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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第6章〜緋色の吸血姫〜

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力を持つ者の果たすべき責務

「ねー、相川、他のみんなはどこに行ってるんだろ?」


 楓はジェットコースター前の柵から身を乗り出して、隣で柵にもたれかかっている光希に尋ねた。


「さあ……? そろそろ閉園時間だから合流しないといけないな」

「うん」


 お化け屋敷で木葉と夏美の二人と分かれた楓たちは、そのままお化け屋敷の二人組でテーマパークを回ることにしたのだ。

 仁美は夕馬にべったりで、夕姫と涼の距離感も中途半端ではあっても仲が良さそうなのは見て取れた。

 だから、そのペアで後半、テーマパークを回ってみるのも良いかもしれない。そう思ったのだ。


 必然的に楓は光希と一緒になったわけだが……。


「相川がジェットコースター好きじゃないのは意外だったよ」

「何言ってるんだ。お前もだったろ」


 光希の苦い表情に、楓は笑う。


「あはは、そうだなー」

「あれだけ激しく飛んだり跳ねたりしてるから、お前はああいうの、好きだと思ってた」

「ボクは自由に跳ぶのが好きなの。振り回されるのは趣味じゃない」


 実のところ、楓も光希も今日初めてジェットコースターとやらに乗ったのだ。


 一言で言うと、とても並んだ。


 並びに並んで、数時間。最もテーマパークで人気と言われるジェットコースターに乗ることができたのだが、人混みに揉みくちゃになっていた楓と光希は楽しむどころの話ではなかった。初めてにして、ジェットコースターに挑むという恐ろしさを知ってしまう結果になり、特に人の密集空間に慣れていない楓と光希には現実は辛すぎたのである。


「……もうあんな思いは十分だ」


 光希の疲れ切った言葉に楓は深々と頷く。


「……だな」


 はあ、と全く同時に溜息を吐いたのに気がついたのはどちらだっただろうか。いつの間にか、楓は光希と顔を見合わせて笑っていた。


 平和ボケのような、優しい時間。


 強い風が吹いた。


 光希の黒い髪が紫色に染まり始めた空になびく。楓の髪が舞い上がる。


 楓は髪を押さえて、空を見上げた。


「あ、一番星」


 雲の切れ間から少し明るい星が地上を見下ろしているのが見える。その視線を追うように光希も空に視線を向けた。


「今日は少し曇っているみたいだな。晴れていれば良かったのに」

「そうだな。でも、みんなと居られるだけで、ボクは幸せだ」

「ああ」


 光希は表情を和らげ、そっと首を動かした。口元が微かに笑みを浮かべているのは、目の錯覚ではないはずだ。


「……ん?」


 楓は妙な物を見た気がして、瞬きをした。不自然な動きをした楓の様子に気づき、光希は怪訝な顔を作る。


「どうかしたか? 天宮」


 もう一度空を見つめる。

 さっき見えた黒いもやがかったモノの姿は無い。


「いや、ボクの気のせいだよ」


 そんなモノが空を駆けているはずがない。

 青波学園に現れた獣がここに現れるはずがないのだ。


 頭をぶるぶる振って、不吉な思考を脳内から追い出す。自分の気のせいだと確認した楓は、本日最後の運行になるであろうジェットコースターが駆け抜けていく姿をボンヤリと見つめた。


「天宮、あれは一体、何だ?」


 張り詰めた低い声が楓の意識を捕まえる。隣の光希は暗い空を睨んでいた。


 キャァアア、という歓声とも絶叫ともつかない声が、強い風と共に目の前から消えていく。


 その空の上に、淀んだ黒い影が見えた。


「……あれは」


 やはり気のせいではなかったのだ。楓は息を呑んで、空を睨む。


「魔獣……」


 この場に忍び寄る危機を認識した二人は、顔を引き締めた。

 おそらく、テーマパークを訪れている人間はほぼ全員戦う手段を持っていない。魔獣に、たとえどんな雑魚魔獣だとしても、武器を持たない人間など容易く切り裂かれて命を落とすのは目に見えて分かることだ。


