他でもなく、このグループ結成を祝うためなので〜す!」
「わーい! ぱちぱちぱち〜」
嬉しそうに夏美も手を叩く。楓は目を大きくして、全員の顔を見た。木葉は楓をちらりと見て口を開く。
「と、言うわけで、楓、これからよろしく」
「改めてよろしく!」
「仲良くしよ〜ね!」
「よろしく……」
「何かあったら、僕たちを頼ってね」
口々に楓に歓迎の言葉が浴びせられた。少し戸惑い、楓も言葉を返す。
「ありがとう……、ボクからもよろしく!あれ……、なんか目から水が……」
感激のあまり楓は自分の瞳がうるうるしているのに気づく。
「何泣いてるんだよ」
光希は楓を小突く。楓は手で水を拭う。
「うへへへ……、なんか嬉しくって……」
「顔、凄いことになってるわよ……」
若干ヒキ気味で木葉は言う。しかし、その顔は嬉しそうだった。
「ご注文のパンケーキです、あとお飲み物でございます」
にこやかに店員は皿とカップを並べていく。
「ありがとうございます」
店員が物を並べ終わるのを見計らい、夕姫はカップを持ち上げた。
「では、ここに最強グループが結成された事を祝して……」
「「乾杯!」」
カップを傾けて紅茶をすすった楓はカップを置き、パンケーキにメープルシロップをダバダバかけて頬張った。
「……美味しい!」
目をキラリと輝かせ、楓は無言でパンケーキを口に詰め込み始めた。
「やっぱ、ここのパンケーキが一番だね……」
「うん、俺もそう思う」
同じ仕草で夕姫と夕馬は幸せのため息をつき、顔をとろけさせた。やはり双子だな、と思わせられる。そんなとろけきった三人を四人は眺める。
「木葉、美味しいね〜」
「ええ、ショッピングモールの物にしては中々じゃない」
そう言いつつも手を止めない木葉に夏美は笑顔を向ける。
「ほらほら、ああいうとろけた顔してる楓も可愛い〜、とか思ったりしないの?」
「は?別に思わない」
「いやいや、照れちゃって〜」
「お前は何が言いたいんだよ⁉︎」
楓を見て光希と涼は和気あいあい(?)と喋る。
「はふぅ〜、美味しかった……」
パンケーキを食べ終えてしまった楓は光希のフォークに刺さったままのパンケーキに目をつける。光希は視線に耐えかねて、フォークを動かす。
ひょい
楓の頭も動く。
ひょい
また楓の頭も動く。
ひょい
……ぱく
光希のフォークからパンケーキは消えていた。目の前には幸せに目を細める楓の姿が……。
「……む、おい、何で俺の食べてるんだよ!?」
「あれ? 何? くれたんじゃなくて?」
「違う!」
アレは間接キスなのでは……、と思ってしまい、光希は顔が火照るのを感じた。当の楓は全く気にしていなさそうなのが癪だ。涼ににこやかな笑顔を向けられて、光希は眉を寄せる。
「何見てんだよ……」
「いや、何でもないよ〜」
そして、その日は結局モールをウロウロするだけで、校外教室の準備をする事は無かった。
笹本兄妹は甘党です。




