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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第1章〜無能少女と青波学園〜

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バケモノの涙

 光希は刀を抜く。刀を構えてカレンを(にら)みつけた。


「いいですね、その目。(なぶ)り殺すのが楽しみです」


 カレンはにこりと笑った。光希は無言で走り出す。


「はっ!」


 鋭い呼気と共にカレンに向かって刀を振りおろす。カレンは余裕そうな表情を崩さず、瞬時に出したナイフを交差させて刀を受けた。


 ガキイィィィンッ。


 一瞬火花が散る。光希はバックステップでさっきまでいた場所から離れる。その空間をカレンの三本目のナイフが()ぐ。


(くそっ、力が足りない……!)


 身体が重い。速く動けない。まるで泥沼をもがいているようだ。霊能力を封じられ、実力のほとんどが発揮できなかった。内心苛立ちを覚えて、光希は自分の無力さを呪う。

 光希はカレンから一度距離を取った。カレンの手にナイフが戻っていく。おそらく魔術的な仕掛けがナイフにあるのだろう。同時にいくつかのナイフを扱うことができるようだ。


(どうすれば……、どうすればこいつに勝てる?)


 光希は冷静にカレンの動きを分析する。だが、同時にいくつものナイフを操るせいで、動きが読めない。


「っ!」


 ナイフが五本、光希に襲いかかった。今からでは回避は間に合わない。光希は刀を振るう。金属音を響かせて、ナイフを弾く。身体能力強化無しの光希には、これを弾くので精一杯だった。タイミングをずらして、飛んできたナイフまでは対処しきれなかった。


「ぐっ……!」


 鈍い音がして、ナイフが光希の右肩に突き刺さった。ナイフを無理矢理肩から引き抜き、投げ捨てる。(あふ)れ出す血を無視して、刀でナイフを弾いていく。刀を振るう度に激痛が走る。流れる血は制服の袖を真っ赤に染めた。


 カレンは表情を変えずに術式を発動させる。数十個の氷の(つぶて)が光希に殺到した。光希は痛みを堪えて刀を動かしたが、もう既に手遅れだった。衝撃と共に、壁に叩きつけられる。肺から息が吐き出され、一瞬意識が飛ぶ。


「がはっ……」


 倒れた光希をカレンは見下ろす。


「『九神(くじん)』も呆気ないですね、もうちょっと粘るかと思ったのですが……。本当にこいつが『神』なんでしょうか?」

「な……に……?『神』、だ……と……?」


 カレンは足で光希の頭を踏みつける。


冥土(めいど)土産(みやげ)に聞かせてあげましょうか。この日本に、『神』と呼ばれる存在が現れるという伝説があるんです。本当かどうかはわかりませんが。その候補があなただっただけですよ。私の上の方たちは『神』が目覚める前に殺したいそうです。私があなたを殺すのはそのためです」

「俺……は、『神』じゃない……」


 カレンは足に力を込める。


「そういうことを聞いてるんじゃないですよ。あなたが本当に『神』かどうかは関係ないんです。ただ、上がそう指示したから私はあなたを……、殺します」


 カレンがナイフを振り上げようとしたその時、声が響いた。


「相川っ!」


 カレンは振り返った。ふらりと立ち上がった楓は、おぼつかない足取りで光希に向かって足を動かす。薬が抜けていないため、よろけながら。カレンは舌打ちをした。


「目障りです、こいつを殺してからあなたも殺してあげますよ」


 そう言って、ナイフを投げる。楓は避けようとするも、身体が思い通りに動かない。ナイフが楓の腹を深く切り裂いた。


「うっ……」

「天宮っ!」


 カレンの注意が自分から逸れたのを見計らって、立ち上がる。光希の目に映ったのは血の海に沈んだ楓の姿だった。このまま放っておけばいずれ死んでしまう、それ程の出血量だ。


(天宮は……、死なせない!)


