世界が交わる刻 前編
走りながら、楓は叫ぶ。
「魔獣はどのくらいいるっ?」
楽しい平和な場所であるべき所で人々が逃げ惑い、黒い淀みを纏う獣が徘徊する。その数は楓の位置からは人々に隠れてあまりよく見えない。人の流れに逆らい、もがくように前に進む。
「たくさんっ!」
人の壁の向こうから怒鳴った夕姫の声に、状況が何となく感じられる。危険だと、夕姫の声も人々の怒号と悲鳴も告げている。
楓は顔をしかめ、無理矢理人混みから身体を引き離す。
「……これは」
紫色に染まった空に輝き出した電飾を遮るように黒い獣が、道やアトラクションの上から人間を敵意を剥き出しにして睨み付けていた。飢えた赤い瞳がギラつき、楓たちを見据えている。
「っ、術式で焼き払うわけにもいかないな……」
光希が刀を振り抜いて魔獣を一匹葬りながら、呟いた。術式戦闘になれば、テーマパークの所有物を無事に保てる保証はない。
この数を術式無しで殲滅。
気が遠くなりそうだった。
「とりあえず、一匹ずつなんとかするしかない、か……」
刀をゆっくり鞘から抜く。鋭利な刃が電飾の光を弾き、眩い輝きを放った。その光に魔獣たちの目が楓に吸い寄せられる。
魔獣の動きが不自然に止まった。
まるで不思議な引力に吸い寄せられてこちらを見たように、奇妙な沈黙が続く。
「楓! わたしたちも、手伝うよ!」
「俺もいるぜ!」
仁美と夕馬の声に、楓の意識は空白から呼び戻された。
「!」
瞬きをして、両足に力を入れて地面を踏み締める。
パァン、という発砲音が空に響いた。霊力の残光を残した銃口が揺れ、霊力で造られた銃弾が一匹の魔獣の身体を抉る。
「夕馬くん! やったよ! これなら――」
仁美が倒れる魔獣を見て喜びの声を上げかけ――。
「ダメ! 夕馬、下がって!」
霊力で強化された刀が、再生しかかっていた黒い魔獣の身体を真っ二つに切り裂いた。滑り込むようにして夕姫は地面に着地し、斬った魔獣が風に解けるのを睨み付ける。
さすがに真っ二つになった魔獣はくっつくこともなく、塵になって消えていく。
「一発で仕留めなきゃダメってことか……、キツいな、これ」
夕馬の言葉に楓は認識を改めた。この状況は、思ったよりも厳しいもの。一回で消滅させるのは、霊力を持たない楓には難しい条件だ。
……せいぜい、一太刀で一匹。
限界まで集中力を高め、思考を魔獣を斬ることだけに割く。楓の瞳が微かに金色を帯びる。
魔獣が動きを止めている今こそ、倒す絶好の機会。
楓は跳んだ。刀を両手で振り下ろし、魔獣を二つに斬り裂く。流れを止めずにもう一匹、黒い魔獣を屠る。
それが魔獣たちを止めていた呪縛を解き放つことになった。
「また動き出したよ! 注意して!」
涼が警告を発し、全員は頷いて表情を引き締める。
斬って、斬り損ねて。
撃って、再生されて。
何度もそれを繰り返す。
一気に全部を蒸発させられる大規模術式を撃つわけにもいかない。だから、死にかけの魔獣は増えるだけ。
刀を振り抜くと、魔獣が一匹消えた。
「ああ! もう! ラチが! 明かない!」
痺れを切らして、楓は叫ぶ。
「つくづく、増える魔獣と戦う運命にあるらしいな、俺たちは……」
蒼い炎を纏った刀で魔獣を数匹消し飛ばしながら光希がボヤいた。
「……焦ったい。夕馬! このテーマパーク、消し炭にするよ!」
「ああ! 吹き飛ばーっす!」
ぶんぶん刀を振り回した夕姫は既に、術式の構築を始めている。夕馬も魔弾を造るのを即座に止めて、夕姫と一緒に笹本の広範囲破壊術式を組み始めてしまう。
「……そういう所は息合うんだ」
「やっぱり双子だな……」
楓と光希は呆れすぎて、止める気も起きない。
誰もが暴走しかけている双子を放任している。仁美はもちろん、放任派。付与術式で魔獣の動きを鈍らせ、こちらに引きつける役割を続行中だ。
どうしようもなくなって、涼は慌てて止めに入る。
「二人とも! だめ! 止めて! このテーマパークの再建費、僕たち出せないから、ね?」
だがしかし、残念ながら涼の現実的な叫びは術式を展開した二人には届いていない。
「二人とも……、聞いて……」
すっかり困り顔で、涼は呟く。そうしている間にもテーマパークの一切を吹き飛ばす術式は発動段階まで来ている。
「もうこうなったら……!」
涼は刀に注ぐ霊力を増やして、術式を即座に展開、発動させる。
「『滅破斬り』!」
術式を斬る術式。緑青色の剣線が発動しかかった大規模破壊術式を破壊した。
「え?」
「あ?」
キョトン、と笹本の双子は目を開く。
「ごめん……。さすがにここは更地にさせられないよ……」
目を伏せた涼は刀を下ろした。
「っ!」
楓は涼と双子のやり取りに気を取られ、迫る魔獣の爪への反応が僅かに遅れる。
後ろに転がり、掠める前に回避。踏み込んで斬る。
「大丈夫か?」
光希の声に頷き、楓は崩れた体勢を立て直した。そして、冷静になって周囲の状況を確認する。
黒い魔獣は暗い空さえも完璧な黒に塗り替えるばかりの数。楓たちに向けて牙を向け、爪を振るう。
これ以上、魔獣が増える気配はない。
かと言って、簡単に倒し切れる数でもない。
空を駆ける魔獣の姿もあり、思わぬ所からの攻撃も考慮しなければならないし、テーマパークの備品は絶対に傷つけられない。
駄目なことばかりだ。制限が多ければ多いほど、楓たちの能力は削がれてしまう。特に、何も壊さずに、というのが最難関。
それにしても……。
「……何かおかしくないか?」
光希は不意に呟いた。発せられた問いは、まさに楓が思っていた事と同じ。
「ボクもそう思ってたよ。まるで、魔獣がボクたちに集まってきてるみたいだ」
身体を五星結界に削られながらも活動を続けている魔獣に、何かを考える思考能力は残っていないだろう。本来なら、その力に飢えた本能のままに人間の多い場所へ向かうはずだ。人間を喰えば、力の足しになるのだろうし。
だが、ここにいる魔獣は全てその本能に逆らっている。何か別の、もっと違う衝動に突き動かされてここにいる。そんな感じがする。
その証拠に、ここに集まってきた魔獣は楓たちから離れる気配がない。
「もう、術式で吹き飛ばすしかないな……」
「確かに、さすがにこのペースで潰してたら日が昇っちゃうよ」
とうとう楓たちまでテーマパーク更地計画を立て始める。
はあ、と溜息を吐いて楓は魔獣だらけの空を見上げた。
その時二振りの刃が闇を薙ぎ払った。
長く書き過ぎて前編と後編に分けたので、短めです。
明日、後編を投稿予定です!
 




