生徒会
何事もなく午後の授業は終わり、楓は教室を出た。今度はなぜか、光希と木葉も一緒だ。教室を出たすぐのところに、背の高い男子生徒が立っていたが、このクラスの誰かに用があるのだと思った楓はそのまま足を止めずに通り過ぎた。
「ちょっといいかな? 君が天宮さん?」
呼び止められた楓は振り返る。その時にちょうど木葉と光希の微かな驚きが目に入った。どうやら知っている人物らしい。
「はい? そうですけど、何かボクに用ですか?」
男子生徒は驚きを隠さなかった。整った顔立ちで、しっかり着こなした制服からは真面目な印象を受ける。
「僕は神林空。君たちのクラスにいる、神林涼の兄です。えーっと、一応生徒会で副会長をやらせてもらってます」
光希の眉がピクリと動く。
「天宮さん、相川君、下田さんは今から生徒会室に来てもらえますか? それが僕の用です」
にこりと笑って、空は教室に目を向けた。すぐに興味をなくしたようで、
「ついて来てください」
と言うと、くるりと踵を返して歩き出した。戸惑いながら楓は空に小走りで追いつく。光希と木葉の足音がついて来ているのはわかっても、楓からは2人の表情は見えなかった。
空は1年の教室の前を通って、渡り廊下を渡った。教室棟の別棟にある1年E組の隣に風紀委員会本部があり、その隣に生徒会室があった。歩いている最中、他の1年からの視線が痛かった。ほとんどの1年生に目の敵にされているという現状を身にもって楓は実感した。
「入ってください」
空に促されて3人は生徒会室に入る。
「うわぁ〜」
校長室のような風景に楓は感嘆の声をもらす。キョロキョロしていると、難しい顔をした木葉と目が合った。
「ん? どうしたの?」
「え? 何? 何でもないわよ」
木葉は不意を突かれたように飛び上がった。楓も追求することを諦め、光希に視線を移す。
「何だ?」
「いや? 何でもないよ」
なぜか睨まれてしまった。楓は負けじと睨み返してみる。すると、光希は面倒くさくなったように、無表情になってしまった。少しつまらない。
「あの、生徒会長を呼んできますね」
少しの間、存在を忘れられていた空は苦笑いでそう言い、生徒会室を出て行った。
「あ、はい」
生徒会室に取り残された3人は無言で空の姿を見送った。光希は腕を組んで外を見た。
「そういえば、昨日から部活体験だったな……」
外、生徒会室の窓から見える光景は、色とりどりのプラカードやら横断幕やらユニフォームやらで埋め尽くされていた。ここまでその熱気が伝わってくる。
「どれどれ……」
ぼそっと光希が呟いた言葉に反応して、楓も光希の隣に寄ってくる。
「すごいな……」
光の加減なのかはわからないが、楓の顔が陰ったように見えて、光希は瞬きをした。気のせい……か。
「相川は部活、入るの?」
唐突に顔を覗き込まれて、光希は慌てて視線を逸らす。楓はこてりと首を傾げた。視線を逸らされた理由がまるでわからない。
「俺は……」
「私たちは生徒会の勧誘のためにここに呼び出されたのよ。生徒会に入ればいいじゃない」
光希の言葉を遮って、木葉はそう口にした。細くて長い指が二本、すっと楓と光希の方へ伸ばされる。
「2人で、ね」
ふっ、と楓の口から失笑が漏れた。
「ボクが生徒会に? ありえない。『無能』を生徒会に入れて何の得がある?」
自虐的な笑みで顔を歪ませた。
「得ならあるわ」
皮肉な笑みで木葉は返す。
「天宮に恩を売れる」
「はっ? 恩なんて売れないだろ?」
楓は木葉の言葉を笑い飛ばす。光希は2人の会話からある一つの推測にたどり着いた。
「いや、待てよ……、今の日本を支配しているのは実質、天宮家……。つまり、青波学園の理事長は結果的には天宮の下についていることになる。だから、天宮にはいい顔をしていたい。そして、天宮が天宮本家に連なる者であることは把握しているはずだ。天宮を生徒会に入れて、天宮を優遇したという事実ができれば……」
