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旧約神なき世界の異端姫  作者: 斑鳩睡蓮
第5章〜五星学園交流〜

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追憶1

 天宮家に造られた戦闘兵器、相川みのるに最初に与えられた任務は天宮桜の護衛だった。


 第一印象は、明るい無邪気な少女、というものだった。

 みのると同じ歳の、みのるは彼女と同じ歳になるように造られたのだから当然なのだが、少女は、天宮家の姫という重い運命を背負っているようにはまるで見えなかった。


 みのるは、自分が天宮桜の為に造られた戦闘兵器で道具だと知っていた。だから、天宮桜の側で護衛をするのは当然のことだ。疑問を覚えることさえしなかった。


「みのる!何ボーッとしてるの!こっちに来てよ!」


 天宮桜は姫君という身分とは似つかわしくなくも活発な少女だった。

 今も木の上に猿さながらによじ登り、枝に腰掛けている。


「桜様、危ないから降りてください!枝が折れでもしたらどうするんですか!」

「大丈夫だって!それに桜様はやめる約束でしょ、……っ⁉︎」


 桜が叫んで揺らしたせいか、言ったそばから枝がメリッという怪しい音を立てて折れる。桜は驚いたままの表情で自由落下に身を任せてしまう。


「身体強化」


 みのるは呟き、霊力を纏う。そして、天宮桜を受け止める為に両手を伸ばした。


 ずさぁっ、と草を巻き上げながら、みのるは茫然とする桜を腕に抱き止める。


「だ、大丈夫ですか⁉︎」


 みのるは慌てて桜の顔を覗き込んだ。桜は茫然とした顔を止めて、にっこりと大きな笑顔を浮かべる。


「大丈夫、全然平気。みのるが助けてくれたからだね、ありがとう」


 その笑顔の暖かさにドキリとしながら、だが悟られないようにあえて無表情でみのるは感謝を受け流す。


「いえ、それが僕の役目ですから、桜様。……ってイテッ⁉︎」


 思わぬデコピンに、みのるは顔を痛みにしかめた。みのるの隣の木陰に座った桜が頰を膨らませ、口を尖らせる。


「だ、か、ら、桜様はダメって言ってるじゃない!」

「いや、でも、僕は桜と並べる身分じゃない。御当主様に聞かれたら……」


 みのるなりに桜を諭そうとしてみるが、桜は聞こえないフリをする。


「……私はみのるを『道具』だとは思ってない。私はみのると対等でいたいの」

「でも……」


 桜はまだ譲ろうとしないみのるに向かって、陰のある微笑みを見せた。


「それに、私だってみのると大して変わらない。私だって籠の中の鳥。天宮の姫君という立場からは絶対に逃れられない。『道具』として造られて天宮家に逆らえないみのると、何一つ変わらないんだよ」

「それは……」


 みのるは反射的に何かを言おうとして、やめた。桜もみのるも、己の運命をきちんと理解していた。


「……ほ、本当はね、私はね、怖くて怖くてたまらないの。天宮の姫君になんて、そんなものに産まれたくなかった。私は普通の女の子として産まれたかった……!」


 静かに桜は肩を震わせ、絞り出すように心に封じていたものを吐き出す。


「……桜は自分の運命を受け入れているのだと思ってた」

「……違うよ、だってお爺様の前で、お父様の前でそんなふうに思っているなんて気づかれたらいけない。だから、私は、みんなに嘘をついてたんだよ……。強いフリをしてただけなんだよ……」


