答え
結局、話はそんなに長引かなかった。
講堂に入ると、もうかなりの生徒が集まっていて、好きな所に各々腰を下ろしているようだ。なので楓たちは端の方にそっと座る。
程なくして、天宮清治率いる生徒会三年生メンバーが壇上に姿を現した。
それだけで騒ついていた空間がしんと静まり返る。生徒たちは真っ直ぐ前を向き、会長の発言を待つ。
「私は、重大な発表をしなければならない」
言葉の端に緊張感があった。
人前で話すことに慣れたはずの天宮の名を持つ生徒会長。
その彼が動揺を匂わせるほどの事なのだ、と自然と生徒たちの脳裏には刻まれる。
「魔獣が校内に現れた。それに追って、私たちは風紀委員会を増強することにする」
淡々と告げられた知らせに、驚愕が空気を変えた。未だに沈黙が続いているのは、誰も声を出せないからだ。
「また、非常事態に備えるため、我々三年生の任期を伸ばす。さすがに代替わりしたばかりの二年生には荷が勝ちすぎる。その上、戦力になる者はできる限り確保したい」
清治の鋭い眼光が講堂を隅々まで貫いた。
「魔獣が学園の敷地に現れた際には、すぐに生徒会役員、風紀委員、または教員に伝えるように。間違っても戦おうとはしないように。五星の内部に侵入した魔獣に、理性があるとは考えるな。我々は誰一人として生徒を失いたくはない」
前はですます調で部活紹介をしていた気がするが……。
ただ、強い語調で淡々と述べられている今の方が説得力は増していた。
「では、これで我々からの話は以上とする。Aランク以上の生徒は誤魔化さずにここに残るように。該当しない生徒は速やかに教室に戻ってください」
それだけ言って、清治はマイクの前から離れた。緊張が緩み、生徒たちの騒ついた声が戻ってくる。
楓は隣の光希と目を見合わせた。
「ボクたち該当者だよな」
「ああ、涼も」
涼が微笑んで頷く。
「僕も風紀委員会に入ることになりそうだね」
「私たちは大人しく教室に帰りまーす」
「ランクたりませーん」
「私も足りませんわ」
「亜美様、私も足りませんのでご心配なく」
「……わたし、夕馬くんたちと、いっしょ」
少し不貞腐れて双子は宣言する。
……そしてなぜか聞き覚えのある声もチラホラと。
「亜美たちも、近くに居たんだ!」
交流会から久しぶりに会う彼女の姿に、驚いて楓は声を上げる。さりげなく存在を主張していた亜美は、待ってましたとばかりに悪役令嬢顔を笑顔にした。
「久しぶりですわね、楓さん。こんな所でお会いするなんて偶然ですわっ!」
「……待ち伏せなさっていたのは亜美さ……むぐっ!?」
「……ちょっと黙りなさい、カレン」
楓には意味不明なやり取りがしばらく続いて、それから亜美は花が咲いたような輝かしい笑顔で楓ににじり寄った。
「楓さんは、最近どうでしたか? お見かけしないことが多かったと思うのですわ。私、心配していたのですわよ?」
「あ、えっと、そ、そーなんだ」
亜美は楓の手を両手で包み、そこそこ豊満な胸に押し当てる。
「ええ。昨日も、魔獣騒ぎのあったテーマパークなんかに相川光希と行って……! つ、つまり、私は心配なのです! 貴女がその……、あの……フシダラな行為でもされたのではないかと夜も眠れませんのよっ!」
光希が固まった。
あまりの熱量にクラクラしている楓の頭がきちんと亜美の無茶苦茶発言を理解していないのが救いだ。
「……してない」
「まあ、光希、すごく奥手だもんね」
へらっと軽く涼が笑う。
「別にそんな……」
「うんうん?」
光希はギロッと涼を睨むことくらいしか反抗できなかった。
「亜美様、そろそろ行かないといけませんよ」
カレンが楓と亜美の間に割って入り、楓から亜美を引っぺがす。
「か、カレン。……しょうがないですわね。じゃあ、またお会いしましょ、楓さん。その時は私と愛を――」
「あみさま、いきますよ」
一瞬、般若の形相になったカレンが亜美の叫びを無視して引きずっていく。
「……よく分からないけど、またなー」
はい! 楓さん! という声が遠くから聞こえてきたような気がした。
「……さすがは霞浦家の御令嬢だね」
涼は今更ながら、静かにひいていた。
こんな理性蒸発状態を見せつけられれば、誰だってそう思うか。
「夏美、大丈夫かな?」
「Aランク持ってるからね、本当は僕たちと一緒にいるはずだったけど。……あの体調じゃ無理もないよ」
チラリと壇上を見遣りつつ、涼は言う。
「あいつが体調を崩すなんて珍しいな。夏美は天宮みたいに丈夫で、風邪を引いたところも見たことがないくらいだが」
「そうだね、僕も見たことないかも。逆に僕の方が風邪引いちゃったりだし」
苦笑する光希と涼に、楓は質問する。
「三人は、いつくらいから知り合いなんだ? 前からちょっと気になってたけど」
「小学校くらい、かな?」
「それで、俺と夏美が会ったのはその少し前だったと思う」
「まあ、今に至るまで色々あったわけだけど」
涼の発言に、光希が困ったような、すまなさそうな顔を見せた。その言葉に含まれた意味が今ならわかる。
光希が話してくれたから。
「天宮、お前、なんか嬉しいことでもあったのか?」
突然光希は尋ねてくる。どうやら気持ちが顔に出ていたようだ。楓はニヤニヤしながら首を振った。
