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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第5章〜五星学園交流〜

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追憶2

少し長めです

みのるが高校を卒業してからしばらく経った頃。


それは何の前触れもない出来事だった。


ある日突然、天宮桜は姿を消した。

綺麗さっぱり、痕跡すら残さずに少女はいなくなったのだ。






「桜が……、消えたわ」

「っ⁉︎」


殴られたような衝撃を受け、みのるはそう伝えてきた木葉に鋭い視線を向ける。

天宮本家の屋敷の温度が急に下がったように感じられた。


「どういうことだ⁉︎だって、僕も気づかなかった……!」

「ええ……、私も気がついたのは今日になってからよ」


木葉は目を伏せた。長い睫毛がそっと揺れる。


「桜の実力なら、誰にも気づかれずに姿をくらますなんて簡単でしょうね」


木葉の言い分はまるで桜が自分からいなくなったと言っているのと同じだった。


「……桜が自分から消えたってことなのか……?」


怒気を噛み殺したような声が出た。そんなつもりはなかったが、気持ちは自分で分かっているよりもずっと不安定だった。それは桜以外の人と会話をする時には桜様と呼ぶ、というルールも完全に忘れ去ってしまうほどに。


もしもそれが本当ならば、桜はみのるにすら何も言わずに、全てから背を向けてしまったということにはならないだろうか。


みのるは心掛けている笑顔さえも忘れ、木葉に縋るような目を向けた。


「……そうね、桜は自分の意思でいなくなったのだと思うわ」

「どうして……?」


なぜ、桜はいなくなったのか、とみのるは木葉に問いかけた。木葉は無表情で答える。


「『破綻』したのよ、あの子の無理は」


いつか木葉と最初に会った時に交わした会話が蘇る。俯くみのるの前で、木葉は静かに妖しい笑みを浮かべた。


「……なら、どこへ……⁉︎」


顔を上げ、木葉の顔を見る。

木葉は手を顎に当てて、しばし考える。みのるには天宮家の目が届かない場所は分からない。海外、というのも無きにしも非ずではあるが、桜に限ってはそれもないような気がした。


「一番有力な予想は……」


木葉の言葉は歯切れが悪い。


「……桜は、世界を渡ったのかもしれないわ」

「渡る?」


ええ、と木葉は頷いて説明を始めた。


「天宮の姫君には、別の次元に存在する他の世界に渡る力があると言われているの。でも、そんなことは並大抵の人間にはできるわけがない。それは姫であっても同じこと。仮に桜が渡ったのだとすれば、それは天宮桜が天才だからこそ為し得たことよ」


