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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第6章〜緋色の吸血姫〜

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世界が交わる刻 後編

 二振りの刃が闇を薙ぎ払った。





 美しい残酷な輝きを放つ刀の光が月光を反射して、さらに強く光る。砕けた硝子が複雑に光を乱反射するように不思議な輝きを帯びて、刃が黒に躍る。


 その刃に触れた魔獣は一瞬で灰塵に帰す。


 楓たちの苦労を軽く鼻で笑い飛ばすように、簡単に。あっさりと魔獣が消えていく。


 二振りの刀を操る黒い影は綺麗な動きで、魔獣を狩り尽くす。鮮やかな剣筋に楓たちは絶句する他無かった。


 そして、最後に影は音も無く楓たちの目の前に降り立ち、二本の刀を真っ直ぐこちらに向ける。


 ゆらりと顔を上げた少年の双眸は、金色を帯びていた。美しい金色の光は少年の本来の瞳の色、黒に溶けて直ぐに消える。


「……」


 光希はその瞳に既視感を覚え、目を見開く。


 茫然と少年に魅入る楓には知る由も無いのだが、確かにそれは天宮楓の眼と酷似していた。


 黒髪の少年はどこか虚な鋭い視線を楓たちに放っている。着物のような、不思議な服装。どう考えても、この五星に属する人間では無さそうだ。二刀はブレず、ただひたすらに真っ直ぐで、少年の楓たちへの警戒心を示していた。


「……おまえたちの目的は何だ?」


 少年は声を発する。楓にも意味が分かるということは、日本語か。だが、例え理解できる言語を喋ろうとも、少年の異質な空気は変わらない。

 硬直したように返事できない楓たちに痺れを切らしたのか、少年は問いを重ねた。


「おれの敵か?」


 無機質な機械のような冷たい声に、出会ったばかりの光希を思い出す。

 そして、彼は自分たちを敵と判断したら迷わず殺そうとするだろう。それも、少年の実力は今見た通り並外れたものだ。楓と同等かそれ以上。術式を使えるのなら、涼たちも太刀打ちできるだろうが、状況が状況だ。


 緊張をしながらも思い切って、少年の問いに答える。


「違う。ボクたちは君の敵じゃない。ボクたちはただ、魔獣を退治してただけだ」


 顔を動かした少年と楓の視線が交差した。

 同時に目を見開く。


 この少年からは、自分に近しい何かを感じる。


 光希とは違う。生き方がどう、とかそういうものではない。この感覚は、まるで自分と少年の存在がよく似た存在であるような、存在自体のレベルの話。


 きっと、彼も同じように感じたのだ。少年は黒い瞳の中に楓の姿を写して固まっている。


 楓が瞬きをしたら、少年も硬直が解けて目を逸らした。


「……なら、良い」


 背を向けて闇に紛れようとした少年の背中を光希が呼び止める。


「待て」


 驚いて全員は光希を見た。


「青波学園に、魔獣が現れたのはお前の仕業か?」


 少年は冷たい目で光希を一瞥し、答える。


「違う。ただ、斬り損ねた雑魚をおれが逃してしまっただけだ。おれが受けた命令は、五星に侵入したあやかしを隠密に殲滅することだけ。人間を斬るようにとは言われていない」


