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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第7章〜五星の破砕音〜

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魔獣クッキングのお時間です

「はーい、皆さん! 今日はー、お待ちかねの校外実習でーす!」


 やけにハイテンションで教室に入ってきたのは、担任の火影照喜、もとい、佐藤和宏だった。


「……そんなのあったっけ?」


 ざわざわとクラスメイトたちが困惑しているのがありありと伝わってくる。もちろん楓も例外ではなく、ポカーンとして眩しい笑顔を振り撒く照喜を眺めた。


「あれ? 言ってませんでしたっけ?」


 つっこみたいのはこちらの方だ。


 照喜の惚けた顔と声に、クラスの全員の目が呆れと懐疑がい交ぜになった。


「ではでは、言い忘れていたようなので今から説明をします。聞き漏らさないように気をつけてくださいね。死んだら苦情は校長に。……あ、死んでしまったら苦情も言えませんね、あははははー」


 寒い冗談だ。全くもって笑えない。

 クラス全員、思わず顔を引きつり笑いに変えてしまった。


「さて、本題に入りましょうか。今日は、A組の皆さんに実戦経験を積んでもらうべく、五星の外に行くことになりました」


 つい先程の困惑とはまた別の困惑が空気を染める。楓もゴクリと息を呑み込んで続きを待った。


「3年生から実習が始まり、やっと1年生にも順番が回ってきました。本来なら結界の外での実習は2年生からなんですが、こう世間が物騒だと1年生にも実戦経験を積ませないと、ってなりましてねー」


 微笑みながら照喜は楽しそうにペラペラと喋る。


「皆さんも知っての通り、主に私たち霊能力者の戦闘では、3人から5人までの組で戦うことが多いです。なので、今回の実習も実践に限りなく近い形で行います。今から班を発表するのできちんと聞いておいてくださいね。この班は、相性、人間関係、できるだけ踏まえて考えられています。その意味をきちんと理解してほしいですね」


 どういう意味だろうか。


 楓は考えてみる。班での戦闘は連携が必須だ。人間的な相性もそうだが、何よりも大事なのは戦闘技能の相性だ。


 待てよ? 


