表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第1章〜無能少女と青波学園〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/240

楓の全力

「ちょーっと待った!」


 夏美たちの加勢に行こうと言った楓は、重要な事を思い出して叫び声を上げた。光希は怪訝(けげん)そうに振り返る。


「なんだ?」

「こいつの事、忘れてた!」


 と、楓は気絶して倒れているカレンを指差す。さっきまで自分たちをボコボコにしていた存在を綺麗さっぱり忘れていた二人だった。


「……そう言えば、忘れてたな……」


 光希は瓦礫(がれき)を避けながら、カレンに近づく。『神』という存在について口走っていたカレンだったが、光希には理解できなかった。捕まえて後から聞けばいいか、そう思って光希は楓に付けられていた枷を再利用することを考えた。……が、やめた。さすがにありえない方向曲がっている枷は使えない。


「天宮、ロープか何か、桜木を縛れるもの、無いか?」

「うーん……」


 楓は瓦礫を飛び越え、光希に側にたどり着く。腕組みをして考える。ふと名案を思いついた。


「あっ! そうだ! これを使えば……」


 と言って、楓はスカートに手を突っ込む。


「ちょっ、おい! いいからやめろっ!」


 光希は慌てて目を逸らしながら、楓を止めた。また、ブラウスを破く気だ……こいつは。


「えー? なんでさ? 縛る紐がいるんだろ? だから……」


 キョトンとした楓はまたスカートに手を……。


「おいっ! だから、やめろって!」


 光希の悲痛な声を無視して、楓は


「破りにくいな……」


 と、なぜか横のジッパーを下ろし始めた。どうやらブラウスを脱ぐ気らしい。


「お、おいっ! いいからやめろって言ってるだろっ! 脱ぐなっ! お前はバカかっ!?」


 さらに慌てた光希は何やらスイッチが入っちゃった楓さんには言葉が届かない事を悟る。光希は拳を握りしめた。殺さない、だが危機感を感じる威力で拳を放つ。


 ぱんっ


 木と木をぶつけた時のような乾いた音が響いた。光希の拳は楓の片手に受け止められていた。


「わかったよー、じゃ、何で縛るの?」


 楓は首を傾げて光希を見た。なぜ即席ブラウスロープがダメなのか、よくわからない。いい考えだと思ったのだが。


「もういい……、術を使う」


 光希は前に(けい)が使っていた術式を使って、カレンを拘束する。そして、屋上の扉の前、階段の踊り場に移動させた。


「じゃ、行こっか!」


 元気な楓の声に頷いて、二人は階段を駆け下りた。





 ***




「夏美っ!?」


 斧のような武器で薙ぎ払われた夏美を見た夕姫は悲痛な声を上げた。男は不敵な笑みを崩さぬまま、斧を振るう。夕姫は倒れこむようにして回避、加速術式を使って移動速度を上げる。男に向かって刀を突き出すが、斧に弾かれる。あまりの衝撃に吹き飛ばされ、夕姫は地面を転がった。


「くそっ!」


 夏美は倒れた夕姫が立ち上がるまで男を牽制して、拳銃を連射する。そして、夏美はもう一つの拳銃の引き金を連続で引いた。発砲音はしなかった。だが、引き金を引く度に、空中で小規模な爆発が起きる。


 夏美は二丁、二種類の拳銃を操る。一つは実弾銃、そしてもう一つは魔弾銃(まだんじゅう)。術式を文字通り「撃つ」ための銃だ。夏美はその二丁を使い分けて戦う事で名が通っている。


 爆破術式で木っ端微塵に砕かれた銃弾は鋭利な破片となって男に降り注ぐ。霊能力対策の結界は物理攻撃を無効化することはなく、男は斧を振るって破片を弾いた。しかし、全て弾く事は出来ずに、男の身体を破片が容赦なく傷つける。


「チッ!」


 男は初めて笑みを崩した。だが、傷が浅すぎる。まだ男には余裕があった。立ち上がった夕姫が男の背後を突く。が、その攻撃はいとも簡単に受け止められてしまう。


「うわっ!」


 後ろに転んだ夕姫に斧が襲いかかった。夕姫は目を閉じる。


『夕姫!』


 夕馬の必死な声が聞こえる。もうダメだ、そう思いかけた。






「夕姫! 大丈夫か!?」

「楓っ!?」


 夕姫に襲いかかった斧を止めたのは楓の刀だった。大男の斧を少女が刀一本で受け止めている、その異常な光景に男は驚きを禁じ得なかった。楓は刀を振り上げて、斧を弾き上げる。


「何っ!? 貴様は眠らされていたはずだ!」


 間髪入れずに斧を振るった男の判断は褒められたものだ。楓の異常な強さに本能的に気づいたのだろう。


「でも、ボクはここにいる。それだけだよ」


 楓は男の斧を弾きつつ答えた。


「何者だ! 貴様は!?」


 楓は小さく片頬を持ち上げる。


「ただの『無能』だ」


 楓を濃密な殺気が包み込む。男は歯をくいしばって、斧を持ち直す。得体の知れない恐怖に負けないように。


 楓は不意に光希の方を見た。


「相川はそこで見てて。見せてやるよ、ボクの全力」

「あぁ、」


 楓は光希に背を向けた。その瞳が一瞬金色を帯びる。楓は地面を蹴った。硬いコンクリートに亀裂が走る。次の瞬間、楓は男に刀を振り下ろしていた。ギリギリのところで男は刀を受け止める。