 ああ、と思わず納得の溜息が口から漏れた。青波学園に現れた魔獣が手負いだったのも、この少年が取り逃したからなのか。


「……そうか」


 その声を聞くや否や、少年は二振りの刀を背中の鞘に納めて闇に解けていく。初めから闇の住人だと言わんばかりに。


 名前を聞いておけば良かった。


 楓は静かなテーマパークの空に、微かな後悔をする。魔獣が消え、晴れた夜空には答えを返す者もいない。


 星が瞬く。


 吹いた風に、楓たちは誰からともなく顔を見合わせた。


「帰ろうか、」


 涼は微笑む。


「ああ! 結果的に魔獣が消えたし!」

「うんうん!」

「あの人に、感謝」


 仁美も呟きながら、こくこくと嬉しそうに頷く。軽やかな足取りで歩き出した夕姫と夕馬に続き、歩き始める。


「どうした? 相川?」


 一人だけ、光希は立ち止まって空を見上げている。楓はその顔を覗き込んだ。


「……いや、何でもない。あれは一体誰だったのか、考えてた」

「名前、聞いとけば良かったな」

「そうだな。でもこれで、あの魔獣の謎は解けたわけだ」


 スッキリした口調で光希は言う。楓が呑気に忘れている間も、ずっとその事を考えていたのだろう。……楓が危険にさらされる可能性を考えて。


「きっと、これで魔獣退治、最後だったんだよ」

「ああ」


 光希は頷く。楓と共に歩き出して、少し引っかかっていることを思い出しながら。


 あの少年は魔獣をあやかしと呼んだ。


 霊能力者の間では使われなくなって久しいのに。


 世界が壊れて、今までの常識が通じなくなった。魔族と呼ばれるものと、妖族と呼ばれるものが現れた。それと共に、呼び方も変わる。曖昧な区別を止め、はっきりと区別する。


 力が全てを支配し、その為なら何もいとわない魔族たち。


 あやかしとかつて呼ばれ、日本において存在を残し、壊れた世界で陰に身を潜めた妖族たち。


 その差をよく知る者はいない。


 だが、そう考えると、あの少年は――


 ――陰に身を潜めたものの一人。



 それならば、なぜ五星結界の中であの姿で活動できる?



 ***


「うん、面白いものが見れたよ」


 黒い少年は満足げに笑った。黒髪の少女はその言葉に疑問を覚え、問いかける。


「ハルト様が仕組まれたことでは無いのですか?」

「ん? 違うよ。偶然。でも、その可能性を考えていなかったと言えば嘘になるかな」


 少年は言う。


「青波学園に比べてここは守りが薄いからね。魔獣たちも『姫』の匂いに釣られたかな。そうすれば、()が出てくるのは必然だったんだけど」

「なら、結局、ハルト様が仕組まれたのと同じですよ……」


 呆れながら言った木葉の顔は、やはり嬉しそうな笑みを隠し切れてはいないのだ。主との会話は、木葉にとって至福の時間以外の何物でもないのだから。


「本当に、彼女は面白いよ。これだけ因果が絡めば、も宿るわけだ」


 ハルトの言った言葉の中の「彼女」は、どちらも違う人間を指していた。それは、天宮楓という少女と、そして……。


「桜はやっぱりすごいよ」

「天宮桜は見たことない程の天才でしたからね」


 ところで、とハルトは木葉に別の話を振る。


「ここにあの子たちを呼ぶことを決めたのは木葉だったよね? どうしてここにしたの?」


 木葉は微笑み、髪をそっと耳にかけた。


「ハルト様ならお分かりになっていると思いますけど……」


 ふふっ、と肩を震わせる気配がある。悪戯っぽい笑みを浮かべてハルトは自分がした質問に自分で答えを言う。


「そうだね。これは君なりの、優しさだね」

「優しさなんて、そんな大そうなものでもないですよ」

「そうかなぁ、僕は結構驚いたけど? 君が他人のことを気にかけるなんて」

「別に、違いますよ。ただ、これで最後になるでしょうから」


 木葉の言葉は肝心な所を省いた抽象的なものだった。だが、もちろん二人の間では自然とその意味の空白を埋められて伝わっている。


 ――これで最後になるのだ。


 天宮楓たちが全員揃って笑い合えるのは。


「彼女たちのこれからが楽しみだよ」


 残酷な笑みが少年の整った顔を彩った。


 木葉は"ハルト"の話が終わったと理解して、側から名残惜しくも離れる。この少年のために、戻らなければならない場所がある。


 ふと、少年は踵を返した木葉の背中に尋ねた。


「木葉はさ、恨んでないの?」

「それは、ここに現れた彼を送り込んだ種族のことですか?」

「それ以外で僕が聞くわけないでしょ」


 少年に背を向けている木葉の美しい顔に一瞬影が落ちる。


「恨んでいませんよ。別に、復讐したいとも思わない。むしろ私は感謝していますよ、ハルト様に会えたのですから」


 木葉は滅多に心の内を明かさない。自分の気持ちを明かしたように見えても、本当に正しいわけではない。


 だがその言葉だけは、真実だった。木葉の心からの幸せな微笑みに飾られた唯一の真実。


 例え世界が終わるとしても、木葉はこの少年のために全てを尽くすと決めている。


 この命は、彼の物だ。

漂う不穏な気配と謎の少年。


謎の少年くんはまた出てきます。

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