光希の誓い
「あ、『最強の無能』だ……」
「アレがあの……」
霞浦前髪ロスト事件から数日、楓には謎のあだ名というか不名誉な異名というか、とりあえずそういったものが付くようになった。道を歩けば、『最強の無能』やら『残虐の大魔王』やら『漆黒の堕天使』だのどんどん系統が違う名前が耳に入ってくる。流石に『漆黒の堕天使』はありえんだろう。
「いたぞ! アレが『漆黒の堕天使』だ!」
「おお! マジもんだ!」
まあ、こういうイタイ人たちは無視だ。そう無視無視。
楓は顔を引きつらせながら歩みを進める。今は風紀委員の仕事中なのだ。あの事件以来、表立って楓にちょっかいをかける人は居なくなった。それはとても嬉しいことなのだが、問題はそこじゃない。名前もそうだが、尾ひれ、胸びれ、足までついたよくわからん噂のおかげで怖がられるようになった気がするのだ。まあ、木葉たちがいてくれるから、今の楓にはそんなことは些細な問題だ。
「死ねぇぇぇ!」
物騒な言葉が聞こえて、楓は振り返った。
あ、あいつらか……。
思った通り、笹本兄妹だった。相変わらず激しい喧嘩だ。蹴ったり殴ったり、術を使ったり……。
「おっと、」
見るからにヤバそうな物が飛んできた。楓は少し身体をズラして避ける。
風紀委員の仕事は過剰な暴力や術式などそういったものを取り締まる組織だ。笹本兄妹はあくまで『喧嘩』。まあ、無視していいだろう。
楓は喧嘩に夢中なお二人さんを無視し、踵を返した。
喉、渇いたな……。
楓は事件に遭遇しないように、人気のない道を歩く。そのまま食堂の横の自販機で飲み物を買うつもりだった。だが、その必要はなくなった。
「天宮さん! あ、あの、今日も持ってきたんです! ふーきいん、頑張ってくだすあい!」
桜木カレンは楓を追いかけてきたらしく、ゼハゼハしながら水筒を楓に手渡す。相変わらず噛み噛みだ。これで普段の生活してるのか。大丈夫か、この子。
「あのあのあの、その、ちょっと味見してみて欲しいです!」
「いいけど……?」
楓は前に渡された時と同様にスポーツドリンク(?)を飲む。やはり前回と同じ爽やかな甘酸っぱさが口に広がった。ちょうど喉が渇いていたのもあって、楓はスポーツドリンクを飲み干してしまった。
「おいしいかったよー」
「そうですか! 嬉しいです! 何か、すごくカッコイイあだ名がついたみたいですね! 何でも、『漆黒の堕天使』、ですっけ?」
おおぅぅ、やめて、それ……。
楓の心の声虚しく、カレンは頬を上気させて続ける。
「確か、元々天宮さんは天界の天使で、でも何かあって、地上に堕とされて堕天使になったとか! だから、本来の力を封じられて、『無能』に成り下がってるんだって!」
「……」
何があった……。誰だよ、そんな厨二設定考えたの……。会ったらけっちょんけっちょんにしてぶった斬ってやる!楓は静かに殺意を募らせる。
「ふぁぁ……」
そんな殺意とは裏腹に、楓の口からあくびが漏れた。
「何か眠いや、まあ、風紀委員だし寝るわけにはいかないよなー」
カレンは微笑んだ。
「そうですね、頑張ってください、天宮さん!」
「ああ!」
楓はあくびを噛み殺し、歩き出した。
***
「夏美、桜木カレンの情報は?」
「木葉が調べてくれたよ! 光希の方は?」
光希は木の上から楓を見る。のんきにあくびをしている姿を確認すると、小型のトランシーバーで夏美に連絡を入れる。
「天宮は桜木カレンと接触した。異常は無い」
光希は楓が視界から消えると、木からふわりと飛び降りる。そして、風紀委員会本部に足を向けた。
「おかえり〜! お疲れさん」
「桜木カレンの情報は手に入ったわよ」
風紀委員会本部のドアを開けると、夏美と木葉がそれぞれ声をかけてきた。光希はそれに頷く。
「2回目の接触だったが、天宮の方には異常は無かった。ただ単に桜木は天宮に惚れ込んでるだけだろう」
「そうみたいだね」
夏美は光希に同意する。と、木葉がニヤニヤしながら光希を小突いた。
「だから、惚れ込んでるってサラッと言っちゃダメじゃない〜。ほらほら、顔真っ赤にして……こうするのよ」
木葉は頰に手を当てて、くねくねし始める。正直言ってかなり気持ち悪い動作だ。
「桜木の情報はどうなった……?」
呆れて光希は木葉に付き合うのを諦める。
バチッ!