 そう言いながら、桜の瞳からポロポロと涙が溢れる。


「それでも……。桜はやっぱり強いよ。桜の護衛である僕にさえ気づかせなかった。それはたいていの覚悟じゃできないよ」


 天宮桜は天宮の姫君としても別格の、稀代の天才。今の彼女でも、霊能力の技量はもちろん、学業も運動もできる完璧な少女だった。


 故に、全てをキチンとこなせる桜は己の本心も簡単に押し殺すことができてしまっていたのだ。それも完璧に。


 それでも心は幼い少女のそれで、本当の願い認めることをせずに隠し続けるのは、あまりにも苦痛だった。


 これはきっと桜の生まれて初めて口にした本当の願い。だからみのるは誓う。その願いを絶対に忘れたりしないと。


「桜……」


 みのるは思わず手を伸ばした。それにすがるように、桜はみのるの胸に顔を埋める。


「私の命はあとどれくらいなんだろう、そう思うといつもすごく怖くなる。私はまだ死にたくないよ……。天宮の姫君だからってどうして……!」


 天宮の姫の命は短い。人の身に過ぎる力を与えられたが故に、身体が耐え切れなくなって死んでしまう。多くの姫は二十まで生きられない。長くても二十半ばまでだ。

 今、桜は十歳で、それはもう既に彼女の命の半分だった。


 いつも笑顔でみのるの前に立つ桜が、ずっとこんな恐怖を抱えていたなんて知らなかった。ずっと側にいたのに。


 何も気づかなかった自分が嫌になる。


「……私は生きたい。もっと長く、それだけでも良いの。たとえこの運命が変わらないのだとしても……」

「そうだね、……僕も君を守るから」


 みのるは桜を抱いた手に力を込めた。桜はハッと顔を上げ、みのるの顔を見る。涙が目の端で光っていた。桜は心の底から嬉しそうな笑顔を見せる。


「ありがとう」






 それから数日後、天宮桜は『未来視』の異能を手に入れた。


 天宮家の力はとても強力なものだ。その力は霊能力というよりは異能に近い特殊なもので、同じ天宮家の血筋でもそれぞれ違った力を覚醒させる。


 過去の誰かは言った。


 天宮の力は強い願いのカタチだと。


 天宮家に産まれた者には選択権が与えられ、己が初めて心に抱いた強い願いが力として宿るのだ、と。


 だからこそ、天宮は特別で、霊能力者を束ねる権力を与えられているのだ……。


 天宮桜が願ったのは未来いきること。天宮の姫君という運命に抗えない少女は、絶対に届くことのない未来に焦がれた。籠の中の鳥が空を求めるのと同じように。







 ーーだが、その力こそが未来に焦がれた少女を絶望させることになるのだとは、その頃のみのるには知り得なかった。








「未来が見えるって、どんな感じ?」


 一度みのるはそう聞いてみたことがある。


 桜は眉間にシワを寄せて考える素振りを見せる。


「うーん、なんか不思議な感じ。自分がいない世界も見通せちゃう、そんな不思議な感覚、これ以外に絶対ないよ」


 笑顔の端に滲んだかげりにその時気づいていれば良かったのに、みのるはただの気のせいだと片付けてしまった。


「あとはね、私が未来を知りながら自分の動きを変えたりすると、未来もすごく変わるんだ。下手したら学校のテストが一週間ズレるくらい」


 みのるは桜の冗談めかした言葉に吹き出した。

 学校のテストが一週間遅れたのは現実にあった話だ。その理由は、桜が教師の誰かの浮気を他の教師に言った、とかなんとか。

 それがどうしてテスト一週間遅れに繋がるのかは不明だが、それもまた未来を変えたから起こったことなのだろう。


 その頃、桜とみのるは霊能力者を育成する高校に通っていた。

 世界が壊れる前、霊能力者は表立って何かをする人々では無かったが、全国に一カ所だけ、ついでに言えば現在の青波学園のある場所だが、に高等学校が存在していた。

 同学年の二人は常に桜が首席、みのるが次席であり、それは卒業するまでそうだった。






 高校一年生の夏だったか、天宮桜の正式なお披露目があった。それはみのるの中でも色褪せない記憶だ。


 その儀式は、十五になった姫君を世に示す為のものだ。


 そうして天宮の姫君である桜に合わせて仕立てられたのがあの蒼いドレスだった。長い黒髪に蒼が彩りを加え、神秘的な雰囲気を醸し出していた。


 会場に現れた少女の姿に、誰もが目と心を奪われた。それはみのるも例外ではない。初めて見る桜の表情や仕草から目を離せなかった。


「綺麗だ……」


 誰へともなくそう呟いたみのるに、誰かが答えた。


「ええ、とても綺麗だわ」


 みのるは素早く距離を取り、刀に手を添える。鋭くなった眼光が黒い少女を貫いた。


 全く気配がしなかった。


 戦闘兵器であるみのるに悟らせない程の完璧な気配断ち。ただの人間ではないのは明白だった。


 黒い少女は警戒されているのも気にせず、微笑みを浮かべる。

 真っ直ぐな漆黒の髪に、陶磁器のような白い肌。みのるを見上げるのはつり目がちな黒い瞳だ。


「そんなに警戒しなくても良いわよ。私は下田木葉。天宮家に仕える者。主な仕事は諜報や密偵スパイよ」


 確かにその説明ならみのるが知らない理由も説明できる。だが、それでもこの少女は異質に感じられた。


「……本当にそれだけ?」


 木葉は小さく頷いた。


「そうよ、……相川みのる、それとも、天宮の戦闘兵器かしら」

「……」


 みのるが()戦闘兵器であることを知る者はとても少ない。その情報を知ることができるのは、天宮に属する者だけだった。


「桜は私が見てきた姫の中でも一番の逸材よ。存在感も実力も素晴らしいわ」


 まるで遥かに長い年月を生きてきたかのような口振りだ。


彼方かなた』のものかもしれない。


 不意にそんな予感が頭を過った。


『彼方』とは、この世界とは別の次元に存在するというもう一つの世界のことだ。多くの人間は信じていないが、この世界と並行して存在する世界があと二つ、つまりこの世界を入れて三つ存在しているらしい。


 みのるや桜のいるこの世界には、霊獣も魔獣もいなかった。


 ただ、伝承のように語られるこの三つの世界を行き来できるのは天宮の姫君だけ、と言われている。


 ……本当かどうかなど定かではないのだから考えるだけ無駄だ。


 とにかく、下田木葉の纏う空気は普通の人間のソレとは一線を画しているのだった。


「『未来視』の異能って、桜には残酷だと思わない?」


 目の前の少女についてあれこれ考えていたみのるは、慌てて思考を中断させる。木葉は光を吸い込む程に黒い瞳でみのるの目を捉えた。


「……」


 みのるは『未来視』について語っていた桜の姿を思い出す。だが、それで答えは出せなかった。


「桜が幼い頃に願ったのは生きること、つまり彼女は自分自身の未来を望んだ。それを……『神』、とでも呼ぼうかしら、は未来を視る力を与えることで叶えようとした。でも、それは何の救いにもならない。むしろ、桜にとっては苦痛だったはずなのよ」


 木葉はそこで一度言葉を切った。みのるは遠い所で本心を偽る仮面をつけて微笑む桜の姿を見た。


「天宮の姫君は長くは生きられない。それは世界の定め。自分に未来がないと知りながら、自分のいない未来を見つめ続けるのはとても辛いことよ。きっとあの子は、それでも何でもないと言って笑うの。そんな無理はいつか必ず破綻するのに」

「破綻……」


 みのるは木葉の言葉を繰り返して口にする。その言葉はドロドロとして苦い味がした。

とうとうみのると桜の過去が明らかに……

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