 頭の中で、待ったがかかる。それなら、楓は誰と組まされるのだろうか。


「それじゃー、行きますねー!」


 のんびりとした緊張感のない声に頭を机にぶつけそうになった。恨みがましくジト目で睨んでみるが効果はなく、ただとてもにこやかに微笑まれただけだった。


「まず、一言お断りしておきますが、班同士の実力差はもちろんあります。相性の関係もありますからね。文句は言わないでくださいね」


 ごもっともな前置きだ。さて、一体どのような班を発表するか。


「一班は相川くん、天宮さん、神林くん」


 楓の目が点になった。Sランクだけで構成される班など、滅多にあるものではない。その上、他の班との実力差がとんでもないことになる。


 照喜にしては真面目な前置きだったと思えば、そういうわけなのだろう。


 恐る恐る他のクラスメイトたちの顔色を窺うと、羨ましそうな視線やら(おそらく強すぎる二人に付けられたことへの)憐みの視線やらとぶつかった。


 はぁ、と楓は溜息を吐いて頬杖をつく。目立つことは避けられないらしい。


「二班、笹本さん、笹本くん、下田さん、水源みなもとさん」


 わ、わたしですか!? 、と困惑して目を回す美鈴がいた。交流会の時、一緒に戦った縁でこの班になったのだろう、と容易に想像ができる。


 そこまで聞いて、楓の意識は班発表から逸れていく。ポーッと爽やかな青空を眺めて、時間を過ごす。


「はい、じゃあ皆さん、武装もって。行きましょー!」


 ……この人は一体どこに遠足に行くのだろう。


 頭がお花畑で覆われている模様の担任に呆れながら、楓は他の生徒同様立ち上がった。



 ***


「まさか、僕たちが一緒の班になるとはね」


 楓たちはバスから降り、五星の境界地点まで歩いている。班の順番で並んでいるので、自然と周囲はいつものメンバーで固められていた。


「離されるかと思った。明らかにアンバランス過ぎる」


 そう言いつつも光希は少し楽しそうだ。実を言うと、楓も少し嬉しい。気の知れた二人と同じ班で良かったし、相手が魔獣なら足を引っ張る心配もない。


「真面目な実習だって分かってても、なんか楽しみだなー」

「うん! 無限に湧いてくるわけじゃないし、みんなもいるし、先生……もいるし!」


 先生と言いながら目が泳いだのは、遠足に行く気満々の照喜を思い出したからか。


「みんな、豊富な戦闘経験を積んでるから、苦戦することはないはずよ」

「おう! 俺も頑張るぜー! 水源さんも頑張ろうなー!」


 夕馬が突然美鈴に話を振ると、ぴょこりと眼鏡の少女が跳ねた。


「あ、あ、あのっ、はいっ! 私も皆さんの足を引っ張らないよう、が、頑張ります!」

「うん、頑張ろ! 美鈴!」


 緊張をほぐそうと楓は明るく笑いかける。


 ちなみに、実戦経験の少ない他の生徒たちは、遠足にでも行くようにワイワイとしている先頭集団に完全に気後れしていたのだった。これが実力者たちの余裕か、と。


 五星の境界に近づいているため、だいぶ視界から建造物が減ってきた。畑、田んぼ、森、それから原っぱが点在し、田舎道を楓たちは歩いている。かれこれ5分くらい歩いたはずだ。ということは、あと5分で境界に着く。


 孤児院の近くか……。


 楓はふとそう思う。もう関係ない話だが、それでも気にせずにはいられなかった。


「なんか後ろが遠いけれど、気のせいかしら?」


 木葉が呟く。全員、照喜含め、振り返った。確かに三班以降の生徒たちが遅れている。


「遅れてるね。ちょっとその辺で止まろうか」

「……遅れているんじゃなくて、皆さんが速すぎるんですよ」

「な、なるほど! そうですか!」


 ポンと照喜が手を叩く。

 美鈴が言うまで誰も後ろのクラスメイトたちを置いてきたことに気づかなかったのだ。


「皆さん、相変わらずですね……」


 楓たちがツッコミ不在の非常識グループだったことを思い出した美鈴だった。


「はーい、着きました!」


 明るくにこやかに照喜は言って足を止めた。


 結界の境界地点であることを示す立札があり、その先が人の命が容易く消え去る空間だと示している。


 この先は人ならざるモノたちの領域だ。


 照喜の顔から笑みが消えた。


「ここからは班で固まって、バラバラにならないようにしてください。いくら私や相川くんたちがついていても、万が一ということは十分ありますから」


 その言葉に、楓たちも表情を引き締める。楓たちにも例外はないのだ。下手をすれば死ぬ。そういう世界。狂った世界の一端だ。


「では、行きますよ」


 誰かがゴクリと息を呑み込む。楓は指先で軽く刀に触れた。


 全員で境界を超える。


 変化は明らかだった。目に見えない境界の外の空気はどこか寒々としていて、魔獣の気配が風に乗って届いてくる。


 今まで五星の外で生きてきたのだから、何も動揺することはない。だが、空気の違いを一瞬で感じるほど、楓は五星の中の青波学園に馴染んでいたのだ。


 それにしても、前よりも魔獣の気配が濃い。


 がるるるる……。


 鼓膜を震わせるのは低い唸り声。


「一班、見本を見せてくれますか?」

「天宮、」

「楓、頑張って」


 光希の視線が行けと促す。涼はにこりと微笑んだ。この程度なら、一人で十分事足りる。


「了解!」


 叫びながら楓は刀の柄に手を滑らせ、駆け出す。涼と光希は楓の背中を見送った。


「あのー、連携の見本を見せて欲しかったんですけど……」

「先生なら分かると思いますけど、あの3人が連携を組んで戦えば、この辺りは更地になりますよ? それでは、他の生徒たちの実習ができないでしょ?」


 木葉がニヤニヤと照喜に助言(?)をする。それもそうですね、と彼はコクコクと頷く。その様子に美鈴は人知れず溜息を吐いた。


 首をもたげた魔獣が駆ける楓の姿を捉えて咆哮する。


 ポニーテールが揺れ、低い体勢で少女はジグザグと魔獣の爪を避けて一陣の風と共に駆け抜けた。


「ふっ!」


 息を吐きながらの一閃。魔獣の身体に線が走り、一拍遅れて赤黒い血飛沫が上がった。


 沈黙が生徒たちの間に降りる。誰も言葉を発しない、否、発することができなかった。


 ……何か間違えた?


 楓は沈黙するクラスメイトを見て首を傾げる。


「あ! 真っ二つじゃなくて、みじん切りが良かったんですね!」


 思いついたが、反応が芳しくない。


 どうやら違うらしい。


「えっと、それじゃあ、千切り? いちょう切り? 短冊切り!」


 寒々しい気配がした。

 クラスメイトの視線がなぜか痛い。

 肩を震わせて笑い出すのを堪えていた木葉がとうとう噴いた。


「魔獣クッキングしないで……、天宮さん」


 ブフッ、と堪えきれずに照喜が噴き出して肩を震わせて笑い始める。光希と涼も顔を背けて震えているのは気のせいではなさそうだ。


「え? どういうこと? ……?」

魔獣は食べてもおいしくありません。

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