表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第6章〜緋色の吸血姫〜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

182/240

甘い時間は怪異と共に(?)

 適当な屋台で昼食を終えた楓たちは、アトラクションを回って歩いていた。


 時刻は3時過ぎ。昼食もすっかり終わったこの時間帯は人が多く行き交っている。子供たちの明るい声も、笑い合うカップルも、皆等しくこの夢の時間を楽しんでいた。そしてもちろん、楓たちも。


「あ!」


 夕姫が突然大声を出して立ち止まる。それに釣られて全員が足を止めた。


「どうしたのか、夕姫?」


 楓は不思議に思って訊いてみたが、その返事を聞くまでもなかった。夕姫が見ていたのは、『地獄最高級の怖さ! 絶叫屋敷』とやらだ。

 明るい色どりのアトラクションが並ぶ中、色を吸い込むような黒い建物。壊れかけた窓に、赤黒い染みが所々付着している。テーマパークとしては世界観を激しく壊しているコレはアウトだろう。許可されているのが不思議なくらいだ。ちなみに客は皆無である。


「お化け屋敷……、みたいだね」


 楓と同じく夕姫の視線の先に気がついた夏美が目を凝らす。


「入ってみるのも良いんじゃないかしら?」


 珍しく乗り気なのは木葉だった。その言葉に後押しされて、楓たちはゾロゾロと絶叫屋敷に近寄っていく。


 営業時間の真っ最中だと言うのに、ピタリと扉が閉じられていた。取手は錆びているような加工が施され、ざらざらとしている。


「開けてみるしかないか」


 光希が思い切ってドアを開けた。ぎぃいいっと、軋んだ音が鳴り響き、暗い内部が現れた。


「これ、本当にやってるのかな」


 困った顔をした涼に仁美が言う。


「入って、みれば、わかるかも」

「とにかく行ってみようぜ」


 勢いよく突撃していった夕馬は、おそらく何も考えていなかったようだ。中からギャアーッという絶叫が聞こえてきた。


「……夕馬くん、大丈夫かな?」


 心配そうに仁美が楓の方を見る。


「行くしかないな」


 楓は眉をキリッとさせて全員に同意を求めた。


「もちろん!」


 夏美は元気に返事をして楽しそうに中へ消えていく。その後ろ姿を追って楓たちは中に入った。


 全員が中に入ると、バタンと扉が閉まる音がした。外には誰もいなかったはずで、楓たちが足を踏み入れる前は普通に支え無しで開いていた。


「……今のって、誰か閉めた?」


 そっと訊いたが、光希たちは首を振るだけで違うらしい。なら、霊力的な何かだろうか。


「……じゃあ霊力とか?」

「違うわね。霊力の気配は一切しなかったもの」

「たぶん、そういう仕掛けになってるんだと思うよ」


 ドアを振り返って確認した涼もそう言うのだから、仕掛け、なのだろう。結構地味な手の込んだ細工だ。作った人は人を怖がらせたくて仕方がないように思える。


「それで夕馬は? 姿が無いんだが」


 暗闇を睨む光希の視線に楓も倣う。確かに夕馬は見当たらない。


「……ん、いた」

「え?」


 仁美がゆっくり歩いてしゃがみ込む。まさか、下だったとは。普通の目線の高さで探していても見つからないわけだ。


「どうした、の?」


 暗がりでもわかるほど真っ青な夕馬の顔を、仁美は覗き込んだ。


「……で、で、でた」

「ゆーれい?」


 ぎこちない動きでコクコクと首が上下運動する。


「夕馬くん、ゆーれい、苦手?」


 相変わらず夕馬は首の上下運動を続けているが、つまりはこういうものは苦手ということか。


「わたしが、いるから大丈夫……、ね?」


 ふわあっとした可愛らしい笑顔を仁美が見せたのが、幻視できた。この笑顔を浮かべられたら誰でもノックアウトできそうだ。


「〜〜!」


 夕姫が声なき叫びを上げてパタパタと動き回っている。それは夕馬の感情を直に共有しているのがその理由だ。


 暗闇から声が響いた。


「――さあ、ここは恐怖の館。2人または3人1組でこれより先はお進みください」


 いつの間にか目の前にポッカリと、入ってくださいと言わんばかりの暗がりが現れる。やっとテーマパークのアトラクションっぽくなってきた。


「……アナウンス、か?」


 仁美の手を借りて立ち上がった夕馬は呟く。


「みたいだな。ところで、組分けってどうする?」


 頷きながら、楓は全員を見渡した。


「夕馬は仁美ちゃんと一緒が良いよねー?」


 夏美は楽しそうに夕馬と仁美に向かって微笑む。呆気に取られた夕馬の隣で、仁美はコクンと頭を動かした。


「ん。……夕馬くん、ゆーれい苦手。だからわたし、一緒にいる、よ」


 そう宣言し、夕馬を引っ張って2人で行ってしまった。とはいえ、夕馬はいつも誰かに引きずられているような気がするが、気のせいだろうか。


「それで、残りは私たちだね。ど、どうしようかな?」


 笑顔を作ってはいるが、夕姫の顔はイマイチ元気がない。落ち着かなさげに視線を仁美と夕馬が消えていった方へ向けている。その動作はまるで、何かを怖がっているように見えた。


