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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第2章〜波乱の校外教室〜

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放課後の打ち上げ

 学校が終わり、今日は風紀委員の仕事もない楓は鞄を持って立ち上がった。さよならの挨拶から間もない教室にはまだ人がたくさん残っている。まだ荷物をまとめている最中の木葉に声をかけた。


「木葉〜! 早く早く! 行くよ〜!」

「わかったから、待ちなさいよ。まだみんな用意できてないでしょ?」

「……む」


 木葉に言われて教室を見回すと、夕姫はプリントの山と格闘しているし、夏美も消しゴムのカスを丁寧に集めて捨てている。光希はたった今用意が終わったようで、こちらに歩いてくる途中である。夕馬は夕姫のプリントたちをゴミ箱に連れて行こうとして夕姫に殴られている。涼は今鞄を持ち上げたところだ。行く用意が完璧なのは楓だけだった。


「それもそうだな……」


 しばらくして全員が揃うと、楓は全員の顔を見渡した。


「ほんじゃあ、行こうかっ!」


 元気よく拳を突き上げる。そして、楓たちは教室を出た。



 ***



 楓たちがこれから出かけようとしている理由は今日の昼に遡る。いつものメンバーと食堂で食事をしていた時のことだ。


「お腹すいた〜」


 夕姫はそう言いながら夏美にもたれかかる。夏美は苦笑いで夕姫を見た。


「もう、さっきの休み時間で菓子パン食べたでしょ」

「それはそうだけど〜、あんなのじゃ足りないんだよぉー!」

「そんなんだと太るぞ、夕姫。ま、俺には関係ないけどな」


 夕馬が夕姫に釘をさす。夕姫は夏美から手をぱっと離し、夕馬に拳を振り上げる。


「おっと、」


 頭を下げてさらっと避けた夕馬は夕姫の口にサラダを突っ込む。


「ほがっ!? ふぁふぃふぉふぅる!?」


 夕姫はそのまま口を動かし、もぐもぐもぐ……ごっくん。目を輝かせた。


「何このサラダ! なかなかイケるよ!」


 サラダを驚異的な速さで食べ始めた夕姫を全員が白い目で見た。


「単純だな……」


 思わず楓は呟いた。全員の視線が楓に突き刺さる。


「お前が一番人の事言えないだろ……」


 全員の心の声を代弁して光希は言った。それはそれは呆れた顔で。ムッとした楓は言い返す。


「ボクの事、なんだと思ってるんだよ!? ボクはすご〜く真面目で思慮深い人間なんだよ!」


 急激に全員の視線の温度が下がった。木葉は聞く気が全くなさそうに手をぴらぴらさせて言う。


「はいはい、そうですかそうですか」

「な!? なんだよ、その反応! ボクは本気なのに……」


 冷た過ぎる周りの目に楓は少々落ち込んだ。助けを求めて涼を見たが、苦笑いで返された。


「ねえ! ところで、もうすぐ校外教室だよね!」


 少し楓のフォローをするつもりで夏美は話題を変える。その頃にはサラダを食べ終えていた夕姫がいきなり立ち上がった。


「そうだね! 校外教室だよっ! 今年はどこでやるんだろ?」

「……笹本さん、すごく目立ってるよ」


 涼に穏やかに指摘され、夕姫は顔を赤くして腰を下ろした。どうやらあまりにも元気で目立っていたらしい(このテーブルがと信じたい)。


「あー、夕姫でいいよ、で! で、でで! 今年はどこでやるのかな?」


 取り直して、夕姫は疑問を繰り返した。行事がよくわかっていない楓は聞き役に徹する。


「聞いて驚きなさい、今年は海よ、なんだっけ、臨海兼林間学校? みたいな感じ。たまたま五星外の海のところに決まったみたい。場所は……ま、覚えてないけど」

「イェーイ! やったー! いいじゃんいいじゃん! ね、楓?」


 突然夕姫に感想を求められて楓は言葉に詰まった。


「校外教室って何するの?」

「あ、そっか、楓は知らないんだよね、誰か説明してー! 私、説明下手だから」


 始終ハイテンションの夕姫の言葉を涼が継いだ。


「能力強化合宿、通称校外教室は実践的な実技演習を一週間行うっていうものなんだ。毎年、どの学年もやるものだけど、あ、日程は違う。で、その内容は主に戦闘用術式の授業と模擬戦闘。ここでの成績はかなり重要視されるから、みんな必死になるんだよ」


 楓は自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。無能力者には厳し過ぎる。成績は大丈夫だとしても……、周囲からの目が今まで以上に厳しくなるだろう。ここにいる楓以外の全員は学年順位も高く、戦闘能力も高い。心配する必要などないだろう。


(うじうじ悩んでても変わらない、……とりあえず考えるのはやめだ)