「そう、天宮に恩が売れる、と理事長さんは思ったみたいね。浅はかね、中途半端な情報に踊らされて……。生徒会の本当の姿は、成績上位者を集めた、エリート組織。私と相川が勧誘されるのは当たり前のこと。でも、あなたは違う」
木葉の無機物を見るかのような冷たい視線が楓に突き刺さった。そう感じて、息苦しさを覚えた。
「そうなれば、楓、あなたは今以上に疎まれるでしょうね。名前だけの『無能』ってね。おそらくこの学園の大半の生徒から敵視される日々が始まるわ」
「酷過ぎる……」
光希は顔をしかめた。この学園は一人の少女にあまりにも冷たい顔をしている。
「……まあ、もうそんな感じだけどな」
楓はやれやれと首を振る。こればかりはどうしようもない。
「……そうね、あなたは何も悪くないのに」
木葉は髪を耳にかける。その動作はどこか落ち着かなげだった。
「ボクはさ、目立ちたくないんだよね。ボクはただ平凡に生きたい。なんで、こうなったんだろう?」
「……それはね、あなたが『天宮』の名を持って生まれたから。その運命からは逃れられないわ」
「……運命って、なんだよ?」
光希は木葉に尋ねた。木葉は微笑んだだけだ。
「そうね……、遥か昔から定められていた『運命』よ」
「……どういう事?」
楓は木葉からさらなる答えを引き出そうとする。
「やあ、また会ったな」
だが、3人の会話は突然やって来た闖入者によって中断された。清治は鷹揚に手を振ると、芝居掛かった動作で窓を見た。
「もうこんな時間か……。待たせたな」
オレンジ色の光が窓から差し込んでいる。楓は眩しさに目を細めた。
「では手短に用件を言おう。君たちには生徒会に入ってもらいたい」
清治は思い出したように付け加える。
「天宮楓、君に拒否権はないぞ。私は本当は嫌なんだけれどね、学園側の圧力が大きかったんだよ」
「わかりました。入ればいいんですよね?」
嫌味を無視して楓は答えた。いちいち取り合っていたら身がもたない。
「あ、ああ」
こんなにあっさりと楓が承諾するとは思っていなかったようで、清治は拍子抜けしたように頷いた。
「では、『九神』の相川光希君はどうするかい?」
「俺も入ります。よろしくお願いしますね、会長」
間を開けずに光希は即答する。あっさりと生徒会入りを選んだ2人を見て、木葉は微笑んだ。さて、私はどうしようかしら。
「それでは最後に下田木葉、君の返事を聞こうか」
一拍置いて、木葉は答える。
「私も入ります。生徒会希望で」
「わかった。では、楓と相川は風紀委員会、下田は生徒会、ということにしよう。いいか? 空、」
「はい、これでいいと思います」
3人の割り振りを空に同意を求める。空は顔色一つ変えずに同意した。
「まあ、と、言うところだ。明後日の放課後もまたここに来てくれ」
「「「わかりました」」」
「本当にあいつ、性格悪いわね。実力行使する風紀委員会に楓を入れるとは……。もっと風当たりが強いじゃない」
生徒会室を出た直後、木葉は文句を言い出した。よほど清治を嫌っているのだろう。
「まあ、徹底した『無能』演じるにはぴったりではあるけどな」
「生徒会に入るとなんかいいことあるの?」
楓は明るい?話題を振って、ネガティブな会話に走りそうなのを食い止める。
「一応、公式武装をずっと持ち歩くことができるけど、一般の生徒でも申請すればできるわよ。あ、あと、昼食がタダになるの」
「おお〜!」
楓は目を輝かせる。タダで食べれるなら、少しお金に余裕ができる。もう少し良い生活ができるかもしれない。
「もうボク、それで十分だ! 世間の冷たい目なんて気にならん!」
はーはっはっはっはー!と悪役も顔負けの高笑いを始めた楓に、光希は呆れた目をする。
「まあ、大丈夫そうだな」
「そうね」
木葉は生暖かい目で楓を眺めた。これだけ元気なら、当分大丈夫だろう。しかし、それにしても周りの視線が痛い。今日の部活体験の後片付けをしている生徒たちだ。
「ねぇ、ちょっと黙っててくれない?」
「あ、はい、ごめんなさい」
やはり世間の目は冷たかった。




