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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第6章〜緋色の吸血姫〜

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番外編 ヨルの好物

 気持ちの良い朝だ。と、いっても時刻は既に9時を回っている。いつも早起きな涼にしては、寝坊だった。


「うーん」


 伸びをしてベッドから降り、眩しい日差しが差し込むカーテンをシャッと開け放って太陽の光を全身に当てる。それだけでボンヤリとしていた頭がスッキリしたような気がした。


 辺りを見回すと人の気配はなく、同室の住人は既に部活に出かけたのだろう。爆睡している涼に気を遣ってカーテンを閉めたままで。


 今日が授業のない日曜日で良かった。


 遅刻も考えなくてもいいし、他の生徒のことを気にしなくてもいい。


 夏美がいなくなってから、もう一週間が経った。荒木家の当主が死んだ、というニュースは秘匿できるものでもなく、天宮家の発表は霊能力者全てへ通達されている。おかげで、涼たちは周囲から様々な目で見られることになった。


 それは例えば、同情。

 仲間を失くしたことを憐む目。


 向けられる感情のほとんどはそれだった。一方、一部は冷たい目を向けられることもしばしばだ。


 荒木夏美への疑惑や噂は静かに流布していた。あまりにも幼すぎる当主、それだけで人は粗探しをする。


 荒木家を滅ぼした、か……。


 もしそれが真実だとしても、夏美が悪意をもってやったのではない、と涼には断言できる。


 夏美は、優しい少女だから。

 その一点だけは譲れない。



 そのまま、寝間着のままでいるのもそろそろ気になってきた。服を考えるのも面倒くさいので、いつも通りに制服に着替える。


 まだ1年も経っていないのにだいぶヨレヨレ。この半年間の濃密な(戦闘)経験を物語っている。


 ……思えば自分もたくさん怪我をしたな、と。


 そうして一人で苦笑いした時だった。


 こつんこつん、こつ、こつつ、こっこっこ。


 どんどん激しくなる硬質な音に、涼は慌てて窓を見る。誰かは分からないが、このまま続けられると財布から窓の修理代が飛んでいきかねない。


「……ヨルか」


 ひっきりなしに窓をくちばしで叩きまくっている黒い鳥に、思わず笑みが溢れる。その間にもヨルは容赦なく窓を突っつき続けるので、窓を開けた。


 黒い艶やかな羽を広げ、烏はふわりと部屋の中に降り立つ。つぶらな瞳で辺りを見回し、それから涼の方を向く。


 涼だけが部屋にいるタイミングを見計らってやって来た……とか?


 思ってから自分で否定する。いや、まさか。だが、ヨルはとても賢い。どこまで人の言葉や行動を理解しているか分からないが、いつも呼ぼうとした時には近くにいる。


「それで、ヨルは何か用でもあったの?」


 キョロキョロと愛らしい動きで辺りを見ていたヨルがぴくりと反応した。ちょこまかと歩きながら、涼の机に飛び乗ると引き出しをつつき出す。


「かつおぶし、だね」


 烏のくせに、というのも少し変かもしれないが、ヨルの好物はカツオブシだ。いつもその机に適当に突っ込んであるのをヨルは覚えていたらしい。


 引き出しを開けてカツオブシの袋を出すと、綺麗に空っぽだった。


「ごめん、また今度でいいかな?」


 すっからかんの袋を振ってヨルに尋ねる。ヨルは無言で頭に飛び乗ったかと思うと、カァカァカァカァと抗議の声を上げて涼の髪を軽く引っ張り始めた。


「い、痛い痛い、分かったから、買ってくるから、ストップストップ!」

「かぁ?」


 確認でもしているつもりか、ヨルは首を傾げる。


「買ってくるよ、約束」

「くわぁっ!」


 満足そうに返事をし、黒い鳥は開いた窓から華麗に飛んでいった。


「……外出るか」


 思わぬ外出予定ができたのだった。



 ***



 涼は部屋を出て購買に足を運んだ。しかし、学校の購買はそういう調味料や具材は売っていなかった。多くの生徒は、涼自身も、食堂で食事を済ますので、購買の需要は小腹を満たすこと。自分で料理をするための素材は需要がないのだ。そもそも、部屋にはキッチンもない。


