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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第1章〜無能少女と青波学園〜

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カレンの過去

カレンは周りを見渡す。そこにはカフェを演じるための衣装を捨てたカレンの部下達がいた。


「……カレン」

「何ですか?ダン?」


カレンは話しかけてきた傷のある男を睨む。彼の名はダン・デイライト。アメリカ人の魔術師だった。世界の『崩壊』後、アメリカ大陸は消失したらしい。そのためアメリカ人はとても珍しい。彼は魔術の勉強のためにイギリスで学んでいたため助かったのだ。ダンは上に付けられたカレンの補佐で、おかげでカレンも雑な扱いができないでいる。


「演技、めっちゃうまかったな!驚きだよ」


ニヤニヤとした笑みを浮かべてダンはカレンを見た。チッ、とカレンは舌打ちする。からかわれる嫌なネタを作ってしまった。


「ふん、別に目的が達成できたから良いんですよ。私達の任務は相川光希の殺害なんですから」

「へいへい、わかってるって」


ダンは大袈裟に肩を竦める。その動作が癪に触る。カレンは暗い笑みを浮かべた。


何としてでもこの任務を成功させなければならない。できなければ……、おそらく自分の命はない。


カレンは拳を握りしめる。


相川光希はSランク。カレンの実力では瞬殺されてしまう。そして、そんな相手を殺すためのエサ、それが天宮楓だった。あの2人がよく一緒にいるのは確認済みだ。これを、カレンは手足に枷をつけさせて武器を剥いだ楓を見る、使えば、相川光希は間違いなく釣れる。その確信がカレンにはあった。


「……私は絶対に成功させなければならないんです」


『ベガ』という組織以外、カレンの居場所はないのだから。


「おい、カレン、」

「だから……、何なんですか、一体⁉︎」


再びダンに呼びかけられ、カレンは苛立たしげに返事をする。


「相川光希の相手、本当にお前でいいのか?そいつ、すげ〜強いんだろ?」


ヘヘヘッ、とダンは笑った。カレンはダンを険悪な目で見る。


「……私が片付けます。元々この任務は私が受けた任務ですしね。それに、そのための天宮楓なんですから」

「そうかい、そうかい。まあ、俺はお前の補佐って事になってるしな、お前に従うぞ」

「……お願いします」


そう言ってからカレンは周りに指示を出す。


「今夜、相川光希殺害計画を実行します。皆さん、作戦はわかっていますね?」


部下達は頷いた。作戦はもう既に伝えている。後はその通りに決行するだけだ。


「では、総員配置について下さい。合図があるまではそこで待機ですよ」


全員が頷いた事を確認し、カレンはポケットの中にあった携帯端末を手に取った。


「あー」


機械を通し、自分の声がキチンと変わっている事を確認する。カレンは前もって調べておいた光希の電話番号に電話をかける。


『はい、相川光希です』

「天宮楓は預かった。今夜0時に横田ビルに一人で来い。来なければ、天宮楓は死ぬ事になる」


それだけ口にすると、カレンはさっさと電話を切った。


「ふぅ……」


これだけワザとらしく電話をかければ、間違いなく来るだろう。カレンは頭を振る。ツインテールが揺れた。


カレンは天宮楓を担ぎ上げる。爆睡中の楓はビクともしない。霊力で身体能力を底上げして、コンクリート剥き出しの階段を駆け上がる。


「一体、こいつのどこが特別だっていうんですか……」


カレンは楓の身体を固い地面に転がす。ぐったりと楓は地面に横たわった。


『無能』のくせに、楓を守ろうとする人が沢山いる。悔しかった。


「……私は、誰かに気にかけられた事なんてないんですよ。あなたと違って……」


カレンは一番星が輝き始めた藍色の空を見上げる。そうしている内にカレンは昔の事を思い出していた。









元々カレンはイギリス人の母と日本人の父を持つ平凡な霊能力者だった。しかし、早くに父を亡くし、カレンは売られた。カレンには何も残されなかった。


カレンはボロを纏い、身体を震わせる。手を動かすと、ジャラリと鎖に引っ張られた。小さな檻の中、カレンはうずくまっていた。


(これから私は誰に売られるんだろう……)


ギイッ、と檻が軋む。カレンは顔を上げた。


「来い、」

「うぐっ……」


鎖が急に引っ張られる。カレンは無理やり立たされた。男に引かれて、カレンは光の下に立つ。仮面を付けて顔を隠した人々が歓声を上げた。


ビクビクしながらカレンは辺りを見回す。獲物を見つけた猛獣のように恐ろしい目をした客達がカレンを値踏みする。とても怖かった。だが、助けてくれる人はもういない。カレンは自分が売られるのを見ているしかなかった。


