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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第6章〜緋色の吸血姫〜

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忍び寄る陰

 楓たちと共に夕食を食べ、部屋に戻って早3時間。


 時計は10時を過ぎた所を指している。


 木葉は何やら嬉しそうな顔をしている楓に声をかけた。


「何か良いことでもあったのかしら? 光希関連で」


 楓が固まる。


 感情がすぐに行動に出る所もこの少女の面白いところだ。そんなことを思いながら、木葉は楓に視線を送り続ける。


 そしてついに楓が折れた。頰を薄い赤色に上気させて彼女は言う。


「相川にさ、教えてもらったんだ。伊織ちゃんのこと。それが嬉しくて」

「ふうん、光希も吹っ切れたのね。素晴らしい進歩だわ」


 思わず口元が綻んだ。


 楓に伊織のことを話すのも時間の問題だろうとは思っていたが、意外にも早かった。もう少しかかると思ったのだ。


 楓と光希の関係は、もはや護衛と護衛対象としての関係を越えている。

 本人たちは絶対に認めないだろうが、お互いへの信頼感や息の合い方は恋人の方に近い。

 そして、絶望的なまでの恋愛初心者感もそっくりだ。……楓の方が若干重傷だが。


「楓は光希のこと、どう思ってるのかしら?」


 ニヤニヤ笑いを口に浮かべて訊いてみる。冷静に考えればからかわれているのは簡単に分かる。しかし、楓は目をぐるぐるさせて口をパクパクさせるという分かりやすい反応をした。


「え、え、えっと。人間的にはすごく、そのー、好ましいっていうか……えー、そのー、あのー、ただの護衛だし? うん、そうだけど?」


 こんな素直な反応をするこの子は、本当に面白い。見ていて飽きない。とても人間らしいのだ。


 木葉は低いテーブルに頬杖をつく。

 目の前ではまだ楓が混乱状態だ。自分の気持ちを言葉にできない感覚との終わらないイタチごっこをしているらしい。掴めそうで掴めない、そんな感覚なのだろう。

 それが理解できないのが少し残念に思えた。


「……!」


 突然、ポケットに入っている端末が振動した。木葉に電話をかけてくる相手といえば本当に限られている。滅多なことでは鳴らない電話が鳴っている、ということはこれは大事な連絡かもしれない。


 木葉はテーブルに画面が隠れるような角度で震え続ける端末を見た。


 表示された名前を見た瞬間、それが何の電話であるかを理解する。


「少し、電話に出てくるわ」


 そう言い残して木葉はベランダに出た。楓は生返事をして木葉を見送る。


 涼しい風が艶やかな髪を揺らす。その姿は烏の羽が濡れたような黒髪が闇に溶けていくような錯覚を見る者に与えるだろう。


 端末の操作して電話に出る。


「下田木葉でございます、御当主様」


『突然の電話ですまないが、そちらは大丈夫か?』


 重々しい老人の声が鼓膜を震わせた。


 そう、この電話の主は天宮家当主だ。


 つまり、この電話の用件は新たな命令。それも、急を要するものである。だが、木葉は今から何を命じられるのかを知っている。なので、これは行動開始の合図と言った方が正しいかもしれない。


「はい、聞かれる心配はないかと」


 大丈夫か、という質問を受け、木葉は簡易的な結界を張りながら返答する。結界は声を遮断するものだった。


『では、早速本題に入ろう。五星は崩壊し始めている。完全に崩れるまでは時間の問題というところまで来ている』

「はい、本格的に彼らを殲滅する時は近いと思われます」


 五星の礎の破壊は天宮健吾の指示だ。そしてそれに罠を仕掛けたのも。


『……そろそろ荒木を排除する頃合いだ。私たちの目的にあの少女は必要ない』


 木葉の唇が歪んで笑みが形作られる。


「ええ、その通りです。御当主様、その準備ができたのですね?」


 これは前から決まっていたこと。その為の布石は既に打ってある。


『うむ、そうだ。あれは本当によくやってくれた。荒木家が滅ぼされなければ荒木を潰す必要も無かったが、……それは問題の内には入らない。荒木夏美はこちらの予想を越えて優秀だったという話だ。荒木夏美が荒木の血筋をまとめ上げることができていなかったならば、些か今の計画にも狂いが出てきていたことだろう』


