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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第6章〜緋色の吸血姫〜

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崩壊の足音

 その次の日の放課後、楓は一人で風紀委員会本部に向かっていた。今日は楓が当番で、光希とは分かれて来たのだ。


 誰とペアだったっけな……。


 思い出そうと考えながら、ゆっくりと足を動かしていると、風紀委員会のプレートが掛かったドアにはすぐに辿り着いた。


 木でできた扉を押し開ける。


 窓の隣に立ち、外を見る男子生徒の姿があった。ボンヤリと、その人は佇んでいる。


「……芦屋あしや先輩?」


 躊躇いながら楓は声を発した。僅かな間を置いて、芦屋あしや けいは振り返る。


「あ、ああ。すまない、少し考え事をしていた」


 窓から差し込む光に後ろから照らされ、慧の顔には影が落ちる。


「いえ、ボクも今来たばかりですから」


 首を振って慧には非がないことを示す。慧は優しい笑みを浮かべ、楓の方へ歩いてきた。


「それなら行くか、天宮」


 言ってから慧は微妙な顔をして楓の顔を眺め始めた。何か自分の顔に付いているのでは無いかと心配になってくる。尋ねようとして口を開いた時、やっと慧が声を出した。


「……天宮、じゃなくて、天宮の姫君、と呼んだ方が良いか?」

「へ……?」


 まさかの予想の斜め上を行かれ、楓はキョトンと間抜けな顔を晒してしまう。しかもなぜか半分照れながら慧が言うので、反応に困った。


 だが、確かに言われてみれば迷う所かもしれない。特に事情をよく知らない慧ならば。


 実際に楓の身分が変わったわけではない。楓はいつもと変わらずただの『無能』だ。それに付け加える称号が一つ増えた、ただそれだけのことである。


「別に、前と同じで構わないですよ。なにも、ボクの『無能』としての評価が変わったわけでも無いですし」

「……そういうものか」

「はい。そういうものです」


 あっさりと慧は納得した、ように見えた。そうしなければ、二つ年下の女子を『姫』と呼んだ気恥ずかしさから逃れられなかったのかもしれない。


「それじゃあ、改めて。行くか、天宮」

「はい、先輩」


 楓と慧は風紀委員会本部を出て、見回りを始める。学校が始まって1週間ちょっと。そろそろ色々と生徒の行動がゆるくなってくる時期だ。今日辺りは何か事件に遭遇しそうである。


 人も、部活に行ったか、帰寮したかのどちらかでほとんど居なくなった廊下を慧と並んで歩く。足音ばかりが空間に反響して、沈黙が居心地悪かった。


「芦屋先輩は、何か悩んでたんですか? 春日井先輩と何かあった、とか?」


 思い切ってそう問いかけてみる。確か慧は春日井かすがい舞奈まなと付き合っていたはずだ。悩んでいるのなら、そのことについてかもしれない。

 慧は驚きを顔に浮かべ、遠くへ視線を向けた。


「……ああ。確かにそうかもしれない。なんで分かった?」

「……なんとなく? ですかね。もし良ければ聞きますよ。先輩のお力になれるかどうかは分かりませんが」


 慧の目元がふと和らいだ。静かな廊下で、慧の落ち着いた低い声が響く。


「舞奈とは、別れることにしたんだ」


 楓は目を見開いた。いつも仲良さそうにしていた二人が今別れるとは、どういうことだろう。その上、この感じでは慧が舞奈を嫌いになってしまったわけでは無いようだ。楓は慧が続けるのを静かに待った。