「さて、本日取り扱うのは魔力を持つ小娘一人!」


スーツに身を固めた仮面の男は、芝居掛かった動作で両手を広げた。


「ふ、あははは、千万からどうでしょう!」

「では、千万!おほほっ」


ドレスの夫人が哄笑を響かせた。カレンは身体をビクリとさせる。


怖い。


狂気的な目がカレンを舐める。底のない泥沼な落ちていくような恐怖にカレンの背筋は凍り付いた。


「……我々がその小娘、頂くとしようか」


カツン、と靴音が響く。黒いマントを翻し、男がステージに降り立った。カレンはその方を見た。カレンからは男の顔も表情も見えない。だが、思ったよりも男の背は低く、声も少し高かった。


「お、お客様っ⁉︎困りますっ!」


スーツの男は慌てて声を上げる。しかし、マントの男は気にも留めない。カレンを無理矢理引き寄せ、仮面の下の口が笑う。


「では皆様、ご機嫌好う」


男は一礼し、指をパチンと鳴らす。フッと電気が掻き消えた。


「キャアアアア」

「な、なんだ⁉︎」

「電気はっ⁉︎」


パニックになった仮面の人々は狂ったように叫び出す。互いを踏みつけながら彼らは出口を目指す。その姿はまるで、我を忘れた獣のようだった。


「……お前の名前は?」


カレンは瞼を持ち上げ、声の主を見る。仮面に隠れて口元しか見えない。それでもカレンには答える以外の選択肢は無く、呟くように名前を告げた。


「……桜木カレン」

「……サクラギカレン?」


カレンはここで思い出す。ここは日本ではない事に。ここは魔術大国、イギリスだ。


今の世界、分断された国同士を行き来するためには転移陣を使う必要がある。カレンは非合法に展開された転移陣でイギリスに送られたのだった。しかし、カレンはイギリス人の母とは英語で話していたため、言語には苦労しなかった。


カレンは名前をもう一度言い直す。


「……カレン・サクラギ」

「ふーん、君、魔術は使えるの?」


仮面の中から覗いている瞳は優しそうな光を湛えていた。カレンは小さく頷く。自分の存在価値を示さなければならない。少しでも生きていたいのなら。


「……まだ未熟ですが、魔力は有ります」


恐る恐る仮面の中の瞳を見上げる。


下手をすれば、きっと、殺される。


仮面の男の目が細められた。カレンの瞳をじっと見つめているようだった。その光の冷たさにカレンは恐怖を覚える。


この男は……危険だ。


息の詰まるような時間、カレンは必死に男の目を見続ける。ここで捨てられれば待つのは死のみ。だから、絶対に拾ってもらわなければ……。


「……お前にする」


カレンは目を見開いた。カレンは今この瞬間、人生を賭けた賭けに勝ったのだった。


「……!」


男はカレンを抱きかかえて床を蹴った。その腕はまだ男というより少年のようだ。カレンは男がまだ少年である事に確信を持った。


一体この人は誰なのだろうか。


この人の口ぶりでは、カレンでなくても良かったようだった。つまり目当てはカレンの魔力。だが、それでも捨てられたカレンに生きる意味があるのなら、足掻いてやろうと思った。


ひゅうっと風がカレンの顔に当たる。目の前には月が浮かんでいる。外に出ていたのだ。


久しぶりに月を見たな、とカレンは場違いにもそう思う。綺麗な満月だった。


カレンを抱えた少年の動きが止まった。カレンは驚いて少年を見る。どこかの屋根の上に少年は立っていた。黒いマントがばさりと風になびく。


「……困ります、イザヤ様。そのような勝手な事をされては」


イザヤ、と呼ばれた少年はいつのまにか屋根に現れた男に冷たく笑う。


「どうせこいつは売られるか、奴隷になるか、していた。こいつを俺達の暗殺者にする方が有用だ」


男は驚いたように軽く目を見張った。


私は暗殺者になるのか、とカレンは他人事のように思う。それも、いいかもしれないな。


「……この娘には才能があると?」

「ああ、魔力量も多い。もちろん、優秀な手駒にならなければ殺すさ」


人の命をどうとでも思っていない口調でイザヤは言った。カレンの心臓が跳ねる。


……生きる為ならば優秀な手駒にだってなってやる。


カレンはそう決意を胸に刻んだ。




そしてカレンは今、こうして相川光希の暗殺任務に抜擢された。身を削って自分の持てる力全てを限界まで高めてきた。カレンは優秀な手駒になれたと自負している。絶対に負けない。絶対に殺してやる。


……なぜならそれが私の価値ですから。

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