相川の最高傑作であるみのるでさえ届かない才能と力。それらを兼ね備えた桜は、紛れもない天才、いや鬼才だ。


「本当にそんな世界があるのかな?」


他意はないとでもいうように尋ねつつ、探りを入れる。木葉なら、きっとその真偽を知っているはずだから。


木葉は微笑んだ。完全にみのるの真意は読まれている、そんな感覚があった。


「もちろん、あるわ」

「桜を探す術は?」


みのるは真っ直ぐ木葉の瞳を見据える。


「まず無理でしょうね。人間は世界を渡れない。向こう側の住人もまた、渡ることはできない。一部の例外を除いて、ね。……そういう風にこの世界はできているわ」

「木葉なら渡れる、そうだよね?」


この世界の人間とはどこか異質な少女は、唇を吊り上げた。


「確かに私は渡れるわ。私は元々そういうもの。でも、あの広大な世界から桜を見つけるのはとてもじゃないけど無理ね」

「そうか……」


荒れている感情を押し潰して静かに抑え込む。


本当は今すぐにでも桜を探したかった。

たとえそれが違う世界でも、世界の果てであっても。

もう一度会って、ただ一言、伝えたい。


あなたを愛している、と。


戦闘兵器が願っていい願い(しあわせ)ではない。身分など天と地ほどの差があって、その差は何をどうしても埋めることはできないのだ。


兵器は最後まで兵器として使い捨てられるべき。


それ以上は願ってはならない。

そんなこと、知っている筈なのに。


……ただ、桜に会いたかった。









天宮家当主、天宮健吾はみのるが桜を探すのを良しとしなかった。

桜に残された時間は残りわずか。そして桜が死ねば新たな姫が生まれる。天宮家の当主にとっては桜が死のうが知ったことではない。


だから、みのるには桜を追いかけることはできなかった。









***


ーー三年後。



守るべき主を無くしたみのるは、暗殺者紛いをしていた。天宮の為に、天宮に命じられるがままに、幾度となく血でその手を染めた。


本当の事を言えば、それが兵器の正しい使い方だ。

戦闘兵器に大事な姫君を守らせる方がどうかしている。


そう思ったところで、足が鈍った。『敵』がニヤリと笑う。


みのるは自嘲の笑みを浮かべた。気づけば桜のことばかりを考えている。


刀を振るい、銃弾を弾く。キンッという金属音が響いて火花が散った。

ただ機械のように刀を振るって銃弾を斬り飛ばし、人を斬る。


気がつけば、自分は血塗れで、生きている人間はそこにはいなかった。


秋の風がいつもより冷たかった。


刀を一閃させ、血糊を落とす。血痕が付いた上着はその場に脱ぎ捨てる。


小さく息を吐き、みのるは廃ビルを出た。


「『烈火爆散』」


呟いて術式を発動させる。同時に頭上の殺戮現場が火を吹いて爆発した。


これで今回の任務は完了だ。証拠も全て木っ端微塵。ガス爆発ということにでもなるのだろう。


ビルに背を向けたその時、突然地面に激震が走った。


「っ⁉︎」


戦闘能力に秀でたみのるでさえ、膝を地面についてしまうほどの衝撃だ。明らかに地震の揺れではない。


これはもっと恐ろしいものだ。


本能的にそう感じ、みのるは警戒心を強めた。気づけば周りのビル群に大小様々な亀裂が生まれている。中には沢山の人間がいるはず。だが、この倒壊から彼らを救うことはみのるにはできなかった。


