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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第5章〜五星学園交流〜

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夜明け

 夜の黒が砕け散った。その破片は青い空に向かって溶けていく。そして、眩しいくらいに差し込んだのは、太陽の光だった。

 後に残ったのは荒れた大地と疲弊し傷ついた霊能力者達。誰もが自然と空を見て目を細めていた。


「空が……晴れた」


 楓は空を見上げて呟く。


「どうやらこれで終わりのようだね」


 腕から血を滴らせたみのるがこちらに歩いて来た。楓はつい先程起こった事を思い出し、みのるに駆け寄る。


「大丈夫ですか⁉︎先生⁉︎」


 ポタリ、とみのるの右手を伝って血が地面に落ちた。みのるが怪我をしたところを見たことがなかった。楓ですら勝てないみのるを傷つけたあの『魔獣の王』という存在が恐ろしかった。

 血のついていない左手が楓の頭に乗る。そして、ぽんぽんと頭を撫でられた。楓は驚いてそのまま固まってしまう。


「楓が無事で良かったよ」

「で、でも、先生の手、血が……」


 みのるは微笑んで、それから遠くへ鋭い視線を送った。


「大丈夫、少し浅く斬られただけだ。まさかこんな所に『王』がやって来るとはね……」

「その『王』っていうのは何なんだ?」


 光希の声が鋭く飛ぶ。ついでに言うと、その場の生徒会長達も頷いて知りたいという意思を示していた。

 心地良い重みが頭から消える。代わりに険しい表情を浮かべたみのるが視界に入った。


「魔族、は知っているかな?」


 全員首を縦に動かす。魔族とは、人間とは異なる存在であり、西欧の魔術に近い能力を持つ種族だ。ただの人間ならば、簡単に捻り潰されるしかない。


「魔族には劣等種と優越種という明確な上下関係が存在する。優越種はヒトの姿と本来の姿の二つの姿を使い分ける。つまり、それだけの力があるということだよ。そして優越種の中にも更に強さによって階級が分かれているんだ。その内の一握りの強者には『貴族』という称号が与えられ、その上に『王』という最高位の魔族が存在する。『王』の数は十にも満たない」


 話を黙って聞いていた全員に緊張と驚きが走った。あの赤髪の青年がそんな大物だったとは……。


「そんなヤバいやつがなんで……?」


 楓は首を傾げて聞いてみる。みのるはすまなさそうに首を降った。


「分からない。ただ、目的が霊能力者の抹殺で無いなら――」

「もしかして五星の礎っ⁉︎」


 茜が素っ頓狂な叫び声を上げた。その言葉にみのるを除いた全員の顔が青ざめる。


「確かに五星の礎を破壊するのが目的だというのなら、説明がつく。あの大量の魔獣と結界は時間稼ぎなのではないか?」


 脳内を整理しながら清治が自身の推測を語る。まだ長時間戦闘の疲労を残して血色の悪い顔が余計に危機感を煽る。


「そんな、まさか……。あそこへの入り口は正面のみ、部外者が入れる訳が……」


 茫然と桐果が呟く。


「……入れるよ。変装でも化けたりでもできるのなら」


 渉が顔をしかめてそう言った。


 みのるは深刻な顔をしている生徒達を、無表情で眺める。みのるにはこの状況を正しく理解する知識を与えられていなかった。だが、ここまで大規模な侵攻を許したのは天宮が知っていて見逃したからだろう。


 一体何がどうなっている?


 嫌な予感しかしなかった。


「楓!」


 よれよれの青波学園の制服を纏う生徒達が走ってくる。楓は自分の名前を呼んだその声から、涼達であると即座に気づいた。夕姫も亜美も美鈴もカレンも、疲れているようではあったが、大きな傷を負った者はいないようだ。その事に安心し、楓は安堵の息を吐き出す。


