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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第7章〜五星の破砕音〜

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毒と妖

 こほん、と照喜がワザとらしい咳をした。


「あー、では気を取り直して実習を始めます。一班を除く班はあらかじめそれぞれで決めた陣形をできるだけ崩さないように戦ってください。いくらここに現れる魔獣が雑魚だとしても、油断は禁物ですよ」


 全員に向けて話してから、照喜の視線が楓たちに向く。


「一班の3人はできるだけ手を出さず、サポートとアドバイス役に徹してください。他の生徒たちには実戦経験を積ませたいので、手を出すとしてもギリギリまで待ってください」

「はーい、分かりました」


 素直に返事をして、楓たちは他の班の間に紛れ込む。


「では、出てきた魔獣を一匹ずつ、各班狩ってください」


 空気がピシリと張り詰める。戦闘の始まりだ。


 クラスメイトから目を離し、楓は草原を見つめた。魔獣の活動時間は種によって違う。つまり、昼だから魔獣が少なくなるとは言えないのだ。


 低い唸り声が聞こえ、魔獣の気配が木々の間から飛び出してくる。標準的なサイズ、ライオンよりは二回り大きいサイズの魔獣。


「行くよ! みんな!」


 真っ先に駆け出したのは夕姫たちの班だった。夕姫の声に夕馬、木葉、美鈴は頷く。夕姫が先陣を切り、美鈴が術式を展開する。


「『凍氷麗華とうひょうれいか』っ!」


 パキパキ……、と緑色の葉が凍っていく音を立てる。そして霜に覆われた地面は魔獣に牙を剥く。鋭い氷の針が無数に魔獣の向かって突き立った。


「行くわよ!」


 木葉の手が弓を撫でると、霊力でできた矢が現れる。一斉に紫電の矢が放たれた。魔獣の背をハリネズミにする。が、魔獣には大したダメージは見受けられない。


「ちょっと頑丈みたいね」


 余裕の笑みで呟いた木葉は夕馬に目配せをして後ろに下がった。


『夕姫っ!』


 夕馬は思念で呼びかける。夕姫はこちらに背を向けたまま頷いてみせた。


「『かまいたち』」


 風の刃が魔獣の足に突き刺さる。赤黒い血が噴き上がり、魔獣の動きが鈍った。


「はぁあああっ!」


 叫び声を上げて跳ぶ。そして、霊力で補強しまくった刀を真っ直ぐ魔獣の首に上から突き立てる。


「ぐがががぁぁあ!」


 軋んだ断末魔の叫びが鼓膜を叩く。一番近くにいた夕姫は顔をしばらくしかめていたが、魔獣が完全に沈黙したことを確認すると刀を引き抜いた。


「いっちょあがりー」

「夕姫、お疲れ様」


 戻ってきた夕姫の肩を夕馬は叩き、美鈴も労いの言葉をかけた。


「お疲れ様でした! まだ魔獣はいるみたいなので、もうちょっと狩らなきゃですね」

「うん、そだね」


 夕姫たちは再び陣形を立て直し、他の魔獣へと向かう。


「今の、どう思う?」


 楓は涼の顔を見ずに尋ねた。


「交流会の時の戦闘経験が生きてるね。僕の指示がなくても、みんなきちんと動けてる。ただ、夕姫の戦闘スタイルには改善の余地があると思う」

「やっぱり」


 自分の考えていたことと同じ答えで、思わず楓はニヤリとしてしまった。意外そうに涼は楓の顔を見る。


「楓もそう思ったんだ。でも、こればかりは夕姫が気がつかないといけないね」

「うん。変えるのは、誰かに指摘されてからじゃなくて自覚してからが良いよ」


 校外教室での夕姫の初戦、夕姫は本来の戦い方ではないと言いながら術式を利用して勝利を収めた。


 夕姫に似合うのは、涼と同じ術式戦闘。


 でも、それは夕姫が自分で気づくべきことだ。あえて指摘はしない。


「じゃあ、また。ボクは他の所も見てくるよ」

「うん、僕もそうするよ」


 軽く手を振り、楓と涼は別れる。


「きゃあああっ!」


 突然聞こえた悲鳴にハッとした。慌てて声の主を探し、声の方へ魔獣と戦う生徒たちを避けながら向かう。


