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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第9章〜異端の姫君〜

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敵の在処

「ここまで来れば……」


 荒い息を吐いて、夏美は倒れ込んだ。イブキを潰してしまわないように気をつけて力を抜く。


「夏美──!」


 聞こえるはずのない声が遠くで聞こえた。涼と夕姫の声が聞こえるなんて、もうヘトヘトで幻聴でもしてるのかも。


 変なの。あなたたちを棄てたのは私なのに。でも、助けてくれたら嬉しい、なんて思ったのはワガママだ。


 目を覚ますと、目の前いっぱいにイブキの顔があった。


「……え、ええええ!?」


「大丈夫か? ナツミ」


 キョトンとした顔でイブキは首を傾げる。慌てて、飛び退ろうとしたら、ごつんと鈍い音が響いて額に痛みが走った。


「いたいな」


「それは、その、ごめん。驚いちゃって」


 耳まで真っ赤になりながら、赤くなった額をしているイブキに謝る。イブキはふっと緩んだ笑みを見せた。


「助けてくれたの感謝してる。ナツミが目を覚まさないから、心配してた」


「……それは反則」


 呟くと、耳のいいイブキはハテナを顔に浮かべて再び首を傾げた。


「──それで、ここはどこなの?」


「それは、僕の口から説明してもいいですかー、荒木夏実さん」


 ハッとして夏美は顔を上げる。


「そのぺーぺーで適当そうな声は、先生!?」


「その認識傷つきますねー、まあ、合ってますけど」


 認めるんだ、という微妙な空気が流れたのは刹那の間だ。夏美の目は鋭くなり、火影照喜を射抜く。


「ともかくどうでもいいですから、状況説明をお願いします」


「あー、うん。わかりましたー。ここは天宮の屋敷です。天宮家当主は死亡、そして相川みのるさんも既にいません」


 動揺を隠しきれずに揺れた夏美の肩には目もくれず、照喜は続けた。


「天宮の姫が羽を開いたんですよ。呪いは広がり続け、このままだとすべてが呑み込まれます。それを防ぐために僕らは妖と組んだわけなのです」


「……それで?」


「うん、ですが、この呪いを解く方法はまだ見つかってないんです──わー、そんな目で見ないで、僕の胸が痛いー」


 わざとらしく騒ぐのは、それだけ状況が絶望的なのか、それとも普通にはしゃいでいるだけなのか……。はあ、と夏美は溜息をついた。


「で、私はどうすればいいですか? 悪いですが、私の王としての権限はもう無いも同然です。魔族を味方につけるのは諦めた方が良いですよ」


「えっとですね、陣内はこう言ったんです。この状況を生み出した鬼をまず根絶やしにしろ、と」


「なっ──!?」


 イブキが凄まじい反応速度で立ち上がった。揺れたのが床だったことに、夏美は畳の上に寝かされていたのに初めて気がついた。それくらいに、呪いの奔流に近づいたダメージが壊れかけの体には大きかったようだ。


「さて、君たちはこの要求をどう見る?」


「まずは聞かせてほしい。その要求を出したのは誰だ?」


 空気が張り詰める。時間が凍結したような錯覚を生んでいるのはイブキの剣幕だった。抜き身の刃のような尖った眼光は、誰に向けられることもなく静かに殺気を放っている。照喜は薄く微笑んだ。


「陣内時雨(しぐれ)という名前らしいですよ」


「なら、父上は既に亡い、そういうことだな?」


「はい。謀反だったそうです。世界をどうこうする戦いで、傍観することを選んだ当主を殺して、取って変わったのだとかー。いやはや、こんな展開になってくるとは、びっくりです」


「……だけど、愚かだね。今、鬼を狩る意味がない。姫の封印を解いたのは鬼だけど、彼らはあいつに踊らされているだけ。鬼を根絶やしにするメリットは皆無だし、呪いへの対抗策を考える上でも障害になる」