「……もしかして夕姫、こういうの苦手?」


 ふと思い当たったことを声に出すと、夕姫が硬直した。


「……あ、あはは。ま、まさかほんとにお化け屋敷に入るとは思わなかったんだもん」


 視線をゆらゆらさせながら話す夕姫は、落ち着かなさげに髪をいじる。


「夕姫、僕と組まない?」


 ぽんぽん、と涼が優しく夕姫の頭を撫でた。今度は違う意味で夕姫が固まる。下を向いて躊躇いながら声を出した。


「い、良いの?」

「うん、良いよ」


 木葉はニヤッと唇を持ち上げる。


「決まりね。それじゃあ、他はどうしましょうかー?」


 いってらっしゃい、と消えていく2人に軽く手を振り、楓は木葉の方を見た。木葉の視線は楓と光希を通り過ぎて、夏美で止まる。


「夏美、私と組んでくれないかしら?」


 夏美の瞳が意外だとばかりに大きくなり、それから微かに細められた。


 木葉の狙いは分からなくもない。光希と楓を組ませようとしているのだろうと予想はつく。


「早く、お進みください――」


 のんびりとペア決めをしていた楓たちを急かすように、ここでアナウンスが聞こえた。


「結構っていうか、ばっちり見られてるな……」

「そうだな。……行くか。天宮」


 うん、と頷いた楓は光希と共に歩き出す。


「また後で、木葉、夏美」

「ええ、いってらっしゃい」


 微笑んで木葉は手を振った。


 ***


 夕馬と仁美は暗いひんやりとした廊下を歩いていた。静まりかえった空間に、2人の足音だけが響く。下は剥き出しのコンクリートだ。


 カサリ、と何かが動いたような音がする。


 それだけで夕馬の肩は強張り、足が重くなる。幽霊などのホラーものは、夕姫も夕馬も昔から苦手なのだ。


「大丈夫?」


 囁き声で仁美が問いかける。そういう仁美はいつも通りの表情で平然としていた。

 仁美の前でこんな顔を見せるのは情けないとは思うが、真っ青なまま笑うことしかできなかった。


「……ちょっとキツイ。なんかごめん、俺ばっかり怖がってて」

「いいよ。怖いものがあっても、いいと思うの。夕馬くんは、十分わたしを、救ってくれたから」


 ぴたりと仁美は夕馬の腕に抱きつく。柔らかい感触と温もりが腕を包んだ。控えめな膨らみが押し付けられているような感覚に、夕馬の意識はそれで埋め尽くされる。


「あ、え!? 仁美?」


 慌てて振り解こうとすると、抱きつく力が強くなった。


「……こうすれば、怖いの、はんぶんこ」


 そう言って無邪気な笑みを浮かべられては振り払う選択肢もなく。夕馬は仁美に腕を預けた。


 確かに効果はあるようで、さっきから感じていた恐怖は和らいだように感じられる。それでも女の子に心配されて、この状態になっているわけで――


 ぺしゃり。


 冷たくてぬるりとした物体が、夕馬の顔にへばりついた。不思議な弾力があり、液体が鼻から滴り落ちる。


「……」


 状況にやっと夕馬の思考が追いつく。


「ぎゃあああっ!?」


 肺から出せるだけの空気は全部、絶叫に変わった。仁美は夕馬の顔を見上げて、夕馬を襲った謎の物体の正体に気づく。


「……夕馬くん、大丈夫。それ、こんにゃく」

「こ、こんにゃくぅ!?」


 そんな古風な驚かし方をテーマパークのアトラクションが採用するわけがない、と疑いながら弾力のある物体を顔から引っぺがす。


「あ、こんにゃくだ」


 コクリと仁美は頷いて、胸を張る。その表情は少し得意げだった。


