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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第5章〜五星学園交流〜

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明けない夜の始まり

 朝、楓はふかふかの布団の中、つまりはベッドの上で目を覚ました。

 ボサボサの頭のまま周りを見渡すと、割り当てられた自分の部屋の壁や家具が目に入ってくる。

 しんとした薄暗い部屋に、静かに淀んだ空気。楓のドレスは壁のフックにかかっていた。蒼から藍へのグラデーションは明かりのあまりない空間では微かにしか分からない。


 昨日、夜会があったなんて夢みたいだ。


 そう思った途端、昨夜の出来事が脳裏に雪崩のように勢いよく溢れ出してきた。


 スーツ姿の光希が現れる。


『可愛い』


 顔を心なしか赤くした光希は口にした。


 ボッと今更ながら楓の顔が茹で上がる。


「〜〜〜!」


 顔を全力で枕に打ち付けながら声なき絶叫を楓は撒き散らした。しばらくそのままでいたら、息を止めていたせいで苦しくなり、我慢し切れず口を開ける。


「あー」


 間の抜けた声が口から出てきた。ぽすっとベッドに倒れ込む。ほこりが軽く舞い上がった。


「相川」


 そっと名前を声に出して言ってみた。もしかすると、この名前が今までで一番呼んだ名前かもしれない。


 不思議と安心感がある名前だ。それはいつも光希が楓の隣に居てくれる故の感覚である。


 だが、時々不意に思う。

 光希は本当にこれで良いのだろうか、と。


 出会ったばかりの時、光希は護衛という任務を心底嫌がっていた。それは、ただの嫌悪感ではなくて、何かのトラウマがあるかのような感じだった。

 確かに楓も嫌がった。しかし、楓のはただの我儘わがままに近い。誰かに守られる、というのがただ単に嫌だっただけだ。


 光希のトラウマ(それ)はまだ癒えていない。


 仁美の件でそれがはっきりした。光希が楓に打ち明けてくれないのは良い。嫌なのは、光希が無理をしているとしてその事を隠していることだ。


 時々怖くなる。

 光希が自分から離れていってしまう日が来るのではないか、と。


 ……それは、嫌だ。


 楓はもぞもぞと身体を動かし、もう一度頭を枕に打ち付けた。


 考えても答えなんか出ない。こんなことを考えるのはやめよう。


 そう思い、楓は気持ちを切り替えるのも兼ね、勢いをつけてベッドから降りた。昨日は結局酔い潰れた光希を涼にプレゼントし、楓は部屋に戻ったのだ。


「よいしょっと」


 暗がりの中、椅子の背もたれに放っていた制服を引っ張る。適当に被って髪の毛を束ねるといつも通りの楓の姿になった。


「今、何時だろ……」


 呟き、時計を探す。少なくとも6時間は寝たと思うのだが、まだ外は真っ暗のように見える。やっと自分の携帯端末を見つけた楓は液晶に釘付けになった。


「8時半っ⁉︎」


 慌ててカーテンをばっと開ける。目に入ってきたのは、夜の闇だけだった。夏なので今はもう日が登っているはず。それなのに、まだ夜は明けていなかった。


 茫然と外を眺める。瞬きをしても景色は変わらない。


「どういう、ことだ……?」


 楓はハッとしてドアの方を見た。光希達はどうしているだろうか。心配になり、刀を掴んで靴を引っ掛け、部屋の外に出る。眼鏡は部屋に残して。


「あ、相川⁉︎」


 ドタドタと部屋を出た所で、ばったりと光希達に遭遇した。いるのは、涼と夕馬、そして光希の三人だ。


「天宮、今何時だ?」


 真剣な表情で光希に問われ、楓はもう一度端末の画面を確認する。


「午前8時35分だよ」

「……時間はやっぱり間違ってないみたいだなぁ」


 夕馬が呟く。涼は頷いて、楓の顔を真っ直ぐ捉えた。


「楓、何か変なこととか無かった?何か、起こったとか?」

「いや、何も……。そういう神林達はどうしてここに?」


 涼は呼吸を整えて答える。


「僕達も少し前に異変に気づいたんだよ。夜がまだ明けてないことに。それで、楓達が大丈夫かどうか確認しに来たんだ」

「それから異変の原因の手掛かり探しも兼ねてだぜ」


 夕馬が付け加えた。楓は指を自分の顎に当てて考える。


「何かの結界だったりするんじゃないか?」

「ああ、俺達もそのセンで考えてる。だが、笹本の術式にも心当たりは無いらしいんだ」


