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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第6章〜緋色の吸血姫〜

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休暇

「日曜日って、暇だよなー」


 楓は呟いた。

 現在、人通りの多い道を光希たちと歩いている。


「だから、こうして遊びに行くんだろ」


 誰の返事も期待していなかった言葉に光希が答えた。光希の姿は珍しく制服ではなく、私服だ。秋っぽい色で固めた服装で、光希のスタイルの良さがよく分かる。


 顔も良ければ足も長く、頭も良くてとにかく強い。


 文句なしの優良物件である。


 ……対する楓は、可愛い服というものを持っていた試しがなく、木葉に合わせてもらった服装だ。


 木葉が選んでくれたのは、ベージュのワンピースで、すごく可愛い。


 そう、すごく可愛いのだ(服が)。


 自分には可愛すぎて似合わないだろうな、と思い、楓は落ち着かない気分をずっと引きずっている。


 光希に変な目で見られないと良いのだが……。


 服のセンスでも敗北していると思うと、少しだけ悔しかった。


 じっと見つめていたせいか、光希が怪訝な顔をして楓を見た。


「……どうかしたか? 天宮」

「あ、いや、何でもない。相川、カッコいいなーって思ってさ」


 げほん、となぜか光希が咳き込む。今度は怪訝な顔をするのは楓の番だった。


「何かボク変なこと言ったかな?」

「うーん、言ったと思うよ、楓」


 爽やかに微笑んだのはもちろん涼だ。こっちのイケメンもセンスの良さが滲み出ている服装である。


 ……こちらも中々な優良物件。


 って、一体自分は何を考えているのだろう。


 楓はぽっと頭に浮かんだ感想を放り出して、涼に言う。


「神林もカッコいいぞ?」


 涼は目を見開く。少し照れたように控えめに笑う。


「……ありがとう。でも、そういうのは光希に取って置いてあげてね」

「相川に?」

「うん」


 涼の後ろで、夕姫が安堵の息を吐き出した。すかさず夏美が夕姫をつつく。


「夕姫ー、良かったね」

「な、な⁉︎ 何のことかな⁉︎」


 驚きのあまり手足を上げ、夕姫が固まる。せっかくの可愛らしい服装も、その妙ちきりんな格好で台無しだ。


「今日はたくさん涼たち(みんな)と一緒に遊べるよ」

「そうだね! うん、楽しみだよっ! ね?」


 夏美が言葉に込めた含みに気づかず、夕姫はニッコリと仁美に笑いかける。


「……ん、わたしまで、誘ってくれて、ありがとう」


 コクリと頷き、仁美はふわっとした笑みを浮かべた。


「いいのいいの〜! 夕馬が喜ぶから!」


 言いながら前を歩いていた夕馬の襟を鷲掴みにしてぶんぶん振り回す。


「おいっ! 夕姫! ばか! やめろ!」


 途切れ途切れの抗議を夕馬はしているが、夕姫には響かない。というのも、夕馬が浮かれているのは完璧に把握済みだからだ。


「そろそろ着くわよー」


 息を呑むほど美しい私服姿の木葉が、振り返った。制服でも綺麗なのに、似合う服を着ればさらに浮世離れした美しさが際立つ。


 木葉は、というかこの集団は、結構な人目を集めていた。木葉の美しさは言わずもがな、光希も涼もかなり目立っている。その上、夕姫も、夏美も、仁美も、可愛いわけで……。


 再び、どうしようもない敗北感に囚われそうなので楓は思考を打ち切った。代わりに、周りに意識を向ける。


 楓たちが向かっているのは、この辺ではかなり有名なテーマパークだ。なんでも、木葉がチケットをたまたま入手したらしい。それが8枚だったため、仁美も呼んだのだ。


 木葉の言う通り、目的地の門は既に見えている。カラフルな装飾が施された門には人はいないが、簡単な荷物検査とチケット確認は自動で行われるシステムになっているようだ。


 続々と門をくぐっていく人の波に乗って、楓たちは進む。


「あれ? ちょっと待って」


 思わず楓は呟いた。


「なんだ?」

「ここって、武装持ち込みおーけー?」

「ダメだろ」


 楓は腰の辺りの何かを叩く。


「ボクら全員、武器持ってるぞ?」

「そうだな……」


 楓の刀の鞘には特殊な術式が付与されている。それは、刀を景色に溶け込ませる、いわば幻術のようなものが擬似的に付与できる霊装、らしい。

 剥き出しで行動されてはかなわないと、木葉に渡されて付けている。

 光希たちもそれぞれ得物は手放さずにいて、霊装かどうかは知らないが、その姿は周囲からは完璧に隠されている。

 だが、それでも金属探知機には引っかかると思うのだ。


「金属探知機とかに引っかかったりしそうだけど、どうなのかな?」

「大丈夫だと思う」


 短く光希は答えた。


「俺たちが武器を隠すのに使っている術式は、物質そのものを誤魔化すものだ。それは天宮の鞘に付与された術式にも共通している。だから、たとえ検査されたとしても、霊力を感知するものでなければバレない筈だ」

「なるほど……。それって結構犯罪っぽいな」


 感心しながら呟く。一応これでも感心しているのだが、光希は微妙な笑いを浮かべた。


「まあな。だが、五星が揺らいでる今、戦う手段を手放すのは良くない。……特に天宮は」


 うん、と楓は頷く。


 光希が心配してくれているのが分かる。

 魔獣や、前に見た魔族の『王』とやらに出会したら、それに素手で殴りかかるのも勝算が薄い。そもそも、止められそうだ。それに、女子として終わりそうでもある。


「魔族に素手で殴りかかったりしないぞ、ボクは」

「どうしてそこに辿り着くんだよ……」


 自信満々に決意を宣言したところ、呆れ返った光希が頭を押さえた。


 しばらくして門をくぐり、テーマパーク内に入る。光希の言った通り、警備員につまみ出されたりはしなかった。


「うわぁあ!」


 中に入った途端、変わった景色に楓は顔を輝かせる。テーマパークなんて場所は、生まれて初めてだ。何よりも、この場を埋め尽くさんばかりの人。人であふれている。その上、霊力を持たない人がほとんどだ。