 淡々と、老人は語る。


 天宮健吾が目指すのは、霊能力者の統一。

 そして、ヒトならざる種の徹底的な殲滅。


 その目的に、五星結界は障害となる。五星の結界は、外界のモノから内部を守るには効果的ではあるが、同時に大きな行動を制限する枷だ。確かに人は結界を越えることができる。だが、それは魔族や妖族をこの世から消し去ること対してはとても非効率だ。何しろ、彼らはこの聖域には足を踏み入れられないのだから。


 だから、五星を破壊する。

 その崩壊を以てヒトではないモノを全て、殺し尽くす。


 その目的に不確定要素となる当主、荒木夏美は邪魔なのだ。計画が破綻する可能性をはらんだ要素は排除しておかなければならない。


「彼女はとても聡い子ですよ。彼女は随分前から荒木家が潰される未来を予見していた。まあ……、自分が標的だとは思っていないようですが。もちろん、知っていようが知っていまいが、荒木が消えることには変わりはありません」

『ああ、』


 電話越しに頷く気配がした。


『荒木を継ぐのは、分家第一位の春日井だ。ともすれば……、分かっているな』

「はい。春日井をこちらに引き込めば良いのでしょう?」

『そうだ。私もこちらでも手を打とう』


 ということは、荒木夏美が五星の礎を破壊したという改竄された情報を流し、罪を着せるのか。


「では、春日井に赴き、御当主様の意向を()()()()()と共にお伝えいたしましょう」

『任せたぞ、下田木葉』

「は、」


 プツン、と電話が切れる。笑みを口元に浮かべたまま、木葉は力を抜いて端末を持った手を下ろす。端末の重みに任せてぶらりと手を揺らした。鋭い視線を暗闇に向ける。


 明日は土曜日だ。







 ***


 土曜日の夜。


 木葉は春日井本家を訪れた。天宮家からの使者だと伝えると、すぐに当主の元へ通される。

 五星学園交流会、という名の本家集会で

 それとなく周りに示したのが功を奏したようだ。特に、本家ではない春日井家は夏美によって参加を許可されたため、木葉のことを知っているだろう。


祐一ゆういち様、天宮家からの使者がお見えです」


 ダークブラウンの扉の前で、黒いスーツの使用人が声を出す。木葉はその後ろで立って待っていた。


「天宮家の使者? 一体誰が――」


 扉が開いて中から顔を出した春日井家当主は愕然とした表情を浮かべた。


「っ、し、下田木葉様っ⁉︎」


 そう言ったということは、木葉のことを知っているらしい。木葉は微笑んで、礼をする。


「はい、天宮家からの使者は私です。お話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 驚きから解放された祐一は慌てて頷いた。木葉の隣に控える使用人に目配せをすると、使用人はお辞儀をしてその場から去って行った。


「……取り乱して申し訳ありません。お入りください」


 促されて入った扉の先は、書斎兼応接室のような作りの部屋だった。真ん中よりも少し扉に近い方に、ソファが二つ向かい合わせに置いてある。その内の一つを勧められたので、木葉は礼を言ってから腰を下ろした。