 そうか、笹本は結界の家柄だったな、と思い出しながら楓はいつも通りの光希の顔を盗み見た。


「なんだ?」


 流石に訝しまれてしまった。楓は正直に思ったことを述べる。


「……いや、もう復活したんだなーって思ってさ」

「……」


 光希の視線が宙を彷徨い始めた。一体何を思い出したのか、しばらく沈黙が続く。それを涼が笑顔で光希の肩を掴んで終わらせた。


「み、つ、き?」

「……な、なんだ、涼?」


 些か、というかだいぶ余裕の無い光希の返しに、夕馬がニヤニヤし始める。


「何かあったのかよー、天宮と。まさか酔っ払ってる時に告っちゃったとか?」

「……そんな訳ないだろ」

「それにしても余裕が無さそうだけどな〜」


 涼がにこやかに言うが、光希は硬い顔で沈黙することしかできていなかった。


「……別に、何も、無い」


 夕馬と涼の目が突然楓に移る。


「楓、こいつはこんな事ばっかり言ってるんだけど実際はどうだったの?」


 光希を『こいつ』と涼が呼んでいるのを聞けば、完全にからかっているのが分かるのだが、楓も光希と同じように、平静ではいられなかった。


「え、え、え、っと……、なんか、まあ、そのー、相川が突然酒をあおって倒れかけてびっくりした……?それで、いつもと全然違う感じで、ゆるゆるしてたし……」


 視線の焦点が定まらないまま必死に弁明する。


「「光希がゆるゆるしてた……⁉︎」」


 涼と夕馬が驚愕の表情で顔をお互い見合わせていた。考えれば、この二人は潰れた後の光希しか見ていないのだった。あの、ゆるい光希を見たのは楓だけなのだ。


 ふと、話題の張本人を見れば、光希は完全な無表情で凍りついている。対応し切れずにキャパオーバーといった所か。常に冷静な光希がこうまで追い詰められているのを見るのは、少しだけ面白い。


 だが、そんな余裕こいている場合ではなく、楓にもピンチがやってきた。


「それで、楓は光希とはどんな感じなんだ?」


 夕馬のストレートな斬り込みに、心の中で楓はのけぞった。


「え、……?相川はボクの護衛デス……。うん、そうだよ……?」


 氷の彫像と化していた光希がギクシャクと頷く。


「……これはなかなか……」

「道のり遠っ……」


 涼が遠い目をして苦笑いをし、夕馬は微妙な引きつり顔をした。

 このままこの話題を引きずられても良くないと判断した楓は、必殺話題逸らしを繰り出す。


「こんな呑気に話してる場合じゃないぞー!」


 棒読み気味に、楓は叫ぶ。


「外の状況はどうなってるのかな?」


 涼と夕馬はその言葉に苦笑を深めながらも、話に乗っかった。確かに今はこんな話をしている場合ではないのである。


「どうなんだろうね……」

「まず、夕姫達の安全を確認しないと」

「ボクが確認してくるよ」


 楓は率先して他の女子部屋に突撃する役を買って出た。涼達に見送られ、楓は他のメンバーの部屋へと殴り込みに行く。


「木葉ー!」


 ばんばんドアを叩くと、目を擦りながら制服姿の木葉が出てきた。


「何よ?まだ夜じゃない」

「それが夜じゃないんだって!今、朝の8時半過ぎなんだよ!」


 木葉がポカンとした顔をする。明らかに懐疑的な目で、楓を疑っていた。


「ほら!」


 楓は時計を表示した携帯端末の画面を突き出す。その勢いにのけぞった木葉は、改めて画面を見て驚愕の声を上げた。


「うそ……。何が起こってるわけ……?」

「ボク達もその理由を探してるんだ」



 ……そういう会話を後4回繰り返し、青波学園の一年生は廊下に武装した状態で集結した。


「一体どういうことなの?」


 寝癖を弄りながら夕姫が言う。美鈴は欠伸あくびを噛み殺し、こくこくと頭を動かした。亜美は完璧な平常運転、カレンも同じくだ(ちなみにこの二人は同じ扉から出てきた)。


「一回、外に出てみよう」


 涼はこの階にあるテラスに向かって歩き出した。少し高い所から見た方が状況把握はしやすい。楓は頷いて、涼の後を光希と同時に追いかけ始める。


「何が起きてるか、見当は付くか?」


 楓は光希に問い掛けた。リズム良く髪が舞い上がっている光希は首を振る。


「全くだ。こんな結界、見たことがない」

「だよなー。でも、ヤバい予感はするよ」

「ああ」


 そんな会話をしていると、すぐにテラスに辿り着いた。この建物は高級ホテルのような様相を取っているが、作りは完全に要塞のそれだ。外を俯瞰できるテラス、という名の監視台兼砲台が数多く存在する。さしずめ、弾は広範囲術式か。