「テーマパークなんて、私初めてだよ!」


 夏美の瞳もキラキラと輝いている。


「私たちも! ヤッホーっ! こんな場所初めてだぁあ!」


 もう既にテンションが壊れ気味の夕姫も叫ぶ。夕馬も、同じように叫び出したいのを堪えているような顔をしていた。


「僕たちも初めてだよね? 光希」

「ああ」


 涼と光希は頷き合い、木葉が微笑む。


「当然私も初めてよ」

「わたしも、はじめて」


 仁美はガラスのような透き通った瞳に色鮮やかな景色を映している。


 どうやら全員、テーマパークを訪れるのはこれが初めてのようだった。


 これから先、こんな風に遊べるのも少なくなってくるに違いない。もしかすると、これが最後かも。だから、この機会を作ってくれた木葉に感謝を伝えたい。


「木葉! ボクらを招待してくれてありがとう!」


 木葉は虚を突かれたように一瞬動きを止めた。そっと瞬きをした彼女は、優しく微笑んだ。


「……そんな感謝をされるいわれはないのだけど。そうね、良い思い出になるといいわ」


 その言葉を聞き終えて、再び周囲に目を向けてしまった楓は気づかなかった。木葉の瞳に微かな冷たい光が浮かんだことに。


「まずはどうする? お昼ご飯にする?」


 ふと夏美が思い出したように口にした。


「そうだね。もうそろそろ1時だし」


 涼は腕時計をチラリと確認した。


「「さんせ〜!」」


 笹本の双子が両手を上げて賛成する。食いしん坊の二人は昼食が待ちきれないようだ。仁美もふらっと手を振って主張する。


「わたしも、ごはん、食べる……!」

「何食べようか? レストラン?」


 天宮家に正式に迎えられてから、楓の財政は程よく潤うようになっている。なので、ここで少しくらい贅沢をしても大丈夫だ。


「そうだな、何がいい?」


 光希の問いに、全員が困った顔をした。


「何って言ってもなー、ここって何があんの?」

「レストランって言ってもいっぱいあるしなーって、そもそもここにレストランあるっけ?」

「……食べれるものなら、なんでも、おっけー」

「私は光希が好きなもので良いよ」

「食べるものの選択はあなたたちにゆだねるわ」


 テーマパーク初心者による、適当な言葉に涼が苦笑いをした。


「情報不足、だね」


 そして、やはり涼もまた、何を食べれば良いか全く分からないのだった。


 ***


 散々迷走した挙句、最後に選んだのは適当な屋台を巡って食料を調達する方法だった。


 幸い、ベンチとテーブルが並べられた空間に屋台がずらりと並んでいる便利な場所があったので、困らなかった。


 楓はホクホクのじゃがバターと唐揚げを購入し、ベンチに座る。

 そこに木葉の視線が注がれた。


「……あなたそれ食べるの? 仮にも天宮の姫なのだけど……」

「ん? おいしいぞ? 木葉も食べるか?」


 唐揚げの入った紙パックを楓は突き出すが、遠慮しておくわ、と木葉は苦笑いした。


「まあまあ。おしゃれって言うと……、夏美のクレープとかかな?」


 そう言う涼はホットドッグを持っている。隣の光希はベーコンが一緒に挟まれているハンバーガーで、夕姫と夕馬は……数えるのをやめよう。食欲に負けて買いすぎていた。

 仁美と夏美はクレープを小動物のように一心に頬張っている。イチゴやホイップクリームが包装紙から落ちそうだ。


 楓は熱々のじゃがバターに息を吹きかける。一度食べてみたかったのだ。湯気が金色のフカフカした物体から立ち昇り、香ばしい匂いを振り撒く。口の中に唾が溜まってきた。冷めるのを待ちきれずに口を開ける。


「アヂッ⁉︎」


 一気にじゃがいもを口に突っ込み、涙目で悶える。頑張って飲み込んだ後も、舌が痺れるようなひりひりした痛みに襲われていた。


「うぅう……」


 突然、差し出された水に楓は飛びついた。勢いよく飲み干す。ひんやりと冷たい水が舌を癒して喉を滑り落ちていく。

 その心地良さに心の余裕を取り戻す。楓は水をくれた人に感謝を捧げようと前を向いた。


「大丈夫か?」


 それは光希だった。よく見れば、光希のトレーの上のコップが消失している。いや、ここにあるのが光希のか。


 ……光希のか⁉︎


「あ、ありがとう、相川」


 コップを返却しながら礼を言う。光希は無造作な手つきでコップを受け取った。


 これは間接キスとやらでは……! 


 そんな考えに至ってしまったのを隠すため、努めて無表情を装う。そして実は光希も完璧な無表情を貼り付けていた。

 そんな二人の様子がツボにハマったらしく、涼が一人で静かに笑い始める。


「涼、どうはふぃた?」


 リスも顔負けなくらいに頰を膨らませ、夕姫が首を傾げた。その顔のあまりの滑稽さに夏美までもが笑い出す。最後には楓と光希も笑い始めていた。


「なんでふぃんな笑ってふの?」


 そして最後まで夕姫だけは全員が何に笑っているのか分からなかったようだった。

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