「こんにゃく、ここの人からの、プレゼント、かな?」


 上からプラーンっと呑気にぶら下がっているこんにゃくを仁美はつつく。


「いや、さすがに……それは」

「食べても、いい?」

「はい?」


 このままでは本気で食べかねないので、夕馬は慌てて仁美を引っ張って廊下を進み始めた。


「落ちてるものは食べたらダメだからな、分かったか?」

「ぶら下がってるのも、だめ?」


 説教をするも、仁美は可愛らしく首を傾げるだけだ。


「可愛く言っても、ダメなものはダメだ。ぶら下がってるのも、ダメだからな。ちゃんと調理されたやつを食え。生はダメだ」

「分かった……。残念」


 全く響いた様子がない。やれやれ、と夕馬は頭を振った。


「夕馬くん、ゆーれい、平気になった」

「ひっ……」


 嬉しそうな仁美の言葉に、ここがどこであるかを思い出した。途端にさぁっと血の気が引いてくる。


「……やっぱり、だめ、か」


 呟いた仁美は残念そうではなく、幸せそうにもう一度ぴたりと夕馬にくっついた。


 ***


「ど、どうして、涼は私と組むことに、したの?」


 人を一人挟んだくらいの間隔を開けて、夕姫は涼の隣を歩く。まだ、涼が夕姫と組んだ理由が分からない。夏美と組んでも良かったはずだ。


「ただ僕がそう思ったから、じゃダメかな?」


 涼は微笑む。暗くて陰気な場所でも、その爽やかさは損なわれない。むしろ、頼もしくもある。


「……っ!」


 割れたガラスの向こうに人影、いやあれはドラキュラか? 、が映り、こちらを見て嗤ったような気がした。夕姫は肩を縮こめて見ないフリをする。それでも背筋を凍らす冷たい感覚は抜けない。思わず人肌の温かさを求めて横に手を伸ばした。


 涼の手に触れそうになってから我に帰る。


 手を繋ぐような関係でもないのに、一体自分は何をしようとした?


 慌てて引っ込めようとした手を、それよりも先に握られた。夕姫の冷たい手を涼の力強く温かい手が包み込む。


「!」


 ぼっ、と顔から火が出たような火照りに襲われる。恐る恐る涼を見上げると、涼は夕姫からそっと目を逸らした。


「あ、」


 唐突に涼が声を上げる。当然、その視線に捉えられたものが気になるわけで……。


「ひっ、……ぎゃあああっ!」


 目の前にいたのは、崩れかけた骸骨の顔をしたボロボロの人。凹んだ鉄製の帽子と、深緑色の軍服には黒ずんだ染みが広がっている。穴が空いているところからは所々白い骨が見えていた。


 色々な思考が夕姫の頭から吹き飛んで、涼に抱きつく。


「……これは、あれだね。第二次世界大戦の日本兵の亡霊、かな?」

「さ、さっきの陰は、ドラキュラだったのに……?」

「うん」


 抱きつかれた涼は、亡霊について呟いた。そして、なぜか静かに笑い始める。


「どうしたの?」

「ここ、面白いね。再現度は高いのに世界観がめちゃくちゃだよ」


 そう言って明るく笑う涼に、夕姫も心が軽くなる。胸に居座っていた恐怖を掻き消すつもりで、その感想を呟く。


「確かに。面白いかも」


 頷いて、涼は歩き出す。夕姫はそれで、自分がいかに彼に密着しているかに気づいて頭がパンクしそうになった。舞い上がりそうな身体を抑え、迅速に離れる。


 しかし、繋いだ手だけはそのままだった。


 それから涼はずっと笑っていたような気がする。

なぜかお化け屋敷に……。


仁美が頼もしいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