 魔獣の足元で悲鳴を上げる少女を、班員の少年が飛び込んでギリギリで奪取する。


「今だっ!」


 その叫びに応じて他の少女が『かまいたち』で魔獣を斬り裂く。魔獣が血を吹き上げでドサリと崩れ落ち、空気が緩んだ。


「ボクが行かなくても良かったか」

「俺も行かなくても良かったな」

「!?」


 驚いて一歩跳んだ楓は固まって、隣を見る。


「なんだ相川か……、びっくりしたじゃないか」


 光希が少し口角を上げるのが見えたような気がした。


 何笑ってんだよ、と謎に思うのだが……。


「わるいな。悲鳴が聞こえたから思わずここに来てたが、何もなくて良かった」

「ああうん、ボクも安心したよ。そういえば、この実習っていつまで続けるんだ?」


 もはや考えるまでもなく光希は肩を竦める。事実、照喜は何も言っていなかった。流石は何を考えているかわからない担任だ。


「……あの人のことだから分からないな、あはは」


 光希が苦笑し、何かを言いかける。



 ぢぢぢっ。



 視界に一瞬ノイズが走ったような気がした。目に映る映像がブレたような。楓は瞬きをする。光希の顔が目に入った。


「……気のせいか」

「どうかしたのか?」


 不思議そうに自分の目を覗き込む光希の顔が近い。綺麗な顔がすぐ側で、蒼が揺れる瞳が楓を離さない。

 顔がなぜか熱くなった。今度は違う意味で瞬きをし、光希の瞳からそっと目を逸らす。


「ううん、ボクの勘違い。何でもないよ。ここで話してると怒られるかも。またな!」


 とりあえず言葉を並べて茫然とした光希から離れる。背中を向けて、魔獣と戦うクラスメイトたちの波に紛れた。


 これじゃあまるで、逃げたみたいだ。


 適当に適当な理由を並べて、置いていって。自分の胸にある感情から目を背ける。理解してはいけない、と漠然とそう思っているから。


 なぜ?


 頭の中でもう一人の自分が問いかける。


 知ってしまったら戻れないからだ。


 答える。もう一度問いが来る。


 何から戻れないの?


 それは――


 答えられなくなった。口をパクパクさせて、そのまま。



 ぢぢぢっ。



 また視界が揺らいだ。


 瞬きをすれば大丈夫。そう思って、目を数回パチパチさせ、目を開けた。


「……え?」


 ポロリと声が口から溢れて耳に届く。戸惑った声だった。


 まっしろ。草もない。魔獣もいない。光希たちもいない。


「ここは、どこだ?」


 口に出して言ってみるが、白い空間に吸い込まれただけで何の成果も生み出さない。恐る恐る足を動かしてみる。地面の感触があった。


 得体の知れない新物質でなくて良かった、と安心するのも束の間のこと、楓はヒヤリとした感覚に襲われた。


 考えるよりも先に手が動く。虚空を一閃した刀に硬い刃のようなものがぶつかる。


「っ!?」


 マズイ、防御が間に合わない。


 刀を何かで動きを止められ、もう一方からの攻撃を避けられない。刀がギリギリと刃と擦れ合う音を立ててもびくともしないほど、恐ろしい力で抑えられていた。


 鋭い痛みが足を走り抜けていく。


 と、同時に刀を抑えていた力が緩まる。


「きしゃしゃしゃ、これで良かったのぇ?」


 軋むような悍ましい声が響いた。警戒しながら足の状態を確認するが、血が一滴滑り落ちて塞がる所だった。


「ありがとうございます。聞きます。あなたの名前は何ですか?」


 くすんだ桜の色の髪をした少女が紫色の瞳でこちらを見ていた。ここでは見ない、着物に似た服装で、不思議な気配を纏った少女。人間とは何かが根本的に違っているような感覚を覚える。


「……天宮、楓」


 おそらくこの空間を作ったのはこの2人だ。今は大人しくして脱出する機会を待とう。油断なく少女を見つめていると、彼女の隣に異形の何かが現れた。


 昔、絵本で見た妖怪のような形状。ムカデのような身体に上半身だけの女が載っている。百足女むかでおんな、が一番近いかもしれない。そのたくさんある足が鋭い刃物のようになっているのを見ると、楓を襲ったのはこの百足女だろう。


