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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第6章〜緋色の吸血姫〜

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何気ない日常と恋の話

 二学期が始まって1週間が経った。授業は数学などの通常教科が一部削られ、実技が増えた。


 ――というわけで、4時間目の今は実技の真っ最中だ。


「はあっ!」


 夕姫は気迫と共に上段から刀を振り下ろす。それを真っ直ぐよりも少し斜めに楓は受け、力を受け流した。

 身体をひねるようにして飛び退る夕姫を追わず、反撃を待つ。


 夕姫の身体が加速した。

 身体強化に回す霊力を増やしたのだ。


 目を閉じる。


 空気の振動、音。視覚以外の情報量が増えていく。

 周囲では楓と夕姫のように立ち合いが至るところで行われている。

 剣戟けんげきや発砲音が絶えず響いていた。だが、それらが楓の感覚を乱すことはない。


 背後斜め右から鋭い殺気が迫るのを感じた。

 目を開くよりも先に、楓の手が閃いていた。くるりと刀が動く。


 キンッ。


 受けにくい角度を狙った夕姫の一撃を、弾き落とす。衝撃に僅かにのけぞった夕姫は目を見開いた。


「うそっ⁉︎」


 それでも驚愕の声を上げた夕姫の刀はまだ生きている。夕姫の目の光が強くなり、さらに楓の間合いへ踏み込んだ。


「まだまだっ!」


 今度は下からの斬撃が放たれ、間髪入れずに次が来る。

 思わず笑みをこぼし、楓は夕姫の攻撃を全て弾いていく。


 それがしばらく続いたが、この膠着こうちゃく状態は変わらない。いくら刀を振るっても変化がなく、体力だけを使い果たした夕姫がとうとうギブアップした。


「うぅうっ……、なぜっ⁉︎ なぜだぁぁ!なぜ届かぬっ! 我が一撃必殺のエクスカリバーがぁぁっ!」

「……あのー、夕姫?」


 魔王と勇者とその他諸々を適当に混ぜ合わせたようなセリフを叫び出す夕姫に困惑する。


 一撃必殺のエクスカリバーって……。


 まあ、突っ込まないであげよう。そう判断し、楓は生暖かい目で、頭をブンブンする夕姫を見守ることにした。


「……私、全然強くなれないな」


 突然呟きが聞こえた。その言葉に、緩んでいた気持ちが引き締められる。夕姫は刀を軽く何度か振り、楓の方を向く。


「楓はどう思う? 私は4月から何も成長してない。みんなはどんどん強くなってるのに、私はいつまで経っても役に立てないし……」


 楓は表情を和らげた。そして微笑む。


「あー、笑われたぁ……」


 ムスッとしかけた夕姫に慌てて弁解する。ここで勘違いされては、言いたい事が言えない。


「違う違う! 夕姫も悩んで前に進もうとしてるってことが分かってさ、なんか嬉しかったんだよ」

「そうなの?」

「うん、そう」


 嬉しそうに夕姫の頰が緩む。むくれていた子犬が喜ぶような表情だった。正直、犬みたいだと思ったのは伏せておこう。


「夕姫が強くなってないなんてのは嘘だよ。前よりもずっと強くなってる。速度も判断力も、身体能力も。みんなに置いてかれてなんかいないんだよ。むしろ、夕姫がたぶん一番伸び代があるんだとボクは思ってる」


 楓の思わぬ言葉に、夕姫はキョトンとした。


「私の伸び代……」


 頷いて更に話を続ける。


「まず、ボクや相川、神林、夏美は実戦経験が多い。夕姫はこの半年くらいだろ?」

「確かに、それまではザコ魔獣相手なら何回か、ってくらいだったなー」


 だからすごいんだ、と楓は笑ってみせた。実際、この半年間で楓たちが戦った相手は生半可なものではない。下手をすれば死んでいたし、重傷を負っていたはずだ。それを乗り切った夕姫には間違いなく才能がある。


「自分で言うのもなんだけど、実戦経験が少ない夕姫がボクたちと並んで戦えたのは、紛れもなく夕姫の実力があってこそだ。それに、前ならボクと剣を合わせてもこんなには続かなかったはずだよ」