「……俺もそろそろ高校卒業だ。一応芦屋は本家に名を連ねている家名だからな、芦屋の血筋を保つことが求められる」


 その慧が言おうとしている続きが、聞かなくても分かってしまう。


「俺が当主になる予定は無いが、本家の血筋の者と婚約しろ、と言われていてな……。春日井家は本家ではない。だから、俺の方から舞奈を振ったんだ」

「……そうなんですか」


 楓にはどうしようもないことだった。舞奈もそれを知っていたのだろう。

 いつか、自分も本家だったら、と漏らしていたことがあった。春日井家は荒木家の分家で、決して本家ではないのだ、と。


 慧は苦笑した。


「……天宮に言うことでは、なかったな」

「いえ……」

「見回りを続けるぞ」


 足音を響かせ、沈んだ空気を振り払うように慧が足を早める。頷いた楓はその姿を追って足を動かした。


 外に出ると、眩しい日差しが目を刺した。


「今日は何もないと良いんだが……」


 道を走っていく女子生徒たちを流し目に慧が呟く。


「そうですね」

「天宮と組むのもこれで最後だろうし」


 何気ない慧の言葉に楓は思わず足を止めた。


「ああ、聞いてなかったか?」

「聞いてない、です」


 隣を見る。慧は風紀委員会であることを示すネクタイピンを軽く触った。


「3年生は9月で引退なんだ。10月からは2年生が中心になる。来年はもう、天宮も先輩だからな」


 ギクリと楓の肩が跳ねる。ぎこちない動作で口角を上げた。


「……ボクが先輩ですか」


 ニヤリ、と悪戯っぽい笑みを浮かべて慧が楓の肩をポンポン叩く。


「頑張りたまえ、天宮くん」

「からかわないでくださいよっ⁉︎ 先輩!」


 小さく拳を握って楓は叫ぶ。慧は噴き出した。そして楓の抗議をあっさりと受け流し、慧は真面目な顔を作る。


「……とまあ、冗談はさて置き。天宮はあらゆる霊能力者からマークされているから、気をつけた方が良い」

「やっぱり……?」


 頷いた慧の髪が揺れた。


「俺の家も気にしてるみたいだ。天宮の姫の座は15年間空白だったらしいし、注目されるのは当然だろう」

「なるほど……。ありがとうございます」


 楓の知らないことを教えてくれた、そのことに感謝して軽く頭を下げる。慧は手を振り、感謝されることでもないと示そうとして、固まった。


「?」

「……天宮、眼鏡はどうした?」


 楓は手を眼鏡があった場所に当てる。手に触れるのは、レンズではなく肌のみだ。


「あ、いやー、眼鏡が無くても見えるようになったって言いますか、その――」


 慧がどこかを睨んでピリッとした空気を纏うのを感じて口を閉じる。


「……霊力の不正使用ですか?」

「ああ、行くぞ。どうやら最後の天宮との仕事は平和では終わらないみたいだ」

「はいっ」


 走り始めた慧を追う。長い黒髪を翻し、風に乗せて走り始める。


 慧が向かったのはここからあまり遠くはない校舎の裏手だった。

 戦闘音が響いているのが耳に届き、明らかにアウトな感じの閃光が明滅している。

 いつも通り適当に懲らしめるか、そう思って二人で現場に踏み込んだ。


「なっ……⁉︎」


 慧の表情が変わる。その視線の先を見た楓もまた、顔色を変えずにはいられなかった。


「なんで魔獣が⁉︎」


 黒いもやのようなものを纏った獣が、そこに居た。その輪郭は今にも崩れ落ちそうなほどボンヤリしていて、赤く鋭い瞳だけがその存在を強く印象付けている。

 赤い瞳は殺意を帯びてギラつき、今にも全てを食い殺してしまいそうな気配を持っていた。まるでその姿は手負いの獣のようで……。


「天宮は生徒の安全を確保っ! 俺が魔獣を倒す!」


 鋭い指示が楓の身体を動かす。必死に戦闘をしている生徒たちに向かって飛び出した。


「早く離れてくださいっ!」

「あ、天宮の⁉︎」


 突然乱入してきた楓に驚愕する男子生徒を突き飛ばす。その空間を黒い獣の爪が裂いた。


「大丈夫ですか」

「あ、はあ……」


 他の二人も離脱できたようだ。そのことを確認した楓は、慧の方に意識を移した。


 慧の手に細身の黒いナイフが5本現れる。黒い獣は慧を敵性認識する。体勢を低くし、牙を剥く。


 獣が跳んだ。


 鋭い爪が眼前に迫り来るにも関わらず、眉一つ動くことはない。ただ、ナイフが5本、空を切り裂いて獣に放たれる。

 頭部、肩と思しき部位、両脚。五芒星をかたどった配置に吸い込まれるようにナイフは突き立った。


 ナイフを警戒した獣の動きが一瞬止まる。だが、そんな軽い攻撃では倒すには至るはずがない。


「『魔を封じろ』」


 落ち着き払った声が響いた。黒い獣に刺さったナイフが霊力の光を纏い、五芒星を描く。


 その次の瞬間、魔獣の姿は消失していた。


 息を吐き出し、慧は黒い獣が姿を消した場所にゆっくりと足を進めた。そこで屈んで何かを拾い上げる。


「先輩、魔獣は……?」


 楓は駆け寄って隣に立つ。慧は透き通ったガラス玉のようなものを少し持ち上げる。その中心には黒い淀みが渦巻いていた。


「簡単な封印を施した。もちろん、これ、封玉を割れば魔獣は解き放たれる」


 封玉を覗き込んでみる。ビー玉にしか見えないが、力の気配だけは何となく感じ取れた。


「芦屋先輩の家の術式ですか?」


 本当は他の霊能力者の家については踏み込んではいけない。だが、それを忘れて訊いてしまった。口に出してから思い出したが、慧自身気にしていないように見えたのでセーフだろう。


「ああ。芦屋家は陰陽道にゆかりがあって、主に魔の物を退治したり封じたりする術式に特化している。簡単に言えば、祓魔師エクソシストみたいなものだ」

「すごい……」 


 感嘆の溜息を吐き、立ち上がった慧を見る。楓に感動の目を向けられていても、慧の険しい顔は変わらない。


「これは結構大問題だな……」


 慧が言わんとしていることはよく分かる。今まで魔獣が入って来られない絶対的な結界が五星結界だった。その内部にまで魔獣が現れるようになったということは、結界の効力が弱まっているのに等しい。


「魔獣に対抗する術のない一般人が心配ですね。……こんなモノに襲われたらひとたまりも無い」

「俺たちにできることは限られているからな。全ての人間を守り切るなんてことはできない」


 沈んだ声で慧は呟く。全くもってその通りだった。

 曇った表情の楓は、視線を慧の手にある封玉に向けた。


 こんなモノが安全と信じられている五星に入ってくるようになれば……。


 ……霊能力者以外は生き残れないだろう。


 五星結界の崩壊。

 信じたくはない。

 だが、確実にその足音はすぐそこまで迫っている。


「負傷者はいるか?」


 楓は周囲を見渡して答える。先程まで戦っていた生徒たちの顔には苦痛はなく、安堵だけがあった。安心して楓も胸を撫で下ろす。


「いえ、いません。良かったです、間に合って」

「そうだな。風紀委員長と生徒会長に報告しに行くぞ」

「分かりました」


1週間も空いてしまいました。

すみません…。


最近は恋愛要素多めです。

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