「あまみや、かえで。天宮家の天宮桜の娘ですか?」


 隣で楓に歪んだ愉悦の表情を浮かべてみせる百足女も気にせず、少女は淡々と問いかける。


「はい、たぶん」

「そうですか」

「あの、どうしてボクをこんな所に?」


 ケラケラと百足女が笑った。ぞくりと鳥肌が立つ。


「お主のぉ、正体を探るためよのぉ」


 発音の異様なクセが余計に楓の肌を粟立たせる。息を呑み込み、変に動じてしまわないよう真っ直ぐ2人を見た。


「うむうむ。人間として生きてきたにしては、肝が座っておるわぁ。さすがは半分でも陣内じんないの娘よのぉ」


 桜色の髪の少女は微動だにせず、紫眼で楓を見ているだけだ。


「お主がただの半妖ならぁ、わらわたちもぉ気にしなんだ。ただぁ、天宮との()()()()()はいかんわぁ」


 何を、言っている?


 楓の瞳で渦巻く戸惑いも無視して、百足女は鋭利な足で楓の顔をなぞる。ひっ、と声を上げてしまいそうな声帯を必死で振動させないように息も止めた。


 スゥッと気持ち悪い冷たい感触が頰を動き、首を滑っていく。


「殺してしまわないようにしてください」


 少女の声が一瞬殺気を帯び、黒い短刀が百足女の首を寸分狂わず穿とうとする。


「そんなカリカリするのはようないわぁ」


 のんびりと百足女は口にするが、短刀は既に弾かれた後だった。楓の方をずっと見ていたのに、一瞬も楓から目を離さずに。


 足が首から離れた。


 プハッ。


 苦しさに熱い息を吐き出した。忙しなく鼓動が胸を叩く。冷たい汗が頰を伝う。悪寒に、身体がひとりでに震えた。


「ボクを、どうするつもりですか?」


 ニタリと女の顔が笑みを作る。


「なーんにも。お主はぁ、鬼を見たことはあるかぇ?」

「……いえ」


 質問の意図は不明だが、とにかく答える。自分の命を握っているのは実力未知数の彼らの方だ。


「そうぉ? なら見ているとええわぁ」


 不意に少女の方から力の気配を感じ取る。


 突然視界がクラクラと揺らいだ。身体が熱い。


 ふらつくのを耐えて少女に視線を移すと、少女の頭に燐光を放つ角が2本見えてしまった。


 鬼だ。


 黒い着物を纏った少女は無表情で――。



 ぢぢぢっ。



 空間が歪む。


「っ、はぁ……」


 楓が次に目を開くと、魔獣をほぼ殲滅し終えたクラスメイトたちがいた。さっきまでの景色だった。


「天宮! どこに行ってたんだ、姿が見えなくなって……」


 光希が向こうから走ってくる。どうしてそんなに不安そうな顔をするのだろうか。おかしいな、そんなに遠くに行ったわけでも、そんなに長くいなくなっていたわけでもないのに。


「ほんとに、ボク、どこに行ってたんだろ、う、ね……」


 力が抜けていく。地面の方に引きずられていく身体を誰かの腕が受け止めた。


「おい!? 大丈夫か!?」


 熱いな、と光希が呟く。それで自分の身体が熱いことにやっと気づいた。感覚が麻痺して……。


「これ、毒、かも……」


 そして楓の意識は闇に溶けた。




 ***



「アタリでしたね」


 鬼の少女はボソリと口にした。百足女は唇を舐める。


「妖でなければぁ、あの毒は効かないんよぉ。あれはドンピシャだったわぁ」

「殺さないでください、と何度も言っていますが」


 少女は自由に喋る百足女を咎めた。


「守っていればいいんよぉ、ハル。すこぉし、熱と痛みに襲われるだけ。陣内の血ぃなら、簡単には壊れなんだ」

「そうですか」


 ケラケラと愉しそうに女は笑う。ハル、と呼ばれた鬼の少女は静かに溜息を吐いた。

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