 惨劇を防げるのは、楓たちだけ。


「相川、行くぞ」

「ああ、まさかこれが役に立つとはな」


 光希は腰の辺りの空間に手をやった。隠蔽術式がかけられた刀がそこにある。楓の刀もばっちり装備済み。いつでも抜刀できる。


 楓と光希は、閉園間際の帰りの客がゾロゾロと正面ゲートに向かっているのを避けつつ、僅かな間姿を見せていた魔獣を追いかけていく。


「どうして、魔獣はあんなモヤみたいな姿なんだ?」


 地面に転がったペットボトルを踏まないよう気をつけて楓は足を運ぶ。人が多いため、小走り程度の速さだ。


「そうか……、天宮はあまり知らないのか、五星結界について」


 軽く走りながら光希は呟き、楓の問いに答えを返す。


「五星結界は魔族や妖族を入れないようにする結界だ。五星の礎が機能していた頃は、その認識でも合っていた。だが、本来の役割は違う。五星結界はその内部に魔を拒む聖域を形成している」

「聖域? どういうこと?」

「聖域、つまり魔が触れれば弾かれる空間ってことだ。五星の礎によって完璧に保たれていた結界なら、魔獣が入ることは絶対にできない、そして仮に高位の魔族なんかが侵入すれば即座に消される空間になっていた」


 言うなれば、二重がけの防衛機能、というところだろう。聖域、その言葉が一番しっくりくるのも当然だ。一体どんな人間がそんな高度な結界を編み出したのか、興味が湧いた。


「でも、五星の礎が破壊された今となっては効力が落ちている。高位の魔獣でも、頑張れば突破できるレベルにまで落ちていて、内部の聖域も魔を排除するのに時間がかかるようになっているんだ」

「それが、魔獣の原型がよく分からないっていうのに繋がってるんだな?」

「そうだ、理解が早いな」


 少し褒められたような気がして、楓は得意げに笑った。


「一体誰がこんなものを考えたんだろ?」

「……天宮家の先代当主、天宮桜様本人、だそうだ」


 言い澱んで、光希は口にする。


「ボクの、お母さん、か……。どんな人だったんだろうな」


 光希は空に放たれた問いには答えなかった。そもそも光希が答えられる質問ではなかったのは知っている。なぜなら天宮桜は楓が生まれた年に死んでいたらしいのだから。


 楓も天宮桜の話は何も聞いたことがない。

 それでも、五星結界の術式を組んだという彼女がとんでもない天才だったのは想像がついた。


「相川、魔獣の姿は捕捉できるか?」


 走っている間に見失ってしまった魔獣の姿をもう一度探そうと、一度立ち止まる。光希は悔しそうに唇を歪め、首を振った。


「すまない、俺も見失った」


 周囲にはまだ大勢の人間が。


 閉園を告げる音楽が電灯に括り付けられたスピーカーからぎこちなく流れている。空は本格的に暗くなってきてしまって、黒い靄は夜空に溶けて余計に見えづらくなっているだろう。


「うぅう……、前にも学校に出た時も殺気をばら撒いて、人を喰い殺しそうだったのに……」

「早く見つけないと、死人が出る」


 二人の顔に焦りが浮かぶ。


 笑顔の家族も、幸せそうなカップルも、楽しそうに談笑する学生も。こんな所でその幸せな生活を奪われていいわけがない。


 とっくに壊れているこの世界で、それらはとても尊いものだ。


 戦う力を持った者が彼らを守るのは義務。


「相川、ずっと前にやってた霊力レーダーみたいなヤツで魔獣を追えるか? 今回はちょっと、出し惜しみしてる場合じゃないぞ」


 光希はハッとした表情を見せる。いつも、霊能力者の中で戦うことが多かったため、能力を封じているのが当たり前になっていた。楓の言葉は光希にとっては盲点を突いたものだった。