 と、いうわけで学校の敷地外に出張だ。


 近くのスーパーに着くと、惣菜売り場を真っ直ぐ通り過ぎてカツオブシを探しに行く。


「かつおぶし……」


 呟きながら棚を上から下に眺め、下の方に並んでいたカツオブシを発見する。脇目も振らず、とにかく買い溜めだ。すぐに買いに行かなくて済むように買い溜めする。


 学生がカツオブシだけを胸に抱えるほど買い込んでいるのは妙な光景だろう。想像しながら笑いそうになった。


「……あれ? 涼?」

「っ!?」


 突然背中から声をかけられてカツオブシが飛んでいきそうになる。アワアワしながら宙を舞いかけていたカツオブシの袋を抱え直し、いつもの笑みを張り付けて振り返った。


「……夕姫っ!?」


 アホ毛がぴょこんと動いたのが夕姫の返事になっていた。夕姫は涼が取り損ねたカツオブシの袋を拾って手渡す。


「ありがとう、ごめん、拾ってもらっちゃって」

「どしたの? こんなところで?」

「えっと、かつおぶしを買いに来たんだ。夕姫は?」


 夕馬と一緒にいるのかと思いきや、連れはいないように見える。カゴも持っていないことだし、理由が不明だ。


 少し照れながら夕姫は答える。


「お菓子の買い出しだよ。三人部屋になってから、減りも早いしさ」

「そっか……。付き合うよ、買い出し」


 同室の夏美がいなくなり、夕姫は一人になった。寮監の配慮で楓、木葉、夕姫の三人は同じ部屋になったのだ。


「あ、ありがとう」


 はにかんだ笑みを浮かべ、夕姫は元気よく頷く。


「それで、カツオブシは何のために? カツオブシだけで料理するわけじゃないよね?」

「かつおぶしはね、ヨルの好物なんだ。今朝も欲しいって言われたんだけど、切らしてて」

「カラスなのに?」

「うん、変わってるでしょ」


 夕姫は明るく笑う。それだけで最近沈みがちな心は軽くなった。


「こんな所で会うなんてビックリだよ」


 言いながら夕姫は両手いっぱいにお菓子の山を築き上げていく。女子というのはそれほどまでにお菓子を消費する生き物なのだろうか。少し気にならなくもないけれど、夕姫が楽しそうだからそれでいいか、とも思う。


「僕も、まさか誰かに会うとはね。購買にもお菓子、売ってるんじゃないの?」

「そうだけどー、気分転換も兼ねてだから! それに、まだ周りの目もちょっと気になるし」


 夕姫の手からポロリと溢れたお菓子を捕まえ、涼はそっとお菓子の山に戻す。


「やっぱり、本家だけの通達だった、っていっても広がっちゃうものなんだね」


 呟く。荒木夏美が反逆したことは、今でも公にされていない。あくまで彼女が死んだのは事故、そういうことになっている。誰も信じていないが。


「……そうだね」


 夕姫の沈んだ声にハッとして、涼は努めて明るく微笑んでみせた。


「さ、会計しよう」

「うん」


 少々偏った買い物を終え、帰ろうとする夕姫を涼はなぜか引き止めた。なんとなく、まだ話していたくて。自分の我儘わがままかもしれなかったが、夕姫はすんなりと頷いてくれたのは少し嬉しかった。