 テラスに押し掛けるように躍り出る。景色は昨夜の夜空と何ら変わりはなかった。風に楓の髪が舞い上げられ、翻る。


「夜のままです……」


 美鈴がほう、と溜息を吐き出して呟いた。カレンは虚空を睨み、亜美に殺意が注がれていないことを確認する。

 涼は暗い夜空を見上げ、黒く空を舞う鳥を見つけた。


「ヨルっ!」


 涼の叫びに応えて、黒い鳥、からすは羽ばたく。真っ直ぐ飛ぼうとしているのに、ヨルの翼はその意志に逆らってよろめいている。そしてそのヨルを追うように複数の鳥とも似つかない黒い陰が動いていた。


「ヨルが追われてる」


 その呟きは夏美が自分自身に状況を理解させる為に発したもののように聞こえた。


「俺が怪鳥どもを撃ち落とす」


 夕馬が言いながら、狙撃銃を構える。


「怪鳥って……」


 夕姫が微妙な顔をしたが、一先ず怪鳥と呼んでおこう。涼が緊張した面持ちでゆっくり頷いた。


「頼んだよ、夕馬」

「任せとけ!」


 ニッと笑い、夕馬は指を引金にかけ感触を確かめる。恐ろしい程の集中力を発揮し、夕馬の目は空を縦横無尽に翔ける怪鳥を全て捕捉する。

 霊力が活性化する。

 その霊力を弾丸に練り上げ、照準を定める。

 引金を引く。

 霊力で編んだ障壁さえも貫く銃弾が放たれた。


 閃光。


 放たれた弾丸は寸分の狂いもなく怪鳥の頭部に吸い込まれ、爆散する。


「すごい……」


 楓は目を見開いて神業に近い狙撃に感嘆した。涼や光希も驚いているように見えた。


 狙撃によって怪鳥からの攻撃をやり過ごしたヨルがバサリと翼を動かす。滑空して涼の元へと帰る。


「ヨル、大丈夫?」


 くわぁっ、と掠れた鳴声を出し、ヨルは涼の肩に跳び乗った。涼はその翼をそっと触って傷を見る。


「良かった……、羽がちょっと切れてるだけだ」


 重傷ではない事に安心して胸を撫で下ろす。ヨルは涼に頭を擦り寄せた。頭をそっと撫で、涼は楓達の方を向く。


「ヨルによると、この建物を覆う形で夜を生み出す結界が張られているみたいだよ。そして、ここは、魔獣よって包囲されている」


 驚きが広がった。


「ということは、さっきの怪鳥も魔獣の一種ってことですわよね……?」

「うん、あのサイズと形を見るとそうとしか考えられない」


 光希が口を開く。


「それなら、誰が何の目的でこんなことをしたんだ?」

「確かに……、狙われるような何かなんてここには……」


 楓も首を捻った。本家当主を全員殺す、みたいな目的だろうか。だが、それならこの程度ではぬる過ぎる。いっその事突然爆弾を投げ込んだ方が確率は高い。


 ハッと夏美が息を呑んだ。


「……敵の目的は五星の礎」

「私もそう思ったわ」


 木葉は夏美に同意を示す。木葉の視線は地上に一瞬向けられた。


「でも、魔獣達を殲滅しなければ、結界を破壊したら五星内に魔獣が解き放たれてしまう」

「つまり、私達で魔獣を殲滅して、建物ごと礎を守れば良い、ってことだね?」


 夕姫が木葉の求める解答を告げた。木葉が微笑んで頷く。


「ええ、幸いここには戦力が有り余るほど集まっている。それなら魔獣を全滅させるのは容易だわ」

「ボクたちも魔獣を倒しに行こう」


 楓ははっきりと言い切った。全員が強く頷く。


「行くぞ」

「ああ」


 楓は光希と視線を交わし、テラスから駆け出す。


 その最後を追う木葉の口元が怪しく歪んだ。

ヨルが久しぶりに出てきました。夕馬の狙撃が冴えてます



人気キャラの調査をしているので、

活動報告https://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/2467244/

か、ここの感想欄で好きなキャラ(人間、人外問わず)を二人教えてください!

ご協力お願いします!

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