「私を調べていたのはあなただったのね」


 木葉は言葉を崩して語りかける。

 さっきの反応を見れば、すぐに自分を調べていたのがこの人であったことくらい分かる。

 そして言葉を崩したのは、この場において、この家の主よりも木葉の方が立場が上であることを示すためだ。そのことは、祐一もよく理解していた。

 目の前に座った祐一の瞳に警戒心が深まるのが見えた。


「……はい、何故それを?」

「夏美が私のことを嗅ぎ回っていたからよ。荒木家では主に諜報は春日井家の仕事、そうでしょう?」


 祐一は堪忍したように息を吐き出した。


「ええ、流石は天宮家直属の諜報員ですね」

「よく調べたわね」


 と、上辺では褒めたが、そのくらい調べられなければ諜報機関としては失格だ。案の定、祐一もそれを褒め言葉だとは受け取っていなかった。


「それで、ここにいらっしゃった本当の理由をお聞かせ願えますか?」

「ええ」


 短く答え、木葉は横髪を耳に掛ける。


「あなたたちの仕える本家、荒木家当主が天宮に離反したわ」

「っ⁉︎」


 祐一の目が大きく見開かれた。その目には信じられないという感情がありありと浮かんでいる。

 霊能力者の世界で、天宮家に逆らうということは何よりも大きな罪だ。自分の仕える主がその大罪を犯したとは信じられるはずがない。


「……それは、どういう、ことですか?」


 祐一はやっとのことで質問を声にした。木葉は静かに事実うそを語る。


「五星の礎を破壊したのは、荒木夏美よ。そのデータはこちらが入手している。見せることもできるけれど」

「見せてください」


 硬い声のその返事は予想通りだ。木葉はデータが収められたチップを彼に渡した。


 祐一は自身の机にある端末にチップを差し込み、データを開く。そこには本物の映像が映し出されていることだろう。そう、本物だ。姿を消した木葉の姿は映っていない。


 データを数回再生した祐一は、木葉に鋭い視線を向けた。


改竄かいざんされたデータではないのですか?」

「あら、天宮家にデータを改竄する理由はあるかしら?」


 惚けて木葉は言う。もちろん、その発言に騙される春日井家当主ではない。


「荒木家を排除するためならやりかねないと思いますが、どうなんですか?」


 強気な反論だった。だがそれも、初めから想定済み。木葉は特大の手札を切る。少しずつ、春日井祐一を切り崩していく。


「荒木夏美は2年前、荒木家を滅ぼした大罪人よ」


 祐一の顔を絶望的なまでの衝撃が走り抜けていく。それでもまだ反論を続けた。


「そ、そんなわけありません! 御当主様はあの事件で瀕死の重傷を負われた。それが他に傷つけられたと言わずなんと言うのですか!」

「そうね、……荒木夏美は荒木家当主に殺されかけた。その日、荒木家は滅んだ。それが事実よ。そして、荒木夏美は多くの分家の人間を手にかけている。あなたも、本当は分かっているのでしょう? 荒木夏美がとても危険であることを」

「……っ」


 春日井祐一がこちらに堕ちた感触がした。あともう一押し。


「……私たちと手を組みなさい。天宮家に降れば不利益は被らない。荒木家がなくなれば、春日井が荒木の座を継ぐことになる。本家の座、欲しくはないの? あなたの娘も本家になりたいと望んでいる。あなたにとって、不利益になるようなことは何もないわ」


 魔性の微笑みで、甘い声で囁きかける。


 魂が抜けたような顔で、春日井祐一は座っていた。


 天宮家からの誘いは甘美な蜜のようなもの。霊能力者の頂点に立つ天宮家の後ろ盾はあまりにも大きく、また、天宮家の力があれば大抵のことは叶えられる。こちらと手を結べば春日井舞奈の望みも叶えるのは造作もない。


 木葉は静かに立ち上がった。茫然としたままの祐一に微笑みを向ける。


「良い返事を、待っているわ」

「……はい」


 それだけ言って春日井家を後にする。闇に紛れて外を歩く木葉の足取りは軽やかだった。


 普通なら、本家に忠誠を捧げる分家はそう簡単には落とせない。だが、これは天宮家の誘い。天宮の誘いは強力な命令として作用する。


 そして、荒木夏美の支配こそがそのもう一つの理由だ。


 荒木夏美は、言うなれば強引に権力を手に入れた。時には邪魔な人間を排除してまで、孤独な王座を築き上げた。


 故に、脆い。


 彼女の目的は、当主として家を支配することではなかったから余計に。


 ……だがそれは、木葉にとって問題ではない。


 あの方が望むのなら、手に入れて見せよう。

 あの方が求めるのなら、どんな手を使ってでも。


 木葉は無意識に天使のような微笑を浮かべていた。

天宮家が動きます。

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