 楓はぶんぶん頭を振ってマイナスな思考を吹っ飛ばす。理解不能と言いたそうに涼は首を捻ったが、気にしない。


「なるほど……、そんな行事があるんだな」

「それで、私が思ったのが、今日の放課後、みんなでその準備とかを街に買いに行ったらどうかな〜? って」


 夕姫は嬉しそうに言った。


「おー! いいねいいね! それ! ボクも街を歩いてみたいし!」

「そうだね! 私も賛成だよ」


 夏美もうんうんと頷いて、木葉を見た。木葉は机に両手で頬杖をついてにこりとする。


「いいじゃないかしら、アレの打ち上げも兼ねて」

「打ち上げなのかよ……、ま、行くのには俺も賛成だ」


 光希も快く頷く。涼と夕馬も異論なく了承し、今日の放課後に全員で行くことが決まったのだった。



 ***



 校門を出た七人は東京の街を歩く。カレンに騙されて来た時と変わらず、街は活気に満ちている。時刻はまだ4時前、晴天が広がっていた。楓はキョロキョロしながら、夕姫と夏美の後を木葉と並んでついていく。そして、楓と木葉の後ろを光希と涼、夕馬が歩いていた。


「どこに向かってるんだ?」


 楓は前の二人に尋ねる。都会経験は二回目、それも一回目は変な路地に連れ込まれた。よって、本当に都会を歩くのはこれが初めてなのだ。太陽を反射して銀色に光るビル、たくさんの人、大きな交差点。何もかもが初めてで楓は胸を躍らせた。


「えっと、なんか大きなショッピングモールだよ!」


 夏美がニッコリと振り返ってそう言った。楓は目を輝かせて、隣の木葉に話しかける。


「ショッピングモールって、あれだよね、えー、お店が一つの建物に固まってるヤツだよな?」

「ええ、もしかして、行ったことない?」

「う、うん、そうだけど?」


 木葉はニヤリと笑みを浮かべた。何を思ってのものだったのかは楓にはわからない。だが、きっと何かを企んでいるはずだ。


「じゃあ、楽しみにしてなさい」

「うん!」


 木葉の企みを詮索せずに楓は頷いた。サプライズなら素直に驚きたい。


「――光希と涼はどういう関係なんだ?」


 夕馬は隣の光希と涼に問いかけた。


「『九神』の同期で幼馴染だ。夏美もな」

「うん、小さい頃からずっと一緒なんだ」

「なるほど……」


『九神』ではない夕姫と夕馬は部外者のようで、夕馬は少し気が引ける。ここにいていいのだろうか、と。そう言う事を全く考えない夕姫は気にしていないが、夕馬は夕姫ではない。昔から二人は『九神』になれると一族から期待されてきた。今でもそうだ。夕馬たちもなれると信じて鍛錬を続けてきた。だが、光希たちを見ていると到底かなわないと思わされてしまった。


 ただ――


 夕馬は前を歩く楓をちらりと見る。


 ――この少女だけは別だ。いや、特殊、と言った方がいいのかもしれない。無能力者であるはずなのに『天宮』を名乗ることを許されている。『天宮』は本来、霊能力者の始祖を指す姓。楓が『天宮』を名乗ることは許されないはずだ。『九神』である光希、涼、夏美が側に集まっているという事が、彼女が天宮の血を引いている事を証明しているのだろう。


「ん? 笹本、どうかした?」


 夕馬の視線に気づいたらしく、楓は振り返った。夕馬は少し慌てて答える。


「あ、いや、なんでもない」

「ふーん、そっか」


 夕馬の慌てた様子を見ても何も思わなかったようで、楓はなぜか顔をにやけさせて前を向いた。その顔に少し微妙な気持ちを感じてしまったが、悟られなかったのはよかった。夕馬は息を吐くと、思考を再開させた。


 楓が『天宮』の血を引いているとすると、あの尋常じゃない身体能力はどうなのだろうか。それが彼女『力』なのか、それともまた別のものなのか。


 霊能力は家系ごとに特性、得意術式や能力が違っている。笹本家なら広範囲干渉、相川家なら戦闘能力、荒木家は陣を扱う術式、神林家なら使い魔を持つこと……。他にも家柄はあるが、どの家もその血筋には決まった力が受け継がれている。


 だが、天宮家だけは別だ。同じ血を引いていても、能力が違っている。その理由には諸説あるが、天宮家は神の血を引く始祖の一族、その血を引く者が一番強く願った『力』がその人の『能力』になるという説が有力なのだそうだ。


 そう考えると、楓の願いは『高い身体能力』を得る事だった……? もしそうだとすると霊能力を発現させているはず。しかし、実際はそうではない。


「夕馬、大丈夫?なんかさっきからぼーっとしているけど……」


 泥沼化していた思考を断ち切らせた涼に夕馬は感謝する。夕馬が隣の涼の顔を見ると、にこりと笑みを浮かべた涼の姿があった。


「ところでさ、全然関係ないんだけど、夕馬と夕姫ってどっちが上なの?」

「確かに気になるな」


 腕を組んだ光希も興味があるように夕馬を見る。夕馬は伸びをして答えた。


「夕姫が一応姉。まあ、あんまりそういうのは意識した事無いけどな」

「へぇ、そうなんだ。僕はてっきり夕馬が兄かと……」


 少し意外そうに涼は声を上げた。


「なるほど……、笹本弟ってわけか……」


 真面目にそう言って頷く光希に、夕馬は苦笑いした。光希は真面目なのか、ズレているのか……。


「夕馬でいいよ、どうせこれから長い付き合いだろうし」

「僕も涼でいいよー、前はそう呼んでた事だし。それに光希はもうちょっと可愛げがあった方がいいと思うな〜」

「ああ、わかった。って、可愛げってどう意味だよ……」


 真顔で頷きかけて、光希は慌てて頷く動作を中断させた。


「あははは〜」

「能天気に笑うな!」

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