 根底にあるのは鬼への実態なき憎悪か。陣内の内部を腐らせたのは下田木葉だろうが、それもまた黒い少年の計略によるものだと信じてかかっていい。なぜなら、夏美も吸血種をまとめ上げ、平定したところで用済みになったのだから。放逐されてこのザマなのだが、そのおかげで間に合ったとも言える。一番大切な人を取りこぼしてしまったけれど。


「──夏美、久しぶり。僕らも話に混ぜてくれないかな?」


 ふすまががらりと横に開いた。入ってきたのは、涼と夕姫、そしてセルティリカとイザヤだ。夏美は思わず肩を強ばらせて彼らから目を逸らす。どうして、ここに。窺うようにして目線を上げると、セルティリカと目が合った。裏切って、彼女の世界を壊したのは夏美なのに、なぜか、彼女は微笑んだ。


「リョウか。あとは、えーっと」


「夕姫とセルティリカ、それからイザヤさん」


 三人を順に指し示す涼。もごもごとイブキは三人名前を繰り返してみる。


「ユウキ、せるて……」


「セルティーと、お呼びくださいなのです!」


 淡い水色の瞳を桃色の髪の下できらめかせ、セルティリカはずいとイブキとの距離を狭めた。興味津々という表情を隠しもせず、どんどんセルティリカは顔を近づけてくる。戸惑いに視線を彷徨わせ、助けを求めて何となく夏美を見ると、夏美は苦笑いで肩を竦めた。ごほん、とイザヤがわざとらしく咳をした。


「お嬢様、近づきすぎです」


 ひょいとイザヤにつままれ、じたばたするセルティリカはイブキの前からだいぶ遠ざかる。呆気に取られる夏美とイブキの前で主従はぎゃあぎゃあ騒ぎ出した。


「うきゃー、イザヤ、何なのですか!? ワタシはただ交流をしようと──」


「ち、か、か、っ、た、で、す」


「……?」


「分かっていないようなので、もう一度言わせていただきます。お嬢様は近いんです! 距離感どうにかしましょうよ!」


「ヤキモチなのです?」


 セルティリカが首を傾げると額飾りが揺れた。


「なんでモチをここで焼くんです?」


「ワタシもよくわからないなのです。ユウキが前にイザヤに使ってたなのです」


 仲良し主従を除いた全員はガクッと頭を落とした。夕姫は誤魔化し笑いをひとしきりした後に、


「は、話戻そ?」


 と話題の方向転換を図ったのだった。照喜がそれに乗り、口を開く。大袈裟に表情を動かしつつ、状況と情報の整理を兼ねた説明が続いた。


「──さて、私たち霊能力者はどう動くか。そこが運命の分かれ目になると思います」


「楓、天宮の姫から溢れ出した呪いへの対処。そして、陣内の暴挙を止めることと魔族の破壊行動も抑えること」


 夏美は緊張の残る声で、一先ずこの状況のクリア条件を並べ立てた。とはいえ──


「何その無茶ぶりっ!?」


 夕姫が吠える。そのくらいにはイカれた達成条件だ。不可能、そう言ってもいい。霊能力者と鬼を動員したところで焼け石に水。呪いに触れないよう気を使いながらの戦闘はまず長くは続かない。


「本家の皆さんはもう集めてきましたー。大丈夫、戦力は僕たちだけではありませんよ」


 へらっ、といういつも通り緩んだ照喜の笑顔が──


「そうかな? 君たちは現実を見た方が良い。もう君たち以外、この場所で息をしてるものはないよ」


 ──一瞬で苦悶の色に染め上がる。おびただしい血を噴き出した照喜の胸を見れば、少年の手がそこから生えていた。血まみれの手が百合のように見える。さしずめ人の肉は土壌、というところか。


「……おまえは、だれだ」


 脂汗を滲ませた照喜の顔は青白を通り越して既に土気色だ。ズブズブと泥から腕を引き抜く時のような音を立てて、白い手がずるりと抜けた。血溜まりの中に膝をつく照喜を見下ろし、黒い少年は嗤う。