「分かった。少し、青龍に頼ることにする。天宮はそこで空を見張っててくれるか?」

「了解!」


 光希は通行の邪魔にならないよう、そっと脇に寄って目を閉じる。


『久しぶりに我に頼ったなー。我は少々待ちくたびれた。家出でもしようかと思ったぞ』


 光希の頭の中でも青龍が軽口を叩く。


『家出なんてできるわけないだろ。そもそも、ふざけている場合じゃない』


 ニヤッと青龍が笑う気配がした。


『分かっておる。我、ちゃんと周囲に気を配っておるのだぞ?』


 さあ褒めてくれ、とアピールしている姿が目に浮かぶが、いつもあまり構っていないことを思い出して光希は雑に褒めてみる。


『はいはい、さすが最高位の精霊だ。今回も期待してる』

『……ちょっと雑な気がするのは気のせいか? まあ良い。我、出番できて大いに満足』


 思わず苦笑いを光希は溢した。一人で笑い始めた光希に、楓は首を傾げる。


 正直だいぶ不気味。


 だが、邪魔をしても悪いので静観を決め込む。


『それで、魔獣はどこにいる?』

『あー、魔族の下等種はだな、近くに大量におるのだぞ』

『は? 大量、だって?』

『うむ。今、力を持たぬ女が喰らわれようとしているぞ』


 光希の顔が青ざめる。


「そういうことは早く言えっ!」


 念話をしていることを忘れて光希は叫ぶ。楓がキョトンとし、人々が怪訝な顔をして光希に注目する。


「キャアアアアッ!」


 甲高い女性の叫び声が空気をつん裂き、響き渡った。


「相川、マズいぞ!?」

「とにかく急ごう」


 声の方向に、もはや見ている人間もお構いなしに二人は旋風のように駆け抜ける。霞むほどの速度で走っていく少女と少年に、人々は知らず知らずに道を譲っていた。


『相川光希よ、どうやら神林の子が女を救ったようだ』

『それは良かった……。が、そういう大事なことは早く言え。無駄話は後で聞いてやるから』


 うっ、と青龍が項垂うなだれる。


『だって、我、久しぶりに出番が来て興奮しておったのだ……。それは謝るが、我も其方そなたの役に立ちたいのだ』


 そんな風に悲しげに言われてしまうと、何も言葉が返せなくなる。光希は後で青龍に構ってやることにしよう、と頭の片隅に置いておく。


『ありがとう。お前が居てくれるだけで俺は嬉しい』

『うむ!』


 青龍の気配が明るくなった。

 光希は青龍から意識を離し、走ることに集中し直す。


 その頃には魔獣の姿はもう目の前にあった。


「神林!」


 楓は魔獣の爪を刀で受け止める涼を見つけて声を上げた。その隣では夕姫が力を持たない人間を避難させる努力をしている。


「ボクらも手伝うよ」

「ありがとう、楓。その人を早くっ!」


 涼に答え、楓は涼の後ろで腰を抜かしている若い女性を抱き上げる。力なく地面に座り込む女性はか細い声で、恐怖を訴えていた。


「あぁ……」

「アレはボクの仲間がなんとかします。とりあえず、離れた所に行きましょう」


 力強く言葉を掛け、笑ってみせる。彼女に巣食った不安を取り除きたくて、楓は軽い身体を抱えた腕に力を入れた。


 周囲の様子を素早く確認する。


 五十メートルほど離れた位置に彼女の友人たちらしき姿が見て取れた。


「あの人たちは、あなたの連れですか?」

「……は、い……」


 頷いたのと同時に駆け出し、女性を彼女の友人たちの所に連れていく。


「じゃあ、ボクはこれで。早く避難してください。ここは戦場になりますから」

「あの、あなたたちは一体……?」


 女性の一人が恐る恐る尋ねてきた。楓はニヤッと口角を上げる。


「無能力者と『九神』ですよ」


 それだけ言い残して楓は駆け戻っていった。


 後に残された彼女たちは茫然と、名前すら告げずに行ってしまった少女の後ろ姿を眺める。


「……ねぇ、『九神』って」

「霊能力者の中でも屈指の実力者ってことだよね?」

「でも、無能力者って……どういう?」


 彼女たちは知らない。

 いや、想像すらつかないだろう。


 楓たちが送ってきた日々の過酷さを。

青龍さん、久しぶりの出番で大興奮(?)です。

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