 光希はぼろぼろの身体で刀を振るった。カレンは微かに苛立ちを浮かべてナイフを操る。

 甲高(かんだか)い金属音が空気を震わせた。光希は転がって、ナイフを避ける。


「はあぁぁぁぁっ!」


 刀をカレン目掛けて振り下ろす。カレンは光希に衝撃波を放った。まともに受けた光希は地面を転がる。カレンはにこりと微笑んだ。


「これで終わりです、死んでください」


 身体を動かすこともままならない光希に地獄の宣告を叩きつける。今度こそ、光希を殺すためにナイフが振り下ろされる。








 その時だった。ナイフが砕け散り、カレンの身体が飛ばされる。咄嗟(とっさ)に楓が倒れていた場所を見るが、そこには血溜まりと壊れた(かせ)が残されていた。


「天宮!? 何でお前が……!」


 ナイフを蹴り折った楓は光希の疑問に答えず、無言でカレンに手刀を叩き込む。


「ぐ……っ! 何で、立ち上がってるんですか!? 何で、平気そうな顔をしているんですか!?」

「……」


 冷たい瞳をした楓はカレンにナイフを手に取る暇も与えずに、肘をカレンの背中にのめり込ませた。


 どすっ。


「っ!」


 鈍い音と共にカレンの呼吸が一瞬止まる。身体から力が抜けて、カレンは崩れ落ちた。カレンから殺気が消え、動く気配は無い。楓はそれでカレンを完全に無力化した事を確信した。


 そして楓は唇を噛んだ。その顔は影に隠れて光希には見えなかった。






「大丈夫かっ!?」


 光希はぼろぼろの身体を持ち上げて楓の方に向かう。全身は久しぶりなほどの痛みを訴えているが、そんな事は今はどうでもいい。楓の元に行くのが何よりも先だ。


 楓は弱々しく笑顔を浮かべてこちらにやって来る光希に背を向けた。


(ああ、これで楽しい学校生活からもお別れか……)


 一抹の寂しさが楓の胸を過ぎった。


「気持ち……悪いよね……」


 楓は小さい声で言った。だから光希には届かない。


「……なんて言った、今?」

「……気持ち、悪いよね!? こんなの……」


 楓は潤んだ瞳で光希を見る。今にも泣き出しそうな楓を見て、光希は何も言うことができなかった。


「……カレンが投げたナイフで血が出て、そのおかげで薬が抜けたんだ。ボクは……」


 楓は自分の特殊な治癒能力をこの学校の人、特に光希たちには隠しておきたかった。知られてしまえば、今度こそ本当に気持ち悪いと嫌われて、せっかくできた友達が離れていってしまう。今まで独りだった自分にできた大事なもの。それを失うのは辛い。だが、光希を助けたことに後悔はなかった。


「ボクはバケモノなんだ……。この身体能力と治癒能力。こんなの、ヒトじゃない。さっき立ち上がれたのはそのおかげ。睡眠薬が効きにくかったのもそのせいなんだ。…………バケモノなんて、気持ち悪いよね……、みんな、そう思うよね……」


 下を向いたまま楓は自分の秘密を告げる。最後の言葉は震えて、雫が地面に一つ、シミを付けた。何も言わない光希に楓は怒鳴る。


「気持ち悪いなら気持ち悪いって言えよ! バケモノの護衛なんかできませんって、言えば……いい……」


 怒鳴り声は途中から勢いを無くした。楓の瞳から涙が溢れる。


「なんで泣いてるんだよ! 止まれっ、止まれよ……」


 いくら拭っても、止めどなく(あふ)れた涙は楓の頰を伝った。今まで心の奥にしまっていた感情が溢れ出す。涙で視界が(にじ)んで、光希の表情は見えなかった。


「ボクは……、バケモノなんだ……」


 不意に肩を掴まれて、振り返らされた。楓は涙に濡れた顔を上げる。光希は真剣な表情で楓を見た。そのまま楓は抱きしめられた。


「……!」


 楓は一瞬身体を固くして、戸惑いながらも身体の力を抜く。


「お前はバケモノじゃない……。だから、自分のことをバケモノバケモノって言うな」


 耳元で光希は言う。


「でも……ボクのこと、気持ち悪いって……思って……?」


 そう言って光希の顔を間近で見てしまい、楓はすぐに目を逸らした。よくよく考えると、とても恥ずかしい状態だ。だが、光希は気にも留めていないようだった。


「そんなこと一ミリも思った事もないし、思わない。俺はお前の護衛だ。だから、その任を解かれるまで俺はお前の側から絶対に離れない。それに……、こんな事で俺たちがお前の側から離れるわけがない」