「僕はね、人に堕ちた神を探しているんだ。僕の片割れ、僕のすべて。でも、もう見つけたから、君たちは消えていいよ。誰にも僕の逢瀬は邪魔させない」


「……ハルト様」


 ぽっかりと底なしの闇が広がる少年の瞳。それはゆっくりと夏美の方を向き、嘲弄を浮かべてみせた。


「ああ、ラミア。まだ生きてたんだ、しぶといね。」


 立ちすくむ夏美に毒蛇は微笑む。


「死んでいれば、また苦しまずに済んだのに。裏切った仲間に救われる気分はどう? 悔しい? 愚かしい? それとも、喜んだの? 棄てたのに?」


 ぼたりと布団に落ちた一滴の血は、夏美の手から伝い落ちたものだった。小刻みに震えているのは、負荷に耐えかねた身体の悲鳴でもあり、怒りのせいでもある。


「ナツミ」


 前に出てこようとしたイブキを夏美は影の眷属で制す。


「フィーッ!」


「『真朱火蝶まそおひちょう』っ!」


 紅蓮の炎が渦を巻く。


「逃げなさい──」


 熱波が部屋の壁を焼く。煙と炎に視界を奪われ、平衡感覚を無くしたその時、夏美たちは瓦礫と共に天宮の城から放り出されていた。


「イザヤ、待つのですっ! まだ、センセイが中に──!」


「お嬢様、あの方はもう手遅れです! せめてお嬢様は自分の身体だけでも大事にしてください!」


 力を無くしてただ落ちていくだけの夏美の身体をイブキがすくい上げる。


「ごめん」


「……イブキは何も、悪くないよ」


 あの人を救えなかった、と悔しそうに歪んだ横顔は、楓の顔によく似ていた。それから、光希にも。身体を叩く風は生ぬるい。濃厚な血の匂いは嗅覚を狂わせ、吸血種としての本能を刺激する。夏美は生唾を呑み込んだ。紅い瞳が彷徨う様子にイブキの腕には力がこもった。吸血鬼がどれほど血に影響を受けるのか、この目で見たから。


 後ろでは城が炎の舌に絡め取られて、断末魔の悲鳴を上げた。


 吹き飛ばされないよう、地面に何とか足を着けた夏美たちは、目の前に広がる凄惨な光景に言葉を失くす。


 海だ。さざ波を立て、揺れているのは血色の水面。船の代わりに浮かぶものをあげるとすれば、それは刻まれて原型を留めない肉片でしかなかった。


「鬼も、人も、魔族も、みんな──」


 口を押さえた夕姫が顔を背ける。涼はそっと彼女の背中に触れた。


「あなたは誰なのですか!」


 セルティリカの叫びに全員は視線を上へと移す。屋根の上で真白の獣は目だけで微笑んだ。血色の空に鮮血の海、その中の純白は月のように煌々と輝いて見えた。九つの尾を持つ妖狐は口を開く。


「こんにちは。この姿で会うのは初めてね」


「木葉……、木葉なの!?」


 涙声で投げられた夕姫の問いに九尾は鷹揚に頷く。


「ええ。私は篠田しのだ最後の九尾狐」


 ふわりと白狐は屋根から降り、鮮血の海の上に微かな波紋を落とした。けれど、真白の毛並みが汚れることはない。


「……これは、どういうこと? 木葉が全部殺したの?」


「いいえ、私ではないわ、涼。これは呪いに触れた魔族と妖が狂ったあと。そして、殺戮だけがこの場所のすべて。」


 木葉の言葉は侮蔑に満ちていた。この結末を招いたのはお前たちのせいだ、と黒真珠の瞳は言っていた。


 悲鳴が空気を揺らしている。何もかもが無くなるまであと少し。歯を食いしばって、涼は刀に手をかけた。木葉はおそらくハルトの仲間だ。信用できない。そして、もしも、何かが変えられるとしたら、あの黒い少年の陣営を崩すことで始まるはずだ。


「……セルティリカとイザヤさんは魔族を。夏美とイブキは妖を頼んだ。僕と夕姫は……木葉をる」


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