「んー、そうかなぁ?」


 夕姫は少し赤みを帯びた頰をぽりぽりとかいた。


「うん、夕姫にはいつも助けられてるよ。……あと、少し思うんだけどさ、もしかしたらこの戦闘スタイルは夕姫にはあまり合ってないのかもしれない」

「私の……?」


 首を傾げる夕姫に楓は言うが、もやもやとした感覚があって上手く言えない。気を悪くしたら嫌だな、となんとなくそう思った。


「あー、……いや、ボクの勝手な印象なんだ。だから、大して気にしなくて良い。もしも、はっきり分かったら教えるよ」

「? うん、分かった。その時は教えてね!」


 素直にコクリと頷く夕姫に、後ろ向きな気持ちが吹き飛んだ。


「ありがとう、夕姫」

「いえいえ!」


 そこで授業の終了を告げるチャイムが鳴り響く。4時間目が終了したのを自覚した途端、お腹が空いてきた。


 ぐうぅう〜。


 隣から盛大に誰かさんのお腹の音が聞こえる。夕姫を見ると、照れ笑いをしてお腹を押さえていた。


「あはははー、おっきな音したねー」

「ボクもお腹空いちゃった」


 戦闘音が止んだ実技室は喧騒に包まれている。見渡すと、涼と目が合った。刀を持った涼はニコリと笑ってこちらにやって来る。


「2人ともお疲れ様。今日は夕姫と楓がペアだったんだね」

「うん。夕姫もだいぶ強くなってたよ。神林もそう思うだろ?」


 涼の目が夕姫に向く。夕姫の視線が涼から逸れた。


「そうだね。会った時よりもずっと強くなったと思う。僕も見習わないとね」

「い、いやー、照れるなー」


 なぜか返事をした夕姫の声はぎこちなかった。


「……ところで涼は誰とペアだったのー?」


 一応、男女で組む相手は分けられている。既にこの模擬戦授業は何回か行われていて、楓は夏美と美鈴とペアを組んだことがある。


「僕は――」


 言いながら、涼は後ろを向く。その視線の先に木葉に話しかけようとしている男子生徒がいた。


「――天童てんどうみなと君とだよ」

「あー、あの木葉信者かー」


 もうだいぶ昔の記憶を掘り起こす。木葉とペアを組んで天に召されそうになっていた男子だったはずだ。


「それでどうするんだろ、湊?」


 夕姫が2人の様子を観察し始めた。楓と涼も釣られて眺めてしまう。


「……何してるんだ? お前ら」


 光希が怪訝な顔で楓たちの隣に立っている。


「光希は鈍いな〜、もう。見れば分かるよ!」


 光希をポンポン叩きながら、夏美が突然状況を説明していた。苦笑いをした楓は、そのまま意識を少し離れた2人に移す。


 会話が聞こえるくらいのベストな立ち位置。それが今の楓たちのいる場所だ。


 湊は木葉の前で赤くなったり青くなったりを繰り返している。それが覚悟を決めたように真剣な表情に変わった。


「下田木葉様! オレは貴女あなたを敬愛しておりますっ!好きですっ!愛してますっ!お、オレと付き合ってくださいっ!」


 教室中に聞こえるほどの大声だった。涼が苦笑いで呟く。


「……熱烈だね」


 コクコク、と夕姫の頭が動く。

 楓は木葉の返事が気になり、更に耳を澄ます。


「あなたが私に気があるのはよく分かっていたわ。でも私は誰とも付き合う気は無いの。ごめんなさいね。私、あなたに興味なんて無いわ」


 無表情で無慈悲な宣告をしたのが聞こえた。湊が白い灰に変わり、サラサラと風化していく幻想が見えた。


「……辛辣しんらつだな」

「……ああ」


 楓の呟きに光希が頷いた。


「あら、待たせたかしら?」


 ちりとなった湊を放置し、木葉が歩いてくる。その顔には微塵の後悔も罪悪感も浮かんでいない。そもそも、こっ酷くフった自覚もないのかもしれない。


「木葉、なかなか激しくフったね……」


 夏美は半分呆れて口に出す。木葉が瞬きをした。


「え? そうかしら?」


 追いついた夕馬も一緒になって全員で首を縦に振る。木葉だけが訳が分かっていない。


「湊の心はたぶんっていうか、粉々になってるぜ」


 夕馬の哀れみの視線も風化した湊には届かない。


「もしかして、今まで全員そうやってフってたのか?」


 楓は試しに訊いてみる。木葉は何度か告白されたことがあったはずだ。その度にあのような、ヒトの心のないフり方をしていたと思うと……。


「ええ、そうよ。何か……、問題でも?」


 再びコクコクと頷く一同。木葉は今更ながら驚いた顔をして呟く。


「こうやって告白してきた男を振るのだと教えてもらったのだけど……」


 ――誰だよソイツ。


 全員の頭の中を同じセリフが過ぎったはずである。


「ちなみにそれは誰なの?」


 涼が苦笑いのまま尋ねた。木葉の視線が夏美の方へ移動する。夏美が苦笑いとも似つかない微妙な微笑みを浮かべ、目を逸らす。


