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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第7章〜五星の破砕音〜

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絶界

 光希は足を全力で動かす。更地になりかけた地面に散らばる瓦礫に足を取られないよう気をつけながら、向こうに見える巨大な影に近づいていく。


「っ……!」


 魔獣と刀を交えていた人影が高く弾き飛ばされる。光希は慌ててその方向へ走った。人影は地面に叩きつけられる寸前で体勢を立て直し、土を削りながら光希の隣に膝を着く。


「いったー、今のは結構堪えたな……」


「大丈夫か!?」


 制服が破れかけ、腕から血がポタリポタリと滴らせながらも涼はニコリと微笑んだ。


「まあ、なんとかってところだね……。倒すのはちょっと無理そう」


「一旦、離れよう」


「え? ちょ!?」


 光希は戸惑う涼の腕を掴み、魔獣から距離を取る。魔獣は視力には長けていないようで、首を振って周囲を手当たり次第、威嚇していた。まだ、魔獣を倒そうとしている生徒が残っているのは気になるが、涼に話す方が先決だ。


「聞いてほしい。今、青波学園の頭上に大規模術式が構築されつつある」


「どんな術式?」


 すかさず食いついた涼に光希は淡々と答える。


「青波学園一帯を木っ端微塵に吹き飛ばすヤツらしい」


 一瞬言葉を失い、涼は瞬きをしてから深呼吸した。


「……本当?」


「信じたくないけどな」


 肩を竦めると、涼の顔が途端に変わったことに気づく。理解してからの涼の行動は速い。なら、次に聞くのは発動までの時間だ。


「発動はーー?」


「約4分後。生徒は全員、校舎前に退避して、笹本の結界で耐えることになる」


 今度は涼は硬直することで時間を消費することはなかった。ぱっと走り出し、残っている生徒たちに片っ端から声をかけ始める。


 理解も速くて、本当に頼りになる幼なじみだ、と光希は不謹慎にもそう思った。同時に、幼なじみをも遠ざけていた自分がこんな時にそう思えるようになったのが、どこか不思議な感じがした。


 全部、楓のお陰だな、とふっと思う光希の口元は確かに綻んでいた。


 頭を軽く振って、緩んだ気持ちを振り払う。顔を引き締めて光希は魔獣に向かって走り出す。


「光希! あらかた伝えたよ!」


 涼が光希の隣に舞い戻った。光希も退避の誘導するつもりでいたのだが、すっかり涼が全部こなしてしまったらしい。


「ありがとう。あとは、こいつをここで引き留めるだけだ」


「タイムリミットは、2分ってところだね。……倒しても、もちろん良いんだよね?」


 校舎前に逃げる時間を1分半取っての妥当な時間設定。珍しく涼はやる気だった。


「当たり前だ。行くぞ、涼」


「了解だよ、光希!」


 涼の術式が展開する。一言も発さず、結果だけが現れる。空中に出現した鋭い氷の礫は弾丸のような速度で打ち出された。魔獣は跳んで弾道から距離を取ろうとするが、光希の放った蒼い炎が魔獣の周囲を舐め尽くす。


 がるるるぅ……。


 怒りのこもった唸りを上げる魔獣に氷の弾丸は突き刺さる。鈍った魔獣に向け、光希は呟く。


「『烈火爆散』」


 紅蓮の炎が魔獣の身体を覆い尽くし、鼓膜をつん裂くような大音響と共に爆散する。


「これで刃は通るようになったかな?」


「再生される前に叩き斬るぞ」


 うん、と涼は刀を握って駆け出した。2人が狙っていたのは、刃を通さない強靭な皮膚と剛毛を弱らせること。先ほどの楓と倒した魔獣は、瞬間的に膨大な霊力を放出するという力業で倒したが、それでは霊力の消費が激しすぎる。