「神林!夕姫!みんな無事で良かった」

「楓や光希も無事で何よりだよ!」


 夕姫の明るい笑顔が沈んでいた空気を暖める。光希がふっと息を吐いたのが見えた。それから涼に光希は尋ねる。


「夏美は?」


 涼は離れた建物をチラリと見て答えた。


「たぶん、五星の礎を守りに行った」

「それ、きっと木葉もだよ」


 二人の会話に聞き耳を立てていた夕姫が口を挟む。光希も涼も意外な表情を見せた。木葉がわざわざそんなことをしに行くとは、あまり考えられなかった。


「なんで分かったんだ?」

「夕馬に聞いたんだ!だから、夏美と同じように五星の礎に向かったと思ったんだけど……どうかな?」

「なるほど……」


 楓はふむふむと頷く。そこで今にも倒れそうな亜美と美鈴の姿が目に入った。げっそりしているのは術式の行使しすぎか。とにかく、まずはここに留まっている場合ではなさそうだった。


「先生、建物の方に帰りませんか?みんな消耗してるから」


 控えめに楓が口にした提案にみのるはハッとした顔を見せる。みのるの顔がいつもの笑顔に変わった。


「そうだね、みんな、一先ず戻ろう。戦闘、お疲れ様」


 瞬間、緊張が緩んだ。長い戦闘からやっと解放されたという安堵に、誰もが身体から力を抜く。そして、それぞれゆっくりと歩き出した。


 荒れ果てた野にポツンと立つ五星学園交流の会場に向かって歩く途中、楓はみのるに一つ質問をした。


「どうして『魔獣の王』は先生のことを知ってたんですか?」

「私はあまりにも多くを殺しすぎたんだよ、楓」


 その質問に答えたみのるは楓の顔を見なかった。光希によく似た端正な顔に陰が落ちる。訊いてはいけなかったかもしれない、と今更後悔した。


「……先生」

「ごめん、変なことを言ってしまったね」


 苦笑してみのるは逃げようとしてしまう。楓は思わずそれを引き止めた。


「違うんです。……ただ、訊きたくて。ボク達はこのままでいられますか?」


 とても抽象的な質問だった。みのるがそれを正しく理解してくれたかは分からないが、しばらくの間を置いて隣から声がした。


「どうだろうね……。このままの君達の関係でいられるか、それはきっととても難しいことだと思うよ。でも、できるのなら、このままでいて欲しい」


 柔らかい声でみのるは何かに想いを馳せているようにそう言った。


「……君達には誰も失って欲しくないんだ」


 ポツリと聞こえる。楓は目を見開いてみのるを見つめた。まるでそれはこの人の心の奥から溢れた本音のようで、じんわりと胸に染み込んだ。


「頑張ります。ボクにできるのは刀を振り回すことしかないけど」

「うん、頼んだよ、楓」


 ***


 全員で建物に戻ると、入り口で木葉と夏美が待っていた。楓は笑って二人に手を振る。二人も微笑んで手を振り返してくれた。


「お疲れ様、誰も怪我してない?」


 光希達を見渡しつつ夏美は言うが、すぐに誰も大きな怪我をしていないと知って顔を緩める。夏美と木葉にも目立った外傷はなく、本当に全員無事だったと安心した。


「二人はどこに行ってたの?」


 涼が尋ねる。夏美と木葉の顔が揃って陰った。その顔を見るだけで予想がつく。それも最悪の。


「私と木葉は、五星の礎が狙われてるんじゃないかって思ってそこに行ったんだ」


 木葉は目を伏せ、静かに告げた。


「五星の礎は、破壊されてたわ。警備の二人も殺されていた」

「っ⁉︎」


 目を見開く楓達に、夏美はすまなさそうに視線を地面に落とす。


「間に合わなかったんだ、ごめん」

「別に夏美達のせいじゃない」


 光希が夏美を見た。夏美は控えめな笑みを浮かべ、光希の顔から目を逸らす。光希達への嘘がまた一つ増えてしまった。息が詰まるような感覚に襲われて苦しい。だが、絶対に暴かれてはいけないのだ。刹那の思考を巡らせ、夏美は頭を空にする。ずっと嘘を吐き続けてきたのだ、だからこれは本当に簡単なこと。迷うことなんて何もない。


