学校初日の試験3
真っ白だ。
数秒前に配られたテストの紙が異常に白く見えてくる。霊能力のテストなんだよな、と夏美たちに聞いたことを思い出す。孤児院は霊能力者だけを集めたところだったが、楓は霊能力について何も教えられていない。
もちろん、才能のある人でないと使えないとか、五星の結界は霊能力によるものとか、そういった基本的なことは知っている。だが術式などそういった霊能力の本当の知識は何もなかった。
楓も少しは気づいていた。
孤児院の人たちが楓に霊能力関係のものを触れさせないようにしていたことには。楓はここに文句を言いたいのではない。文句を言いたいのは、何の予備知識もなく青波学園に入れられたこと。そのただ一点だ。
「初め」
この一言で楓は我に返った。急いで解答用紙に名前を記入すると、問題用紙をめくった。
問一、霊能力とは何か、解答用紙に合うような長さで書きなさい。
解答用紙を見る。2、3行書けそうだ。ん?2、3行?楓が知っている知識を総動員しても、それくらいの長さにすることができない。その問題を捨てることを考えた楓は、問題用紙をざっと全部見てみる。
……わからん
少しそう思っていたが、問一が一番簡単だったようだ。他の問題、全くわからん。
楓はこう見えて実は優等生だ(だった)。中学時代は成績オール5。副教科も全部だ。テストの問題が全部わからない、そんなことはなかった。今の状況はそんな楓にとって初めての体験で、むしろ楓が馬鹿になった、そんな錯覚すら感じてくる。
手が震え、汗が額から滑り落ちる。頭の中がぐるぐると渦巻いて思考することすらできない。視界がぼやけているのは目に溜まった涙のせいなのだろうか。ボクは泣いてない。乱暴に目をこすって、もう一度問題を見る。
何度見ても現実は変わらなかった。テストに絶望した楓は目を閉じた。テストごときに絶望。大袈裟な気がするが、今の楓の気持ちは限りなくそれに近かった。
チャイムは無慈悲にテストの終わりを告げた。楓は目を開けて、自分の答案用紙を見た。そこには完全なる白紙答案が広がっていた。列の一番後ろの人が答案を集めて来る。楓は俯いたまま、答案用紙を手渡した。
「次は、霊力保持量の調査をします。6時間目が始まったら、この教室で着席していてください」
答案の束を抱えた和宏はそう言うと、教室から出ていった。
「はあ…」
楓は溜息を吐き出すと、周りの人の会話にさりげなく耳を傾けた。
「思ってたより、簡単だったー!」
「えー? そう? 難しくない? 私、あんまりよくわかんなかったけど、とりあえず全部埋めといた!」
「お前、できたか?」
「まあまあかな」
楓は周りの会話を聞いたことを後悔した。これでは余計に悲しくなるだけだ。ちらりと光希を見ると、光希は涼しい顔で他の男子生徒たちと話をしていた。光希はあまり気づいていないようだったが、もう既に一部の女子生徒たちに目をつけられているように見受けられる。
「はあ……」
もう一度溜息が溢れる。羨ましいな、そう思ってしまった。この学校では絶対手に入らないものだ。諦めなければ。
気がつくと、和宏が教卓の前に立っていた。6時間目が始まったのだ。
「みなさん、試験お疲れ様でした。これから、お伝えしたように霊力保持量の調査をします。なので、今から実技棟に移動します。僕に着いてきてください」
番号順にぞろぞろと歩く。楓は2番目、光希の後ろだ。空気が緊張しているのに、光希に声をかけるなんてことはできるワケもなく、楓は大人しく歩いていた。もしかしたら、眠れる才能が目覚めるかも、と希望的観測でさっきの絶望を塗り潰す。
教室棟を出て、しばらく歩くと大きな建物が姿を現した。実技棟だろう。和宏は実技棟に入ると、生徒たちを引率して地下に降りた。外の気配を感じない、静かな場所だ。実技室1というプレートが扉にかけられた部屋に生徒たちは和宏を追って中に入った。
楓は部屋を見渡した。五つの機械が並んでいる。それが何なのか、他の生徒たちもわからないようだった。全ての生徒が部屋に入ったことを確認した和宏は扉を閉めた。冷たい床に響く靴音を聞きながら、和宏は五つの機械の内の一つの側に立つ。生徒の意識が自分に向いたことを感じ取ると、口を開いた。
「今から、霊力保持量の調査をします。計測方法はこの機械の前に立って、霊力を流すだけです。それでは、1番から5番の人はそれぞれ計測機の前に立ってください」
楓は光希の隣の機械の前に立った。半分諦め、半分期待して。クラスの人の視線が自分に集中しているのがわかる。チクチクして嫌な感じだ。
「では、初めてください」
静かな和宏の声が耳に響いた。楓はパネルに手をくっつけてみた。何も起こらない。和宏の言葉を思い出す。
霊力ってどうやって流すの?
誰かから感嘆の声が上がった。クラスがざわついている。
何だ?
隣から蒼い光の粒子が流れてくる。楓はその主を探すためにその方向を見た。
光希……?
計測機から霊力が溢れ出していた。キレイ、誰かがそう呟いた。蒼い光に包まれた光希は本当に綺麗だった。
静寂を切り裂いて、電子音が鳴り響いた。光希はパネルから手を離す。
「すみません、エラーしてしまったみたいです」
和宏は計測量を超える霊力保持量に驚きつつも、表情には出さなかった。聞いていた通りだった。
「大丈夫、これでも記録はついているから。だけど、正確な保持量はわからないけどね」
ふと隣を見ると、そこにいたはずの三人の姿が消えていた。どうやら、クラスが光希に夢中になっている間に計測が終わったらしい。楓は自分の計測をしていないことを思い出した。ごくりと喉を鳴らして、パネルに手を置く。
うーん。やっぱりわからん……。
パネルを押したり引いたり、トントンと叩いてみたり、手に力を入れてみたり…。考えうる全ての動作を試してみたが、何も起こらない。光希の計測が終わってからというもの、ほとんどの生徒達の関心は楓に向いていた。時間が経っても何も起こらないのを見た生徒たちの視線は楓にぶすぶすと突き刺さる。その視線に耐えきれずに楓の手足は震え出した。
大丈夫、大丈夫、止まれ、止まれ……落ち着けよっ!
自分を叱咤するも何も変わらない。
「ねぇ、あの子力が無いんじゃない?」
「天宮だろ?力が無いってどういうことなんだよ」
「ありえない…」
「無能力者ってことか?」
「無様ね…」
楓の耳にクラスメイトたちの声が流れてくる。手足の先は氷のように冷たくなっていた。今まで黙っていた和宏はざわついた部屋に響く声で、だが決して大きい声ではない、で告げた。
「天宮さん、あなたには霊力がありません」
楓は唇を噛み締めた。唇が切れて鉄の味が口に広がった。
知っていた、知っているはずだった。でも、心の奥で期待していた、自分にも力があるんじゃないかって。そう期待していた自分が悔しかった。
クラス全員が自分に憐れみと嘲りの目を向けているのを感じる。ああ、孤児院の時に逆戻りか、そう諦める自分がいた。