 光希は刀を振るう。青みがかった刀身が閃き、魔獣の首を狙いに行く。


「光希っ!」


「なっ!?」


 魔獣の爪が()()()。鈍い光を放つ鋭い爪は、光希の脇を抉る。鮮血が散る。抉られた場所が熱い。痛みが身体を鈍らせる前に、光希は無理矢理、刀を振り下ろす。


「涼! とどめを!」


 舞い散る鮮血に気を取られ、動きを止めかけた涼を促す。


「……っ、分かった!」


 緑色の霊力を纏った刀は魔獣の首を滑らかに切断する。ドサリと魔獣が倒れるのと同時に涼は地面に座り込んだ光希に駆け寄った。


「大丈夫!?」


「……まあ、動けるから、大丈夫だ」


 顔をしかめ、光希は脇腹を押さえて立ち上がる。ぼたり、と血が落ちた。


「大丈夫じゃないよ!」


「そういうお前だって、腕やられてるだろ」


「……う、そうだけどさ」


 痛いところを突かれたとばかりに涼は苦く笑う。


「そんなことよりも、早く帰ろう。みんな、きっと待ってる」


「そんなこと、じゃないんだけどなー」


 何やら言っている涼を置いて、光希は走り出した。地面に足を着けるたびに激痛が走り、脂汗が滲むが、気にしている場合ではない。


 怪我しないと楓とした約束を守れなかったな、と光希は苦々しくそう思った。


 遅れて追いついてきた涼は、校舎前に集まる生徒たちを見て顔を明るくする。


「残り時間はあと1分、いや、2分近く残ってる。良かった……」


「あとは、天宮たちが帰ってきているかどうかだな」


「うん」


 光希と涼は人の間を抜け、進む。背伸びをした涼が人混みの中の夕姫たちの姿を見つけたようだった。


 ***


 光希と涼よりも一足早く校舎前に辿り着いた夕姫たちは天宮清治に声をかけられた。


「笹本。『絶界』を頼めるか?」


「成功させてみせます。ね、夕馬」


「もちろん」


 夕姫と夕馬の2人が揃わなければ発動できない笹本の秘術、『絶界』は成功率が半分程度だ。元々使う機会が無い上に、学園の生徒の命を預かるのは、プレッシャーが大きすぎる。それでも、成功させるのだ。


 時間を作ってくれている楓のためにも、自分のできることをやらなければならない。覚悟を見せるのは、今だから。


「大丈夫、俺たちなら絶対にやれる。楓だって、すぐに来てくれるから」


「うん。私たちは信じるだけ。行くよ、夕馬」


「行くぜ、夕姫」


 頷いた2人は向き合って、両手を繋ぐ。温かい色をした霊力の粒子が舞い始める。目を閉じた2人の霊力は混ざり合って広がっていく。


「我、世の理を変革する者」


「我、神の力を身に受ける者」


「我らの祈りは人の為に」


「我らの願いは託された」


 交互に詠唱される度に、生徒たちの頭上には陣が展開される。


 光希と涼が夕姫たちの姿を見つけたのはその頃だった。光希の目は何よりも先に楓の姿を探す。


「……天宮が、いない?」


 予定通りならば、もうここにいるはずだ。光希は背筋に氷のような冷たさを覚え、身体を硬らせた。光希は構築されかかっている結界の外を気にする仁美に詰め寄る。


「天宮は、どこだ?」


 仁美は瞳を揺らした。光希の目から僅かに目を逸らし、答える。


「……楓はまだ来てない。魔獣は黒い誰かに倒されて、楓はその人と戦ってるの。わたしたちは、先に行けって言われて……」


「ってことは、楓はまだ戦ってるってこと?」


 涼が口を挟んだ。コクリと仁美は頷く。顔に落ちた影が表情を隠してはいるが、想像は容易かった。


「たぶん、そう。楓が苦戦してた魔獣を、その人は一太刀だけで殺した。……楓は、初めから、あの人と全力でも敵わないかもしれないと、気づいてるはずなの。……早く逃げてほしい。でも、まだ楓は来てない。それは……」


 仁美の目からポロリと透明な雫が落ちた。


「あいつは、バカか!? まさか、ここで死ぬつもりか!?」


 思わず叫んでしまって、光希は脇腹の痛みに呻く。それでも、外に向かって歩こうとして涼に強く腕を掴まれた。


「光希! もう時間がないよ! ここで外に出たら、光希までっーー!」


「誰が天宮が死んだって言った!? 今ならまだ間に合うかもしれない! 俺には青龍がいる! でも、天宮には身を守る術なんてないんだ! ここで見捨てたら、俺は護衛失格だ!」


 光希は涼の手を乱暴に振り払う。不安な顔をした涼が弱気な色を瞳に浮かべて叫ぶ。


「でも! 光希だって、そんなに怪我して!」


「それで、天宮は死んでも良いって言うのか!? 守ると誓った! あいつはもっと、幸せになってもらわないと、割に合わないんだよ! あいつはまだ、まだ……!」


 夕姫と夕馬を取り巻く霊力の光が強くなる。詠唱の最後の言葉が2人の口から紡がれる。


「「祈りをここに、願いをここに、世界を隔てるは絶対の世界!」」


 結界が完成する寸前、光希は荒れた地面の先に走り出す。


「「術式展開、『絶界』っ!」」

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