ビル群に押しつぶされるのを避ける為、みのるは霊力で身体能力を強化し、地面を蹴った。


「一体これは……、何なんだ……」


地獄が広がっていた。


繁栄の象徴とばかりに立ち並んでいたビル群は崩れ落ち、火の手が上がっている。霊能力を持たない人々はきっと助からない。


それほどまでの圧倒的な破壊だった。


そしてこの日から、世界は形をすっかり変えてしまった。人間には優しくない世界へと、霊能力を持たない人々を冷遇する世界へと。





***


天宮家当主に任務完遂を告げるため、みのるは天宮本家を訪れた。


きっと行けば再び何らかの任務を命じられるだけだろうが、行くしかないのもまた事実。その辺はもう随分と前に割り切った。


「……御当主様、任務は滞りなく完了しました」

「うむ、分かった。……それよりもお前に新たな任務がある」


みのるは顔を上げた。天宮健吾の顔は険しいままだ。そのまま健吾の顔色をうかがいながら降ってくる言葉をひたすら待つ。いつもよりずっと、間が多かった。


「……天宮桜の姿が再び確認された。お前の任務はーー」


みのるの肩がピクリと動く。

微かな、そう、淡い期待を抱いてしまった。


そして健吾は無機質な声で無慈悲な宣告をした。


「ーー天宮桜の暗殺だ」

「っ⁉︎」


目を驚愕に見開く。動揺など、まるで隠せなかった。目の前にいる人物が自分の命を握っているということも頭から吹き飛んだ。

無意識に立ち上がる。


「なぜですか⁉︎桜様に残された時間は残り僅かです!なぜ殺す必要がっ⁉︎」

「それでも、だ」


健吾の瞳は鋼のような冷たさを帯びている。


「何があってもあなたの娘なんですよ⁉︎」

「桜が姫として生を受けてから、私があれを娘だと思ったことは、一度だって無い」

「……」


冷徹な目をした老人を動かすことはできないと悟ったみのるは黙り込んだ。重ねて健吾は口を開く。


「これは命令だ。天宮桜を殺せ」

「……はい」


相川みのるの身体は天宮の命令には逆らえないようにできている。たとえ心が嫌がったとしても、身体がそれを許さない。


心を鎮め、無表情になる。

それからみのるは天宮健吾に背を向けた。



部屋を出たみのるは歩き出す。行き先は決まっていなかったが、頭を空っぽにしてそのまま足を動かした。


桜を殺したくない。


みのるはまだあの言葉をあの人に伝えていない。自分の唯一の主を自分の手にかけるなど、そんなことはしたくなかった。


ズキリ、と頭に痛みが走る。


思うだけでもあの忌々しい術式はみのるを締め付ける。ましてや桜を目の前にしてどこまで術式に抗えるか、それが問題だった。


ふと気がつけば、森の中に入っていた。いつもとは少し違った空気の臭いがする。どんよりと淀んだ空気。それとも淀んでいるのはみのる自身か。


あの木があった。


かつて桜が本当の心を語った場所、そしてみのるが桜を守ると誓ったあの場所だ。


……全てがはじまったこの場所で終わるのも良いかもしれない。


知らず知らずのうちにそう思っていたのだろう。だが、そう思ったのはみのるだけではなかった。


「久しぶり、みのる」


草を踏み締める小さな音が聞こえ、みのるは懐かしい声の方を向く。三年前と変わらない彼女の姿がそこにあった。その目の輝きを除いて。


年月を重ねる毎にだんだんと輝きを失っていく天宮桜の瞳は、もうかつてのような無邪気な表情を映すことはしない。


みのるは桜を見ても何も言うことができないでいた。少しずつ術式が身体の端から浸食して来ている。気を緩めれば最後、桜を殺そうとしてしまう。


「みのるなら、ここに来るんじゃないかって思ってたよ。そろそろ、お父様から命令を受ける頃じゃないかって」

「……知ってたの?」


桜は微笑んで頷いた。長い黒髪がふわりと揺れる。


「……どうして、三年も、いなかったの?」

「『向こう側』に行ってたから。ねえ、みのる、この世界は本当に残酷だと思わない?」

「……」


沈黙こそがみのるの答えを表していた。


「私はね……、未来なんか望まなければ良かったの。生きることなんか願ってはいけなかったの。結局は天宮の姫であることから逃げられない……」


桜の瞳がみのるを真っ直ぐ捉えた。ぞくり、と感覚を失いつつある身体でさえ嫌な感覚を覚えた。


「……天宮なんかに、生まれなければ良かった」


呪いを吐くように桜は口にした。


……これ以上、言わないでほしい。


桜とみのるが出会えたことも否定しないでほしい。それが兵器と姫君の出会いだとしても、嘘にはしたくない。


しかし桜は呪いを口にし続ける。


「姫君なんかじゃなければ、未来なんて望まなければ、こんな世界じゃなければ良かった……っ!」


天宮桜はかつて彼女が希望を語った場所で、絶望を語る。あの桜をここまで変えてしまった未来は、どんな未来だと言うのだろう。


