生徒会長
教室にたどり着いた楓は、どさっと腰を下ろした。
はぁー。
軽い溜息が漏れた。意図せずに口が笑みの形を作ってしまう。今の学校が楓を歓迎していなくても、味方でいてくれる人がいる。自分のことを本当に大事に思ってくれる人がいたことは楓を慰めてくれた。だが、それは楓がここにいていい理由にはならない。自主退学はできるのか、木葉に聞いてみようと思った。
しばらくぼーっとしていると、軽い足取りで木葉がこちらに向かって歩いてきた。たんっと両手を机に乗せる。
「なんか考え事? もし私でよければ相談に乗るわよ、高くつくけどね」
可愛いウインクが飛んできた。
「高くつくって……。ボクはいったい何を払えばいいんだよ……? まあ、この学校って自主退学とかできるのかなって考えてたんだけどさ」
楓は先程考えていたことを木葉に尋ねる。目つきを変えた木葉はずいっと顔をいきなり近づけてきた。思わず身体を後ろに引く。
「あるわ、でも、あなたはこの学校から逃げられないし、退学もできないでしょうね。無駄よ、そんなこと考えるのはやめた方がいいわ」
「でも……」
木葉は両手を楓の肩に乗せた。にこりと笑うと、髪の毛がふわりとなびいた。
「光希がちゃんと守ってくれるから大丈夫よ」
楓は微笑む木葉に、光希も楓自身も護衛が嫌だと思っているという事を言い出せなかった。
6時間目は新入生を対象とした部活紹介が、入学式会場となった講堂で行われる。楓は帰宅部を決め込んでいるため、どこにも入る気はない。だが、青波学園の部活にどのようなものがあるのかは気になるところだった。
5時間目終了のチャイムが鳴ると、楓は立ち上がり、講堂に向かうクラスメイトたちにふらふらとついて行く。歩いている木葉を見つけて、喋りながら歩いて行くと講堂はすぐに着いた。
ガヤガヤとしている講堂には席が並んでいたる。木葉によると、自由席らしい。入部する予定のない2人は講堂の後方の座席に腰を下ろしてのんびりと構えておく。
しばらくすると講堂も落ち着いてきて、話し声がちらほらと聞こえるくらいになった。すると舞台に長身の男子生徒が現れ、途端に講堂は静かになる。
「アレが青波学園の生徒会長、天宮清治。この学校のもう1人の天宮よ。直系の子孫ではないけれど、天宮を名のるだけの力があるわ」
木葉はこそりと楓に囁いた。楓は遠くの生徒会長を見た。黒髪黒目の長身。その上優秀さ。楓には無いもの全てを持っていた。楓は鋭い視線を清治に投げかける。次期当主は清治になってほしい。切実にそう願わずにはいられなかった。
鋭い視線を感じて楓は肩を震わせた。誰かに見られている。その視線の方を見ると、清治と目が合った。広い講堂でたくさんの人がいる中、そんなことはありえないはずだ。しかし、楓にはなぜかはっきりとわかった。楓は清治の目をにらみ返す。清治は薄くニヤリと笑みを浮かべて、視線を逸らした。
嫌なヤツだな……。
楓は直感的にそう思った。あまり関わらないようにしよう、と心に誓う。木葉にちらりと目をやって、それから舞台に視線を戻すと、舞台では清治がマイクの前に立って、挨拶を始めるところだった。
「新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます。私は青波学園生徒会の生徒会長、天宮清治です」
講堂がざわめき立つ。中には楓の方を見てから生徒会長を見る、といった行動をする生徒たちもいる。癪に触って、睨んでしまった。そうすると、慌てて目を逸らす者やニヤニヤする者、反応は三者三様だった。
「我が校には、40近い部活動が存在しています。これから始まる部活動紹介をよく聞いて自分に合った部活動を見つけてください。では、アーチェリー部からお願いします」
