学校初日の試験4
霊力保持量の調査は楓のあと、滞りなく終了した。一番保持量が多いのは、光希、その次が夏美、三番目が神林涼だった。木葉もかなり多い方で、夕姫と夕馬もそうだった。楓は疎外感を覚えた。この学校が優秀な霊能力者達の学校であることを改めて実感した。そして、自分が落ちこぼれであることも。
楓は教室に戻ると、自分の席についた。あと数分で帰りのホームルームが始まるはずだ。楓以外の人は試験が終わった開放感でテンションが上がっていた。明るい楽しげな声が聞こえてくる。その声とは裏腹に楓にチクチクとした視線が降り注ぐ。ちらちら見られている気配も感じる。
楓にはよくわかる。その視線に込められた憐れみと嘲りが、ぐちゃぐちゃになって自分に向けられていることが。
孤児院の頃と同じだ。毎日いじめられていたあの頃と。そういう時は、耳と目を塞いでやり過ごすのが一番大事にならない最適な方法だということを楓はよく知っていた。
「では、さようなら」
帰りの挨拶と椅子を引く音で楓はホームルームが終わったことを知った。ほとんどのクラスメイトがざわざわと教室を出て行った後、楓はのろのろと席を立った。朝より重い鞄を持って教室を出ようとした時、後ろから呼び止められた。
「天宮さん、少しいいですか?」
振り返ると和宏が立っていた。周囲に気を配っていなくて、気づかなかった。
「はい、何ですか?」
和宏は周囲に誰もいないことを確認する素振りを見せた。試験の結果が散々で退学させられるんだ、と、もはや喜びにも近い感情が湧いてくる。そして和宏は口を開いた。
「天宮さんは、特例中の特例です。あなたの成績は霊能力関係ではつかないようになっています」
和宏の意図を汲み取りかねて、楓は和宏の目を覗き込んだ。ポーカーフェイスに隠されて何も読み取れない。ただ、得体の知れないものを感じて楓は息を呑んだ。
「そして、今現在、あなたには霊力がないことがはっきりとわかっています」
はっきりと?
楓の中でその一言が引っかかった。
「どうして、わかっていることをわざわざあんなことをしてクラスに教える必要があったんですか?」
自分の言葉の中にとげとげしたものが混ざっていたことに楓は言ってから気が付いた。教師相手にそれはまずいと思って、慌てて弁解しようとした声は、それよりも先に口を開いた和宏にかき消された。
「必要があったからですよ。あなたは天宮家の秘蔵っ子ですからね。天宮本家の者だということをあまり周りに言わない方が賢明でしょう。あなたには強い霊力が眠っています。そのため、御当主様はあなたを守るためにここに入学させたのです」
にこりと和宏は微笑んだ。楓はその笑顔にさらに警戒を強める。これは信用してはいけない笑顔だ。そう直感した。
「ここじゃなくて、ボク、いえ、私をどこかに閉じ込めておけばいいのでは?」
「それではダメなんです。理由は言えませんけど。あなたはここで無能を演じていてほしいのです。この学校には多くの優秀な生徒たちがいます。その最底辺のあなたにまで注目する人はあまりいないでしょう」
現に凄く注目されている気がするんだが。そう思ったが、楓はさっき和宏が触れるのを避けた話の中に含まれている内容のことかもしれないという予想にたどり着く。
不意に和宏は教室の中のある一点に目を向けた。その視線を追って楓は後ろを振り返ったけれど、そこには何も見つけられない。何かあるのだろうか?
「――というわけです、相川君」
何も無かった空間に光希が現れた。術を使ったのだろう。全く気配がしなかった。戦闘技術に長けた楓を欺けるのはそれくらいしかない。
「相川っ! ずっとそこにいたのか?」
光希は和宏を値踏みするように見た。あまり得意ではない隠形だが、通常の霊能力者には気づかれることはまずない。和宏はそれをあっさりと看破してみせた。
何者だ、こいつ……。
光希は警戒心を強めつつ、楓の質問に答える。
「ああ、初めからずっとだ」
和宏は人当たりの良さそうな笑顔を浮かべた。
「相川君は天宮さんの護衛なんですよね?そう聞いています。ただ、それが他の人間に知られないようにしてください。大丈夫です、僕は君達側の人間ですから」
「お前の目的は何だ?」
光希は訝しげに尋ねた。
「相川君と同じように、これは任務ですからね……」
答える気がないのだと、光希はそう判断した。隣で真剣に和宏を見ている楓をちらりと見る。楓はその視線に気づき、目を一瞬合わせた。
「これで、話は終わりですか?」
楓は和宏に声をかけた。静寂が一瞬訪れる。和宏はにこりと笑った。
「はい。ここで話したことは口外無用ですよ」
教室を後にした二人は無言のまま廊下を歩いていた。光希に何かを聞くのも癪な気もするが、楓は光希に問いかける。
「何かわかったか?」
光希は楓の方を見ずに答えた。
「いや、あいつが天宮に仕えているらしいことはわかったが……それ以外は……」
「かなり武術に長けていると思う。身のこなし方は一般人のように振る舞ってはいたけど、少しそんな感じがした……」
微かに驚きの表情を浮かべて光希は楓を見た。気づかなかった。そんな自分の未熟さに内心苛立ちを感じてしまった。苛立ちを心の奥に隠して、楓に悟られないようにする。
「とりあえず、あいつとは敵対しないようにしないといけないな」
「うん、そうだな。―なあ、相川があそこにいたのって、本当はボクを待ってたから?」
小さな疑問を口にする。光希は楓の目から視線を逸らす。
「別に、佐藤がお前に話しかけに行ったのが気になっただけだ。決して護衛になる事を認めたわけじゃない」
「ふーん、……ボクだって、護衛されるなんて御免だ。護衛なんか、必要ない」
楓はキッと光希を見る。光希も同じように楓を睨んだ。
「……俺もお断りだ」
楓と光希は同時にそっぽを向いた。楓としては、光希も護衛が嫌だと言っているのに安心した。二人とも同じ事を思っているのなら、楓が嫌でいてもいいはずだ。
楓と光希はお互いの方を見ないようにしながら、無言で廊下を歩く。
チラチラと光希を見る。つくづく自分には不釣合いな相手だと思う。五星学園の中でも最高峰の青波学園。その中でも学年一位の実力者。そして、楓は『無能』。明らかにおかしい組み合わせだった。
こんな奴に護衛なんかされたくない。
これが楓の偽りない本心だった。守られたら自分は弱くなる。そんな気がして……。
ボクはもっと強くなりたいんだ。弱くなるわけにはいかない。
楓は拳に力を込める。いつのまにか足を止めてしまっていた。光希の背中は楓の前を止まる事なく遠ざかっていく。光希は足を止めた楓に気づき、振り返る。
「……」
光希は無表情で楓を見ると、再び歩き出した。立ち止まる楓を置いていくように。楓は今の自分には届かないその場所を睨むように見つめた。