ふふふ、と桜は肩を震わせる。そして言った。


「……こんな世界なら、私が壊してみせる」

「さ、くら……」


術式に抗う痛みに顔を歪めたみのるは、桜が痛々しい顔をしていることに気づく。泣きながら笑っているような、そんな顔だった。


「もうその為の()()は打った。最後はみのるが私を殺すことによって完成する」


桜は動けないみのるに近づいていく。


「……こっちに、来るな……」

「さあ、私を殺して」


天使のような美しい微笑みを浮かべて、囁いた。

みのるの手が刀に伸びる。


殺したくない。


脳が焼き切れるような痛みに歯を食い縛る。思うように動かない手を必死に止めようとする。


「……ここで、桜を、殺すのなら……、僕はここで、死んだ方が、マシだ……」


刀を握った手を無理矢理動かす。そこで初めて桜が焦ったような表情を見せた。


「ダメだよ……、みのる」

「……」

「みのるは知らないかもしれないけど、私にもみのるの命令権が与えられているんだよ」

「……知って、た、よ」


桜も天宮の人間だ。命令権を持たない方がおかしいのだ。


「私にはね、娘がいるの」

「……娘⁉︎」


驚愕し切って息をするのを忘れた。


「うん、楓って名前。そして、楓も私と同じ天宮の姫。でも、楓でこんな思いをするのは最後。こんな運命、私が壊す」

「……でも、それ、じゃ、桜の娘は、……救われない」


それで良いのか、と目だけで問いかけた。桜はみのるの顔を見ない。代わりに桜は口を開いた。


「……これは私からみのるに、最初で最後の命令。……私を、殺して。そして、天宮楓を守って」


一音一音区切るようにはっきりと発音された命令は、今までにない強さで術式とみのるに刻まれる。


桜を殺すという命令だけならば、みのるが制御権を奪われる前に自分が死ねば良い。だが、天宮楓の守護はみのるが死ねば絶対に実行できない。


そしてみのるは、天宮の命令には決して逆らえない。


「っ、さくら……⁉︎」


その言葉が最後の抵抗だった。みのるの人格を残したまま、身体の制御は完全に術式に奪われる。


瞳から光を失ったみのるの手が動いた。機械のように刀を握り、切っ尖を桜に向ける。


桜は笑った。桜が咲き誇ったかのような温かい微笑み。無防備な身体を広げ、みのるの刃を受け止める。


鈍い音がした。


みのるの握った刀が深々と桜の心臓を貫いていた。みのるの目から涙が落ちた。術式が緩む。


「桜……、ごめん。僕は君を守りたかったのに……、僕は……」


桜はみのるの頰に手を当てて掠れた声で言葉を遺す。


「ううん、違うよ、みのる。全部、私が悪いの……こんなに重い十字架をみのるに背負わせることになったのも、私のせい……。もしも……、私が天宮の姫じゃなかったら、私はあの日のままの……、私で……いられたの、かな……」


桜の手がみのるの頰から離れた。みのるの手は桜の血で真っ赤に染まっていた。


ずっと喉の奥に張り付いていた『愛している』は錆び付いて、もう二度と口からは出なかった。








……護るべき主を失くした『兵器』は、もうただの『道具』でさえなくて……。


……ただの、『がらくた』だった。











そしてみのるが天宮楓と出会ったのは、それから八年後だった。


『無能』と呼ばれ蔑まれる少女の顔は、天宮桜にとてもよく似ていた。


天宮の姫である彼女が力を持たないわけがない。きっとこれは、桜があの時言っていた布石のひとつなのだろう。そう思ったが、桜にそっくりな彼女が蔑まれるのは心が痛かった。


天宮楓が殴られている所を見た。


殴られて髪を掴まれても、楓は真っ直ぐ相手を見つめていた。だが、年月を経るごとに彼女の瞳からは光が失われていった。


やがて見ていられなくなった。


みのるは天宮家当主に無断で楓の前に姿を現した。


『武術の先生』になったと言って。


楓は強くなりたいと、誰かを守る力が欲しいと言って、厳しいみのるの鍛錬にも付いてきた。それはとんでもない才能だ。桜にも匹敵する才能、その片鱗だった。






本当のことを言えば、桜が死んだことでその命令は無効になっていた。みのるが律儀にそれを守る必要はない。

だがみのるは、今でもまだ命令を守っている。


……それは桜との、最初で最後の命令やくそくだから。


そしてそれが今のみのるの生きる理由だ。






***


みのるは遠くの楓の姿を見た。

やはりとてもよく似ている。


「……楓には言ったの?……天宮の姫が長く生きられないってこと」


隣の木葉は微笑んだ。


「そんなこと、言うわけないじゃない」


みのるはそれ以上、何も言わなかった。

結構色々なことが分かってしまった気がします……。




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