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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第6章〜緋色の吸血姫〜

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決意と失踪

「……夏美、大丈夫かな」


 楓は頰をテーブルに押しつけて呟いた。ひんやりとした感触が心地よいが、周りのガヤガヤとした音でそれも半減している。


「僕も心配だよ……。今日、朝しか姿を見なかったし」

「ご飯の時も、一回部屋に帰った時も、見てないな」


 夕姫が頬杖を付き、もう一方の手でテーブルをなぞった。ぐるぐると一定の速度で描かれるマルが夕姫の精神状態を暗示しているのは明白だった。


 結局、夕食の後に全員で顔を合わせてから、夏美のことが気がかりで、再び食堂に集まったのだ。寮は棟が男女で分かれているので、最終下校時刻後に男女で集まれる場所は実質ここしかない。その為、食堂はあらゆる生徒たちの溜まり場と化しているのが実態である。


「うーん、やっぱ、どうして荒木さんが狙われるか、よくわかんねー」


 クシャクシャと頭をかく夕馬だが、確かにその通りだ。


 五星の礎を壊したのが理由だとしても、イマイチ決定打に欠ける。それなら、木葉だってその場に居たはず。


「ボクも分からん……。前に紫陽花学院の生徒会長さんが何か言ってなかったっけ? ボク達の方を見て、ワケありって。ボクと相川と木葉が言われるのは分かるけど、夏美は?」


 空気が凍った。


 何か触れてはいけないものに触れてしまったかもしれない。楓は恐れながら、涼たちの顔色を窺う。


「……そうだね」

「公式なものじゃないし、ウワサみたいなものだから……」


 自信なさげに夕姫は目を伏せた。


「夏美には、噂があるんだよ、確証もないし、証拠もないけど。夏美が荒木家を滅ぼしたんじゃないか、って」


 言いにくそうだった涼の言葉に、楓は目を大きくする他なかった。


「え? どういうこと? 夏美はそんなことしないぞ?」

「まあー、俺たちもそう思ってるぜ。そもそも、荒木家が襲われた時、荒木さん自身も大怪我を負ったらしいし」


 困惑や不安な空気を断ち切ろうと、夕馬がのんびりと言う。その意味に気づかなかった者はなく、自然と噂の話は消えていく。


「ねぇねぇ、涼。光希はここには来ないの?」


 ふとした夕姫の呟きに全員がハッとする。


「光希、ちょっと前に部屋を出た時、すぐに戻ってくるから、みたいなことを言ってたはずだけど……、来ないね」

「さすがにもう30分以上経ってるし、おかしいかもしれないな」


 楓は顎に手を当てて首を捻る。


「まさか、相川誘拐事件みたいなアホなことは無いよな?」

「……あはは、まさかー」


 涼がぎこちなく笑い、夕姫と夕馬も苦笑いをした。その様子に楓はとても心配になってくる。酒を飲ませたら光希は弱体化するので、意外とありそうな話で怖い。天才の思わぬ致命的な弱点だ。