清治が舞台から降りると、楓は部活紹介を見る気が失せてしまい、目を閉じる。
目を開けると、ちょうど最後の部活がその紹介を終えるところだった。つまりは寝ていたわけだ。
まあ、いっか。
「――これで全ての部活動紹介が終わりました。これからの二週間は部活動勧誘期間なので、色々な部活動の仮入部に行ってみてください」
そう言った清治は一礼すると、舞台から降りた。それを見届けて、楓は立ち上がる。木葉も楓に合わせて立ち上がった。
「木葉はあいつ、えっと、生徒会長とは面識があるの?」
木葉は渋い顔で頷いた。あまりいい思い出ではないようだ。
「まあね、あいつは野心家だから、天宮当主になる気満々だったし……。あの性格からして、気をつけた方がいいわね」
「お、おう」
やっぱり関わらない方がいいヤツだった。
「きっとボクのこと、邪魔に思ってるよね……?」
「ええ、百パーセント間違いなくそうね」
木葉は即答する。そのせいで楓の不安がさらに煽られた。あの表情を見る限り、面倒臭いのは確定だが、木葉が即答するほど天宮である事に誇りを持っているのだろう。
「……君たちは何の話をしているんだ?」
楓は飛び上がって、恐る恐る後ろを振り返る。噂をすれば、だ。生徒会長、天宮清治が立っていた。楓たちはゆっくりと歩いていたのだが、さすがに追いつくのが早すぎる。おそらく挨拶が終わったすぐに真っ直ぐこっちに向かって来たのだろう。ニヤリと歪めた口を清治は開いた。
「君が『無能』か、なぜ天宮の名を騙っているかは知らないが、今すぐやめた方がいい。『無能』が天宮であるはずがないのだから」
勝ち誇った笑みを浮かべて、楓を見た。楓はギリッと歯ぎしりをした。ストレートすぎる。
デリカシーないのかよ!
楓はイラっとして清治を睨む。
「……悪い、ワケあって苗字は変えられないな」
楓は和宏に言われたことを思い出して、直接の理由は言わなかった。タメ口で話したことも気には留めず、清治は、ほう、といった目つきで楓を見下ろす。
「では、その理由を聞かせて貰おうか?」
清治はあえて楓が言わないようにしていたことに気づいていただろう。だが、それを無視して続けた。
「だから、いくら生徒会長って言っても言えないことは言えない。別に力のある天宮は生徒会長だけなんですから、ボクのことを気にする必要はないと思いますよ」
最後の言葉だけ丁寧語を使い、楓は踵を返した。木葉もそのままついてくる。にやにやしながら。
「生徒会長相手にタメ口とか、よくやるわね。少しは遠慮すると思ってたのに」
苦笑いで木葉に返事をする。
「ちょっとムカついた。なんかすっごい嫌いかも、あいつ」
「そうよね、私も昔からあいつの事も見てきたけれど、やっぱり好きにはなれなかったわ。あの性格が軋轢を生むのよね。完璧主義だし。でも本当に完璧ではあるし、有能で実力もある。……それが問題なんだけど」
木葉は眉間に手を当てて、眉を寄せる。
「……って事は、協調性が皆無って事?」
木葉は苦笑いで頷いた。
「その通りよ。昔から、俺について来い、って感じで、協調性なんて一ミリもない。困ったお坊ちゃんよ」
「……そ、そうなんだ」
呆れ気味な楓の前で、木葉はやれやれとため息をついた。木葉がここまで言うのならすごいんだろうと楓は思う。
「……まあ、それ故に頼りにされるっていう面もあるけどね。でも気に入らない人に対しては徹底的だから……」
それであの敵意溢れる視線か。納得だ。確かにああいうタイプが会長などの役職には向いているのだろう。自分には無理だな、と思って、楓は遠い目をした。
一度ホームルーム教室に帰った2人は、荷物を拾いそのまま寮に帰った。その頃には、天宮清治のことは楓の頭の中でゴミとして処分されていた。