 スーパーマーケットから少し離れた河川敷の階段に二人で腰を下ろす。


「おいで、ヨル」


 バサリ、と翼の音が聞こえ、烏が一羽空から舞い降りてくる。


「かぁ、かぁ」


 涼の肩に止まったヨルは夕姫をチラッと見てからレジ袋に感心を移した。


「かつおぶし、ちゃんと買ってきたよ」

「くわぁっ! くわぁっ!」


 バサバサと羽を揺らし、飛び降りる。カツオブシを撒くと、ヨルはそれを夢中で啄み始めた。


「可愛いなぁ……、ヨル」


 夕姫は頬を緩ませていたが、ふと疑問を口にする。


「ヨルって、涼が飼ってるの? 籠とか持ち歩いてないよね?」

「飼ってる、って言うと嘘になるかな。僕もヨルを世話をしているわけじゃないんだ。ヨルはいつからか僕の側にいて、使い魔として働いてくれてる」


 隣でカツオブシをつつくヨルの頭をそっと撫でる。ただの野鳥にしては滑らかで綺麗すぎる羽の感触だった。


「不思議だね。ヨルは主人に涼を選んだんだ」

「そうだと嬉しいな。ヨルはどこに住んでるのかもわからないし、どうやって必要としている時にやって来てくれるのか、謎が多いけどね」

「そっかー、なんか良いな。私も動物に好かれたいー! いつもなぜか逃げられちゃうからさ」


 残念そうに言う夕姫だが、目を爛々と光らせて手をワキワキさせる人間を動物が怖がるのは当たり前なのだ。……本人は全く気づいていないが。


「ヨル、」


 涼の声に烏は頭をぴょこりと上げた。色々察したみたいで、夕姫の方に近づいていく。


「わわわっ!?」


 夕姫の膝の上に飛び乗ったヨルはそこで座った。夕姫の顔が驚愕から緩んだ顔に早変わり。恐る恐る指を伸ばして引っ込めて、それからそっとヨルの頭に触れてみる。


「ふわふわすべすべ……」


 至福の笑みを浮かべる夕姫の姿に、涼は微笑む。


「よかった、夕姫の笑う顔が見れて」

「!?」


 夕姫の手がヨルから離れた。


「……みんな、最近元気がないから、心配で。だから、その……」


 言葉を掴み損ねて、涼は黙り込む。何が言いたかったのかが自分でも分からなくなってしまった。


「僕は……、怖いんだ。みんながいなくなるのも、傷つくのも……怖い」


 しばらくしてから自分の口から溢れたのは弱音だった。


「ごめん、こんな弱音を吐いて。どうしてかな、夕姫の前だからかな……?」


 思考がこんがらがって、涼は顔を折り曲げた膝に当てる。きっと今の自分は弱気な顔をしているから。いつものように笑えていないだろうから。そんな顔を夕姫に見られるのは嫌だ。


「いいんだよ、涼。……平気なフリをしなくても」


 優しい声に顔を上げる。

 夕姫は河を眺めていた。キラキラと光を反射しながら穏やかに浅い川は流れる。


「楓たちの前だから、弱音は吐けないのも分かる。私もできないから。でも、誰にでもそうじゃなくてもいいんだよ。光希には楓がいる。夕馬にも、仁美ちゃんがいる」


 夕姫の視線が河から離れて涼を捉え、離れ、揺れる。


「涼には……私が、いる……から。私になら、いいから、……その、弱音も、私が聞く、から」


 涼は目を見開いた。夕姫は真っ赤な顔をしていた。茹でダコみたいにきれいに真っ赤。


「ありがとう、夕姫」


 優しく名前を呼んで真っ赤に染まった頬っぺたをつつく。


「にゃっ!?」


 変な声を出して硬直した夕姫に涼は言う。


「ふふっ、なんか元気出たよ。本当にありがとう。僕もいつでも夕姫の力になるよ、約束」

「……うん、ありがと。約束、だから」


 いつのまにかカツオブシを綺麗に平らげたヨルはもういなくなっていた。ここで涼が夕姫に会うのを見越していたような、そんな気さえしてくる。


 でも、ヨルのおかげかな。


 そう思う。立ち上がりながら、夕姫に声をかける。


「帰ろうか、楓と木葉も心配しちゃうよ」

「うん」


 まだ火照りの止まない顔を隠し、夕姫は頷いた。



 ――二人の距離がもっと近づくのはまだもう少し先のことだ。

番外編と言いつつ、微妙な進展がありました。

甘々回ですね。


実はヨルにも色々事情があります。

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