 木葉はふうっと息を吐いた。


「……とにかく、これからは今まで以上に五星学園の防衛に力を入れないといけないわね。もう五星は完璧では無いわ」

「そうだな……」


 意識を他の場所に飛ばしながら楓は相槌を打つ。


 五星結界が崩壊するなんてことが本当に起こるのだろうか。信じられない。五星結界が無い世界を楓達は知らないのだから。


「うーん、そういや高校生対抗序列戦っ! みたいなヤツは無くなったのか?」


 肩に狙撃銃をかけた夕馬が唐突に疑問を口にした。


「確かに、そうですわね」


 やっと喋る元気を取り戻した亜美が腕組みをして、首をコテリと傾ける。


「無くなると思うよ。だって危ないじゃん?」


 突然照喜が顔を突っ込んできた。一体この人はどこで何をしていたのだろう、というのは些細な疑問だ。理解不能、の一言に尽きる。そもそも、『九神』の陰として目立った動きをするわけにはいかないだろうし。


「先生、一応先生ですよね?」


 美鈴が訊くと、自信満々に照喜は頷いた。


「……その話し方は一体?」

「この人、これが素だから、しょうがないんだよ……」


 横から日向がひょっこり現れる。火影の術式を撃ちまくっていた日向のその顔は、煤塗れだ。嬉しそうに笑い、照喜はそのままの口調で続ける。


「これから本家の各当主様は事後処理に追われるだろうね、ご愁傷様だけど。なんて言っても五星の礎が破壊されたんだ、やらなきゃいけないことは沢山ある」


 徐々にその場に無事な人間が集まって来ていた。深刻な重傷を負った者も、死者も聞かない。誰もが奮闘し、戦線を維持していたのだ。


「相川、これからどうなるのかな?」


 光希は楓の方に顔を向けた。


「五星結界を破る魔獣や霊獣が出てくるかもしれない。五星結界の中だからといって安心はできない」

「じゃあ、まあ、いつもと一緒だな」


 一瞬疑問の色が光希の瞳に浮かぶ。そして、光希は苦笑した。


「確かにな。危ないのはどこも同じだ。お前も気をつけろよ」

「あったりまえだ!相川も気をつけてよ」


 胸を張りつつ、光希に釘を刺しておく。光希はどこかで勝手に怪我をしてきそうだからだ。そんなことを言ったら自分も同じか、と楓も思わず苦笑いをした。


「でも、相川と一緒に戦えて良かったよ。場違いな感想かもしれないけど、楽しかった」


 少し間が空く。光希の手がぽんっと楓の頭に乗った。


「⁉︎」


 驚いて目を見張る楓に光希は目を逸らしながら言う。


「俺も楽しかった。たった一人に背中を預けたのはこれが初めてだ。……ありがとう」

「ん?ボク、なんか感謝されるような事したっけ?」

「さあ?」


 光希は楓の頭からそっと手を離し、質問ははぐらかす。不満を視線に込めて光希を見たが、見事に目を逸らされてしまった。


「二人ともお疲れ様だね。なんか二人で魔獣をバッサバッサ斬りまくってたって?」


 にこにこと笑う涼が会話に参加する。楓は表情を緩ませ、頷いた。


「楽しかったぞ!神林も亜美達の手綱を握るの、すごく大変だったんじゃないかな?」

「そんなことないよ。みんな、ちゃんと連携が取れてたし」

「いやいやそれは涼のお陰!涼が的確な指示と役割分担をしてくれたから、みんな無事に戦えたんだよ!」


 夕姫の目は涼への称賛を湛えている。涼は少し照れ臭そうに頭に手をやった。


「そうかな?そうだといいな」

「ボクには絶対指揮とかできないからな〜、すごいよ」

「……天宮はまず言葉が出なさそうだな」

「はあ?相川だってできないだろっ!」

「……お前よりマシだ、たぶん」


 そんな風に談笑する楓達を夏美は笑顔を張り付けて眺めていた。その隣に木葉が立つ。


「大丈夫よ、あなたはきちんと笑えてるわ」


 木葉は天使のような微笑みを浮かべる。夏美は小さく頷いた。


「それなら良かったよ、木葉」









 ***


 だが、その時、楓達は知らなかった。五星の礎に立ち入ったのを記録されていた人間は荒木夏美、ただ一人だけだったことに……。

5章のエピローグでした

木葉の演技力はすごいです。


一話番外編を挟み、第6章に進みます

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