「……でも、ボクは……」


 光希は首を振る。


「お前は俺が守ると決めた。だから、……だからその意思を否定しないでくれ」


 楓は目を大きく見開いた。


「……あいかわ……」


 楓は封じていた心の扉から溢れ出す哀しみを、溢れ出る涙に任せて流す。その間、光希は優しく楓の頭を撫でていた。







 楓は涙を手で払う。そして、笑顔を浮かべた。光希にはそれが楓の心の底から溢れたもののように見えた。光希は手を離す。


「……っていうか、今回はボクが相川を助けたけどな」


 楓はニヤニヤしながら光希を見た。光希は頭に手を当てて、眉間に皺を寄せる。


「それを言うなよ……、そもそも天宮がひょこひょこアイツについて行ったのが悪いんだろ……」

「はぁ? お前も気づいてなかっただろ!? 何でボクに責任を……」

「お前もだろ!」


 不毛な争いが始まった。しかし、言い争いをする二人の顔は何処と無く嬉しそうだった。


「……でもさ、ありがとう」


 楓は光希の肩にそっと手を当てる。


「うぐっ……」


 楓が光希の肩に手を乗せた時、光希は小さく呻き声を漏らした。楓はすぐに手を退けると、光希の右肩に顔を近づける。


「おい! 相川、お前、怪我してるぞ!?」

「ぜ、全身血塗れのヤツに言われたくない……」


 そう言われて、楓は視線を自分の服に落とす。もはや白い所は存在していない。真っ赤に染まって、元の状態がちょっとわからなくなっていた。


「……ま、まあまあまあ、ボクの傷はもう殆ど治ったし……、ところで治癒術式とかないの?」


 光希は再び顔を近づけた楓から目を逸らして、答えた。さっきはあまり意識していなかったが、改めて顔を近づけられると落ち着かない。


「残念ながら、俺の手持ちにはないし、そもそもないんじゃないか?」

「え?」


 楓は驚きを顔に浮かべた。


「ないの? へー、霊能力ってそこまで万能ってわけじゃないんだね……」

「まあな、魔術の術式にはあるのかもしれないけどな」


 楓は無理矢理ブレザーを光希から引っぺがし、肩の状態を見る。そして自分のブラウスの残り少ない白い部分を裂く。青波学園の女子の制服はジャンパースカートのようになっているのだが、なぜか楓はスカート(ワンピース?)の下からブラウスを引きずり出し、ビリビリと制服破壊行為に(いそ)しんでいる。


「……」

「ん? ああ、これね、大丈夫! 黒パン履いてるからパンツは見えないよー!」

「……あ、そ、そう……」


 そう言う問題ではないことに気づいて欲しい、と光希は頭を抱えたくなる。色々と正気を疑いそうな行動なのだが、自分のためにやってくれる事に口出しするのは光希には躊躇われた。そう思っている間に楓のブラウス、即席包帯が肩に巻かれていく。さすがにここは手際が良かった。痛みを声に出さないように、歯をくいしばる。


「終わった!」


 楓は嬉しそうに声を上げた。光希にブレザーを手渡すと、口を開いた。


「さっきのこと、夕姫たちには言わないで、くれるかな?」

「天宮……、だが……」


 光希が言わんとした事を察して、楓はその言葉を遮る。


「わかってる、でも……、言わなきゃいけなくなるまでは……」


 光希は頷いた。楓は小さく伸びをする。


「さあ、夕姫と夏美の加勢に行くぞ!」

「ああ」

光希は色々とズレている気がします…

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