「どうかしらねー」


 突然、上から声が降ってきた。楓たちは全員ビクリと肩を震わせ、上を見る。それが木葉だったことに安堵して、同時に発言の不可解さに怪訝な顔になる。


「どういうことかな? 木葉」


 ふふっ、と木葉は控えめに笑って口を開いた。


「あなたたちにとって、良くないニュースを持ってきたわ。最悪、と言ってもいいかも」

「勿体ぶらないで教えてよー!」


 夕姫の抗議に頷いて次に木葉が言ったのは、想像以上に最悪なニュースだった。


「夏美が動いたわ」

「どういうことだ? それは、……夏美が敵としてってことか?」


 不安になりつつ木葉を見つめると、木葉は目を見開いて驚いたような表情をしていた。


「分かっちゃうのね」

「つまり、それは、荒木さんが本当に天宮家に逆らったってこと……?」


 夕馬が楓の考えたことをそのまま口に出し、涼の顔からはいつの間にか微笑みを消えている。


「そう。荒木夏美は天宮家に逆らった。既に、春日井家がその始末に向かったわ」

「木葉。君は僕たちに何をさせたい?」


 鋭く涼の声が飛んだ。木葉の唇が弧を描く。


「止めるなら、今よ」


 重い沈黙が一瞬流れ、楓たちは目で意思を伝え合う。


『行く気?』


 夕馬が問う。


『もちろん』


 夕姫は頷く。


『夏美を守りにいく』


 楓が瞬きをし、涼は頷いた。


『行こう』


 木葉に向かって楓たちは覚悟を決めた顔を向けると、満足そうに彼女は微笑んだ。


「行くのね。いいわ、私は止めないし、むしろ応援してるわ。ただ、私は行けない。天宮家の方の仕事があるから」


 あと、と木葉は付け足す。


「春日井と合流しなさい。春日井は、既に夏美の居場所を見つけているわ」


 感謝を告げる前に、木葉は背を向けて歩き出していた。風のように言いたいことだけ言って去っていく。まさに木葉らしい。


 とはいえ、一体どうやって春日井家と合流したものか。教えてくれなかったので、楓たちが探すしか無いようだが。


「春日井家、どうやって見つければいいのかなー」

「春日井先輩を探してみるのが一番かもしれないね」


 涼の名案に全員で目を輝かせ……。


「春日井先輩、寮の部屋も分からないし、連絡先も知らないし」

「大丈夫だよ、楓。僕には優秀な相棒がいるからね」


 得意げに涼はニコリと笑う。いつも落ち着いた彼にしては少年らしい、無邪気な笑みだった。


「とりあえず、外に行こうか。ここじゃあ人目につきすぎる」

「そうだね! ヨルもここには来られないだろうし」


 夕姫は明るくそう言って、勢いよく外に飛び出していく。


「ゆ、夕姫!? そっちはガラス……」


 涼の制止は間に合わず、夕姫はハデにガラスに飛び込んだ。ばぁん、となんとも痛々しい音がして、潰れた夕姫がズルズルとガラスを滑っていく。夕馬が顔に手を当てて呻いた。


「……アホだぁ」

「アホだな……」


 楓もその呟きには同意せずにはいられない。夕馬と思わず顔を見合わせて忍び笑いをしてしまった。

 そんな二人とは反対に、涼は静かに立ち上がって夕姫の側に駆け寄る。


「大丈夫? すごい音がしたけど……」

「イッテテテ……。大丈夫大丈夫!」


 真っ赤になった鼻を押さえて夕姫は笑顔を見せた。面白い表情に涼が笑い声を漏らす。


 ただ、ここは人が多い食堂。

 密かに女子生徒に人気がある涼が女の子と笑い合っている場面は、かなりの人数に女子生徒にショックをもたらしたことだろう。翌日には妙なウワサが立つこと間違いなしだ。


「まあまあ、とにかく食堂出ようぜ」

「目立ちまくりだし」


 遅れて夕姫の側に向かった楓たちは、涼と夕姫を引っ張るようにして外に連れ出す。無駄にできる時間は無いのだ。


「ヨル、おいで」


 涼の呼びかけに応え、暗闇に閉ざされた空からバサリと羽音が聞こえた。黒い影が滑空し、優雅に涼の腕に止まる。


「やっぱり綺麗なカラスだよね、ヨルは」


 夕姫の目は黒い鳥に注がれて離れる気配がない。


「……え? もう見つけた? 春日井先輩を?」


 ヨルと何やらやり取りをしたらしく、涼は目をパチパチさせていた。


「ヨル、仕事早いな」


 楓も感心して、ヨルを見る。すると、黒い鳥は得意げに胸を張っているように見えた。あたかも


 ふふん、どうだ!


 とでも言っているみたいだ。可愛らしい。思わず全員頰を緩ませ、ほのぼのとした空気が漂い始める。


「みんな、すぐに行くよ。春日井先輩はもう学校を出ようとしてる」

「ほぇっ! そうだな、行かなきゃ」


 意識を現実に引き戻され、楓は妙な声を上げる。そのまま、楓たちは駆け出した涼を追って走り出した。


「武装はしてるよね?」


 涼が走りながら尋ね、楓は頷く。


「私たちも準備は万端だからね!」

「早く行こうぜ!」


 力強く答える夕姫と夕馬はもちろん心強いのだが、楓には腹に穴が空いたようなスカスカした感覚が付き纏う。


 そこで気づく。


 光希がいないのだ。


 違和感の正体を自覚してしまうと、余計に胸の空虚さが身に染みる。風の寒さが途端に気になり出した。


 こんなことに気を取られている場合ではない……!


 ぶんぶん頭を振り、ここにはいない誰かさんのことを一回脳内から追い出す。一瞬、涼と視線が交差したが、笑って心の揺らぎを隠した。


「春日井先輩っ!」


 校門の所まで来た時、ちょうど門から出ようとする人影が視界に映り込んだ。楓が叫ぶと、人影は驚いたようにピョンとウサギのように飛び跳ねた。


 間違いなく春日井舞奈。


 面白い反応の仕方に楓は正しい人に声を掛けたのだと確信を持つ。舞奈は立ち止まってこちらを鋭く見た。


「あなたたち、どうして……って、まあ、そうなるかぁ」


 すぐに顔ぶれを認識し、舞奈は少し呻くようにそう言った。即座に理解したのだろう、なぜ楓がこうして彼女に会いに来たのかを。そして同時に罪悪感を感じただろうことは、苦虫を噛み潰したような顔から見て取れた。


「と、いうわけで、私たちも連れて行ってください! 春日井先輩!」


 全く面識の無いはずの夕姫が大声で頼み込んで頭を下げる。慌てて楓もそれに倣った。


「ボクからもお願いします!」

「お願いします」

「頼みます!」


 後輩たちに頭を下げられた舞奈はしばらく茫然とした後、頷いた。


「……ふふふん、後輩に頼まれたとあれば先輩として応えてあげなきゃしょうがないよね」


 先輩風を吹かせつつ、舞奈は頰を緩ませる。


「「「「ありがとうございます!」」」」


 快い返事に感動した楓たちはバッと勢いよく頭を下げた。本当は拒否されることを予想していたので食い下がる気満々だったのだが、思いの外、春日井舞奈はチョロかった。


「……となると、早く行かなきゃいけないね。私も荒木さんが反逆者だなんて信じられないし、もし仮にそうだとしたら天宮家に始末されちゃう前に助けたい」


 大切な御当主様だからね、と呟いた舞奈の声には尊敬の念がこもっていた。きっと、夏美を頼りにしているのだろう。そしてそれだけ夏美は大きな存在だということだろう。


「お父さんからの連絡によると、都市部のホテルの監視カメラに映ってたみたいだからそこに向かうよ」

「了解です! 先輩!」


 夕姫はすっかり舞奈を載せる係になっている。楓は少し苦笑いをして走り出す。


「ところで相川くんはいないの?」

「……失踪しました」


 涼がなんとも言えない顔で一言答える。すると舞奈は目と口を大きく開いて叫んだ。


「えええええーっ!?」

夕姫はやっぱりアホです。

舞奈はとてもチョロいです。

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