「あははは……、冗談のつもりだったんだけどなー」


 木葉に心をけちょんけちょんに砕かれた全男子に冥福を祈り申し上げる。


 なんて哀れなんだ、と楓たちは遠い目をして木葉を見つめた。まさか夏美が元凶とは……。


「ま、まあ、まあ……。お昼、行こ? 席無くなっちゃうよ?」


 ここで機転を利かせたのは夕姫だった。その提案に乗り、楓たちは実技室を出た。



 ***



「恋愛って難しいわね」


 ちっとも深刻そうではない声で木葉は言う。既に昼食を食べ終え、食堂でお喋りタイムだ。


「そうだね」


 涼が相槌を打った。


 今思うと不思議なことだが、一学期の楓たちは男女で分かれて昼食を食べていた。気づけば二学期は全員で食べるようになったのだ。とても賑やかになった気がするし、楓はこの和やかな雰囲気が好きだ。


「涼も告白とか、やっぱりたくさんされるの?」


 夕姫が身を乗り出す。涼は困ったように眉を寄せて頷いた。


「たまに、ね。でも、いつも断ってるよ。僕はみんなと一緒にいられるだけで満足だしね」

「なるほど……」


 楓には、恋愛感情がどんなものかよく分からない。何を恋とか、好きとかいうのか、理解していない。


「そういえば、夕馬は仁美ちゃんと度々話してるよね?」


 夕馬が水の入ったコップを手から滑らせた。しばらくアワアワしてから、コップを捕まえる。夏美が目をキラリと輝かせ、夕馬の返事を期待している。


「あ、あ、えーっと、別に友達だし? 仁美は頭良いからプリント借りるし?」

「ふうん……、わざわざD組まで、ねぇ」


 木葉も悪ノリを始め、夕馬が更に慌てる。


「どうしたの? 夕馬君?」


 その時、ちょうど仁美の声が頭上から降ってきた。夕馬がポカーンとして、コップを手から離した。それを華麗にキャッチしたのが光希だ。


「いや? 特に何でもないー」

「……なるほど、もはやこういう仲か……」


 夕姫が少し悔しそうにコメントする。仁美はこの生暖かい空気に気づいた様子もなく、ふわっとした笑みを浮かべていた。


「久しぶりだね、楓」

「うん、仁美こそ」

「夏休み、……大変だったんじゃないかな?」


 コテリと首を傾げ、小動物のような愛らしい仕草をする。その様子に楓は思わず頰を緩めた。


「確かに、ちょっと大変だったかなー。でも仁美だって引き取り先とかどうだったんだ?」

「わたし……、鳩羽はとばさんに引き取られた」


 鳩羽、聞き覚えがある名前だったが、一体誰だろう。しばらく悩んでいたら、光希が声を上げた。


「大怪我した天宮を治療してくれた人じゃないか?」

「あっ! 鳩羽はとば真紀まきさんかっ!」


 仁美はコクリと首を動かす。どうやら正解だったみたいだ。


「そう。……鳩羽さん、いいひと。……それと、わたしも、これから、楓たちと一緒に、お昼、食べてもいい?」


 思わぬ嬉しい言葉に、楓は笑顔になる。全員を見渡して訊く。


「良い?」

「「もちろん」」


 許可が出たことに、仁美は花が咲いたような柔らかい笑みを浮かべた。


「ありがとう、みんな」


 ***


 昼食を終え、楓たちはホームルーム教室に帰ろうとしていた。


 この1週間でグッと秋に近づいた空気が楓たちを包む。


 楓、夏美、夕姫、木葉の4人が先を歩き、その後を光希、涼、夕馬の3人が続いて歩いていた。


「……結局、夕馬は小野寺と付き合ってるのか?」


 光希が気になっていたことを確認しようとする。夕馬は頭をかいて答えた。


「まだ。だから、まだ友達だぜ。それに、本当のことを言うと、出会ってまだ数ヶ月だしさ」

「確かに。なんかもう良い感じだから、出会って結構経ったような感じがするんだよねー」


 涼の言葉に賛同して頷くが、その後になぜ涼の視線が光希に向いたのか、理解不能だ。


「……光希もそろそろ自分の気持ちに気づいても良いんじゃないかな」

「俺の、気持ち……?」


 何を言われているのか、何となく分かってしまう辺り、やっぱり意識しているのかもしれない。


「この先どうなるか分からない。だから、そろそろ気づいても良いと思うんだ。……いや、気づいても良いんだよ、光希」


 もう感情を封じ込めなくても良い。涼は光希がどこかで自分の気持ちを抑え込んでいるのを知っていた。


「俺も、力になれるところはなるから」


 夕馬もニッと笑う。光希は口角を動かして小さく笑って返す。


「……ありがとう」


 躊躇いがちに口に出した感謝だった。

まさかの恋バナ回。

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