「ふぅん、やるじゃん、おっさん」


 楓は男が中々の実力を持っている事を確信して、笑みをこぼした。


 ズキっとさっき切り裂かれた腹に痛みが走る。光希には治ったと言ったが、それは嘘だ。まだ傷は塞がり始めただけ。焼け付くような痛みは残ったままだった。全力を出せる機会は久しぶりの上、手負い。手は抜けない。


 楓は跳躍して男の斧を蹴る。その勢いでさらに壁を蹴り、男の肩を斬り裂いた。今の楓には飛び散る鮮血すらもスローモーションに見える。すぐさま次の攻撃を放つ。が、刀は見えない何かに阻まれた。楓は構わずに力を込める。


「何っ!?」


 男の張った障壁が破られる。動揺する男の喉に楓は刀の切っ先を突きつけた。


「下手に動いたら、殺す」

「くっ!」


 夏美は霊力を使って男を拘束する。そして、木葉に連絡を入れた。


『木葉、「ベガ」のメンバーを拘束したよ』

『何よ、神林はいらなかったみたいね』


 少し嬉しそうな声が耳に響く。


『あれ? でも涼はどこにもいないけど?』

「私たちはいらなかったみたいだな」


 不意に後ろから声が響いた。楓たちは振り返る。楓は横目で光希を見た。光希の顔が微かに引き攣ったように見えた。それもそのはず、現れたのは相川みのると神林涼だったのだ。楓は涼と目が合ったような気がした。


「こんにちは、違うか、こんばんは。天宮さん。僕は神林(かんばやし)(りょう)、よろしく」


 涼は爽やかに微笑んだ。


「えーと、その、あ、天宮楓です、よろしく」


 涼の態度が何となく落ち着かなくて、楓はしどろもどろで答えた。光希は嬉しくなさそうに呟いた。


「なんで親父が……」


 みのるはにこにことしながら、楓の頭に手を置いた。楓はギョッとしてみのるを見る。光希の顔がさらに引き攣った。


「そのー、先生?」

「災難だったね、楓。でも、気をつけなきゃダメだよ。簡単に人を信じないで、これから何が起こるかわからないんだから」

「あ、はい……」


 みのるは楓の頭から手を離すと、光希に向き直った。目つきを一変させる。


「光希、今回は何もなかったから良かったけど、次はもう無い。できるだけ楓から離れるな。……それが出来ないなら……、お前に存在価値は無い」

「……」


 光希は拳を握りしめた。爪が手に食い込むのを感じる。そんな光希を無視してみのるは言った。


「じゃ、この人たちは私が責任持って対処するから、君たちは帰っていいよ。よくやったね、お疲れ様」

「あ、あの、相川さんはどうしてここに?」


 夏美は遠慮がちに尋ねる。


「『九神(くじん)』の活動の一環?かな。『ベガ』の皆さんにも聞きたいことがたくさんあるしね」

「そうなんですか……」

「あの、やっぱり、『九神』って強いんですね!」


 完全に蚊帳の外の夕姫は少しだけアピールをしてみる。なぜか涼と目が合う。にこりと笑いかけられて、夕姫は目を慌てて逸らした。


「ところで……、楓、その制服、大丈夫?」


 夏美は唐突に楓に問いかけた。楓は内心ギクリとする。出血について聞かれたらどうしよう。どう言っていいのかわからないので、とりあえずにこにこしておく。


「大丈夫だよ、ちょっとボロボロになっちゃったけどね」

「それのどこが、ちょっと、なワケ!?」


 夕姫は血まみれ&傷だらけの制服に目をやった。楓はわざとらしく頭をかく。


「あははは……」


 夕姫はその経緯を知っているはずの光希を見たが、光希は無表情を決め込んでいた。夕姫は聞きだすことを諦める。その様子を見て、楓は小さく息をついた。


「さあ、帰ろっか!」

「そうだね!」


 夏美も嬉しそうに同意する。



 ***





 楓たちはビルを出た。もう外は完全に真っ暗だった。全員少なからずボロボロになっているが、こうも暗ければ見られることもないだろう。楓たちは揃って歩き出す。夏美は足を止めた。立ち止まった夏美に気づいた光希は足を止めて、振り返った。


「どうした?」


 歩みを止めた二人に楓たちは気づかない。


「お、おい! 夏美!?」


 夏美に後ろから抱きつかれ、光希は困惑した。引き離そうにも引き離せない。夏美は光希に回した手に力を込める。柔らかいものが背中に押し付けられ、光希は息を呑んだ。


「ねぇ、光希と楓はどういう関係なの?同じ『九神』として、教えてくれてもいいんじゃないかな?」

「……夏美?」


 夏美の意図がわからない。素直に関係を話そうと、口を開いた。


「天宮は……、俺のパートナーというか、師匠というか……、パートナーって言葉が一番近いような気がするが……、天宮の戦闘能力は目を見張るところがあるからな……」


 光希は嘘をついていた。自分でもなぜ嘘が口から出たのかわからない。夏美は光希に抱きついたまま呟いた。


「そう、不相応だね。私の方が、光希に相応(ふさわ)しいのに……」


 夏美が何と言ったのか、光希には聞き取れなかった。夏美の手が離れる。光希が夏美を見ると、夏美は人懐こい笑顔を浮かべた。


「ほら、みんなに追いつかないと!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