「なーんでもなーい」
「何だよ、一体?」
「教えませーん」
適当なことを言って光希には誤魔化したつもりでも、涼だけは意味深に微笑んでいた。
「涼、お前は分かってるだろ?」
「さあね? 光希、もうちょっと人の気持ちを読めるようにならなきゃダメだよ」
「今でも十分読めると思うんだが……」
それだけは楓も苦笑いするしかなかった。
「……相川、全然読めてないと思うぞ」
「楓もね」
狙い澄ましたカウンターに、楓は呻いた。
「さて、残ってもらったAランク以上の生徒に話をしようと思う」
清治の声に楓たちは口をつぐんだ。無駄話はここで終わりだ。
「君たちには風紀委員会に入ってもらう。魔獣が五星の中に現れるようになった今、学園を守る戦力になってもらいたい。特に、Sランク保持者、戦闘時には先陣をきって戦ってほしい」
壇上から注がれる視線が楓たち三人に集中する気配がある。と、同時に他の生徒たちもこちらを畏怖にも似た感情を宿した目でそっと見た。
「魔獣が現れた際にはすぐ連絡が行くように、こちらで通信機を支給する。また、必ず班で魔獣と交戦するようにし、何があっても単独行動はするな。なお、ここでの戦闘経験は今後の成績にも加味するかもしれない」
ざわり、と空気が揺れる。
「なので、手を抜かず全力を尽くすことを期待する」
話し手は清治から副会長の空に移り、話が変わる。
「今から班を発表します。基本、班長は3年生です。6人班が4つ。5人班が1つになります」
楓は壇上の生徒会の3年生たちを見上げた。淡々と名前は読み上げられていく。
それがなぜか、楓の中の不安を激しく掻き立てた。
***
既にホームルームは終わり、下校時刻が迫ってきていた。
朱に染まった空の下、図書館の屋上で夏美は柵にもたれかかっていた。
人がここにはいないから、落ち着ける。
涼しい風が短めの髪を揺らして通り過ぎていく。
光希たちが話していた、天宮家からの通達。“ハルト”と名乗った黒い少年が言っていたのはこういう事だったのだ。
遠からず、自分は始末される。
あの少年が言っていたのが本当ならば、天宮が夏美を始末しようとするのも当然だった。なぜなら、荒木夏美は天宮楓を犠牲にすることに頷くことはないからだ。相川光希を犠牲にすることは許せないからだ。
荒木夏美にとって、天宮楓は友達で、相川光希はかけがえのない大切な存在。その情報は、相川みのるから天宮家当主に伝わっている。
だから、天宮が夏美に計画を語ることも、誘うこともなかった。
そう考えると、他の九家、相川を数えなければ八家は既に天宮に賛同していることになる。
……このままここで、大人しく始末されるのを待つ?
夏美は自分自身に問いかける。
違う。
それでは天宮の計画通りになってしまう。
黒い少年の声が頭に響く。
『相川光希は確実に命を落とすよ。天宮に利用され尽くして、ね』
……させない。
夏美は柵から身体を離した。くらりとした頭を振って迷いを払う。
答えは出した。
初めから決まっていた。
あの少年の言った通りなのは悔しいけれど、それだけのこと。
風が吹いた。ざあっと木々が音を立てる。夏美は後ろを振り返った。
「木葉、いつからそこにいたの?」
「あら、これに気づくの。やっぱり、感覚も人間から変わり始めたのね」
図書館の屋上にもう一つの人影が現れた。緋色に染まった光の中、黒い天使のような少女は微笑んだ。
「答えは出た?」
真っ直ぐ夏美は木葉を見据えて頷く。
「出したよ」
「裏切るの? あなたを守ると言った仲間を」
その声に咎める色はない。むしろ愉しそうに、少女は問いを発した。
「一番の裏切り者が何を言うの?」
肩を震わせ、木葉は笑う。
「それで、どうするの? 裏切るの? あなたの一番大切な人間を」
夏美の瞳から感情が抜け落ち、静かな凪いだ。
「裏切るよ。……生きるためじゃない。……守る為に」
言ってしまってから、自分が本当にその道を望んでいたことを自覚する。
天宮に殺されるのは怖くない。
一番怖いのは、この世界から大切なものが消え去ることだから。
「そう」
満足そうに木葉は微笑んだ。
「それじゃあ、今から君は僕たちの仲間だ」
突然、もう一つの気配が扉の陰の方から滲み出す。軽やかな足取りで、彼は木葉の隣で足を止めた。
「そして、荒木夏美はここで死ぬ。二度と荒木夏美には戻れない。君はこれから魔族として生きるんだ」
心臓を抉られたような痛みがあった。無理矢理呼吸を再開させ、震えを抑えて口にする。
「覚悟はできています。それから、一つだけ、頼みがあります」
「何かな? 言ってごらん。配下の意見は尊重しよう」
夏美は胸に手を当てて、頭を下げる。
「最後に、相川光希と二人きりで会わせていただきたいのです」
「分かった。今から手筈を整えよう」
「ありがとうございます――」
何と呼べばいいか、口籠もり、少年が助け舟を出した。
「ハルト、と呼ぶといい」
「はい、ハルト様」
夏美に背を向けて歩き出したハルトは呟く。
「相川光希の血はきっと美味しいよ」
亜美様は制御できません。
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