「にゃっ!」
夏美はまだくねくねしている木葉に電気をぶつけてやめさせた。木葉はにこにこしているが、絶対痛いと光希は思う。夏美はふわふわしているように見えて、かなり容赦が無い。
「はいはい、もちろんちゃんと調べたわよ。学校のデータベースって便利ね〜」
木葉は端末を光希と夏美の方に向ける。
「桜木さんって、ハーフなんだね! 確かに髪の色とか、目の色とかキレイだし」
学校のデータベース上のカレンは、イギリス人と日本人のハーフで、生まれも育ちも日本の、ごく普通の霊能力者だった。
「やっぱりシロだな。しかしそれにしても、何で『ベガ』が動いているんだ?」
――『ベガ』
それはイギリスの方で活動している魔術結社だ。日本にも一応支部があるらしい。主な目的を人類を守ることとしている。
「ホントだよね、しかも青波学園をターゲットにしてる……」
「ただ青波学園の何を標的しているのかわからないのよね、楓かなって思って、同じ時期に突然楓に接触し始めた桜木だと思ったのだけれど……」
木葉はため息を吐く。
「それにしても、どうして今俺達に任務が課されたんだ?」
「そうだよねー、『九神』の任務なのかどうかもよくわからないし…………」
「神林にもこの話は行っているのか?」
光希は木葉に聞いてみる。そういう上の事情については、木葉が一番詳しいのだ。
「そうよ、涼も動いているわ。まだ大した成果はないみたいだけど。楓の近くの監視は私達に任せて、涼は単独で違う方面から調べているはずよ」
「って事は、これは『九神』の任務って事でいいんだよね?」
「ええ、そうね」
木葉は頷く。
「やっぱり目的は楓かな……?」
夏美は落ち着かなく部屋を歩き回る。光希はそれを楓が心配なのだと解釈した。
「どうかしら?」
「……でも、高校生になってこんな風にまた同じチームで活動できて私、すごく嬉しいな!」
夏美は光希を見上げて、火照った顔でそう言った。光希は頷いて、答える。
「そうだな、神林が足りないけどな」
光希は夏美に笑いかける。夏美はボンッという音が聞こえてきそうなほど顔を急激に茹であがらせた。あわあわと口をパクパクさせる。夏美が光希に好意を寄せているのは火を見るよりも明らかだ。
光希は人を苗字で呼んでいるが、夏美を名前で呼ぶのは一重に夏美の努力の賜物だ。光希もこれだけあからさまだと、夏美に尋常じゃない好意を寄せられていることには流石に気づく。
「『九神』の最年少チームね、私は『九神』じゃないけど、」
「ま、まあ、木葉もほぼそんなもんだよ!」
夏美はさっきの火照りが冷めないまま、夢見心地でそう言った。
「ところで、どうして涼は生徒会に入らなかったんだろう?」
夏美は話題を変える。
「たぶんだが、あいつの兄が副会長だからじゃないか?」
光希は窓の外に目をやり、答えた。
「それで合ってると思うわよ」
木葉は同意の声を上げる。夏美は腕を組んで眉根を寄せた。
「そっか……、ねぇ、また話題が変わるけど、光希と木葉は楓のこと、どう思ってるの?」
光希はすぐに口を開いた。
「天宮は……、強い。俺が身体能力強化して、全力で戦ってもかなわなかった。もちろん、術を使えばそういうことは無いだろうが、あいつの人間離れした身体能力には敬服するな。人間なのか、疑った。でも、あいつは人を信じられないところがある」
夏美は意外そうに目を見開いた。
「私たちは?」
光希は表情を変えずに答えた。だが、夏美には光希の顔が陰ったように見えてしまった。
「天宮は俺たちに心を許しているつもりだ。だが、最後まで信じきれていない。おそらく本人は気づいていないはずだ」
「そうなんだ……」
「私もそれは少し感じてたわね。楓は孤児院で同い年や年上、年下、さらには一部の大人から酷い扱いを受けていたみたいよ。人間不信になるのは当たり前のこと。あれだけの扱いを受けて捻じ曲がらなかった楓はすごいわ……」
光希は楓の笑顔を思い起こす。あの笑顔からはそんな気配はまるでなかった。しかし、あの笑顔は嘘の笑顔。自分の心を隠すための仮面。
木葉の話を聞いてしまうと、楓のあの真っ直ぐな性格は異常だと思えてくる。光希は自分が楓と同じ境遇にあったならば、楓のように真っ直ぐなままではいられないだろうと思う。
「楓は何者なの……?」
夏美は不安そうに光希と木葉の顔を交互に見る。
「夏美にだから言うが、天宮は天宮家先代当主、天宮桜様の娘にして天宮家直系の子孫だ。だが、天宮は何かを隠している……」
木葉は光希にずいっと顔を近づけた。
「光希、あなた、何を知っているの!?」
光希は木葉から視線を逸らす。
「わからない、ただ何かを隠しているという事だけだ」
「そう……」
光希は楓が無抵抗で亜美に殴られていた事を思い出した。あの諦めたような笑顔を。天宮なら守るために命をかけてもいい、光希はあの時そう思わされた。いるのかもわからない神に誓う。天宮楓を守り抜くことを。




